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05.少年の遺した記憶 その一

 ボクの名はアカツキ。


 ボクはこのノマリ村で産まれた。

 なんてことの無い、ただの子供。

 唯一違いがあるとすれば、ボクは生まれつき満足に言葉が話せなかった。


「うーっ」

「あら、ふふっ、お弁当ありがとうねアカツキ。助かるわ」

「あー……」


 ボクが布で包んだお弁当を、玄関先の母さんが受け取る。

 母さんは腰ベルトに鞘に収まった剣を吊るしつつ、笑顔でボクの頭を撫でて褒めてくれる。


「さて、じゃあ行って来るわ。……ごめんなさいね、多分今日も夜まで帰って来られないから……」

「うー……」


 出かける寸前、母さんは玄関先で振り向いて、申し訳無さそうな顔でボクの頭を撫でてくれる。

 本当に申し訳無いのはボクのハズなのに、母さんはボクには嫌な顔1つ見せようとはしない。


 母さんはこの村唯一の薬草師だ。

 母さんは今日も1人、朝から危険な森や山に向かって、貴重な薬草を沢山採取して来る。

 母さんが1人で身体の弱いボクを養うには、村の仕事だけじゃ食べていけないから、そうやって危険を冒してでも村の外に出るんだ。いくらボクだってそれくらいは知っている。


 母さんが出かけて行く。ボクは玄関前で母さんに手を振り続け、いい加減見えなくなったところで、パタンとドアを閉めた。

 ボクはそんな母さんを見送ってから、いつも通り1人で家の掃除を始めるのだ。


「うー……」


 ボクは他人よりずっと背が小さい。同じ世代の子供と比べてもずっとずっと小さい。なのでこうやって壁に立てかけてある箒を持つだけでも一苦労だ。


 村の神父様曰く、ボクには生まれつき喉に病気があるらしい。言葉が話せないのも、体力が無いのも身長が低いのも、全部その病気のせい。

 この喉の病気は生まれつきだからか、神父様の治癒魔術でも直せないらしく、ボクは嫌でも一生、この病気と付き合って行かなくちゃならない。


「ケホッケホッ……」


 箒で床を掃除していると、埃が舞ってボクの狭い喉に張り付いて来る。こうなるとボクは決まって咳込み、しばらく咳が治まらなくて動けなくなる。


「ケホッ……ケホッ……」


 息が苦しい。胸が苦しい。咳の合間に、ボクの喉がヒュー、ヒュー、と嫌な音を鳴らす。

 こんなに苦しくても、ボクに出来るのはただ咳が治まるまで蹲って耐える事だけ。悔しくて苦しくて、泣きそうになる。なんでボクはこんなにもダメなんだろう?


 村では普通、ボクぐらいの年齢になった子どもは、外に働きに出たり、親の手伝いをしたりしているものだ。でもボクはこの喉のせいで、働きに出られなかった。

 母さんは当然の事、村の皆からも止められている。母さんは無理しなくて良いって言ってくれるけど、ボクは逆にそれが辛い。ボクだって母さんの役に立ちたい。外でいっぱい働いて、母さんの役に立ちたい。でも出来ないんだ、今のボクには。やりたくても、出来ない。


「ケホッ、ケホッ……う……」


 やっと咳が治まった。

 涙目でヨロヨロと立ち上がったボクは、また掃除を続ける。苦しくても、やるんだ。


 ~~~


 昼前になって、やっと掃除が終わった。

 綺麗になった居間を見渡して、ボクは額の汗を拭う。


「うー……」


 ぐうっとお腹が鳴る。

 小さな身体のボクにとって、家の掃除だけでも重労働だ。そりゃあお腹だって空く。


「んっ」


 ボクは1人、テーブル前の椅子に座り、昼食を取る。

 硬いパンを千切って、冷えたスープに付けてふやかしながら食べる。あとは塩漬けの野菜が少し。

 これをゆっくり、出来るだけゆっくり、パンは小さく、必ずフニャフニャになるまで待って、食べる。絶対に、急がない。急げば、苦しくなるだけだから……。


「んー……」


 テーブルの上には、もう一つ、小さなガラス瓶が置いてある。これには、母さんが取ってきてくれた薬草が入っていた。

 小瓶の蓋を開け、ペースト状になっている薬草をゆっくりと飲む。


 よくわからないけど、この薬草、喉に良いんだって。母さんが言ってた。確かに、この薬草を飲んだ後は喉がスーッとして、ほんの少し呼吸が楽になる。


 だけど、これを飲んだところで、ボクの喉は治ったりしない。ボクの喉は、絶対に治らない。


