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43.魔石集めと英雄の定義 その二

 俺が悪臭に鼻を摘みながらゴブリン達の亡骸を漁って魔石を回収していると、


(私の英雄、かあ……)


 ポツリと、俺の脳内でアカツキが呟いた。

 どうやら、先の悩みに何か答えを見つけ掛けているらしい。

 