 ~~~


 昼食と薬草を食べ終わった。

 夕食まではまだまだ時間がある。

 となれば、読書の時間だ。


「う!」


 ボクはテーブルの上にお気に入りの本を広げた。

 言葉が話せなくても、字は読める。ボクの唯一の楽しみ。


「うー!」


 ボクは興奮気味にページを捲っていく。

 ボクが読んでいるのは、ツインテールの魔術士が、勇者として人々を救っていく英雄譚。何度も、何度も読んだ、英雄、"ラフレア様"の本。


 そのラフレア様は、その小さな身体で様々な魔術を使いこなし、時にモンスターを蹴散らし、時に悪人を懲らしめて、人々を救っていく。

 主人公が悪い奴らを懲らしめていく様は、読んでいてとてもスカッとする。


「うーうー!」


 ボクはこのラフレア様に憧れていた。

 だって、小さな身体でスゴイ魔術を使って、事も無げに敵をバッタバッタと倒していくんだもん。

 ついには魔王をもその強力な魔術で打ち倒し、ラフレア様は平和を取り戻した勇者として、皆に祝福され、物語はハッピーエンドを迎えるんだ。憧れない訳が無い。


「あー……」


 ボクはラフレア様の英雄譚を読み終わり、閉じた本を手に持って感慨深く抱きしめた。

 そして軽く頭を左右に降る。するとボクの長いツインテールが左右に揺れた。


 ラフレア様と同じ髪型。ボクのお気に入り。母さんに頼んで、この髪型にしてもらったんだ。せめて髪型だけでも、憧れの英雄みたいになりたくて……。


 ボクは本を持って椅子から降り、本棚に英雄譚を仕舞った。

 この本棚は、ボクのお父さんが遺していった物だって、母さんから聞いた。決して裕福とは言えない我が家で、本なんて読めるのはお父さんのおかげだ。

 お父さんはボクが産まれる前に亡くなってしまったから、ボクはお父さんの顔を知らないけれど。


「うー……」


 そうしてボクは、本棚から今度は魔術書を取り出して、テーブルの上に広げた。


 ラフレア様みたいになりたい。そんな思いを抱いていたボクは、いつしか本棚にあったこの魔術書で魔術の勉強をするようになっていた。

 ……勿論、満足に声の出せないボクは、魔術の詠唱なんて出来ない。

 だけど、一度憧れてしまった物は、そう簡単には諦めきれなかった。ボクは、そんなに聞き分けの良い人間じゃない。

 ダメだと解っていても、もしかしたら……そんな気持ちがあった。


「うーっ!」


 ボクはスプーンを杖に見立てて頭上に掲げ、魔術書に描いてある術式を頭の中で構築し、魔術を発動させようとする。


「……」


 だけど何も起きない。詠唱の出来ないボクには、やっぱり魔術なんて使えなかった。


「……うう……」


 ボクはがっかりしながら、スプーンをテーブルに戻した。


 もう何年も同じ事をやっている。やっぱり詠唱の出来ないボクでは、魔術なんて発動しない。でもいつかは、魔術が使えるようになるんじゃないか?そう思って、諦めずに続けている。


 掃除と食事が終わったら、ラフレア様の英雄譚を読んで、魔術書を読む。


 これを毎日、欠かさず。

 例え今日はダメでも、もしかしたら明日は。

 明日はダメでも、明後日なら。

 諦めなければ、いつか、必ず、夢は叶う。


 そう信じて、ボクは生きていた。

お読みいただきありがとうございます。

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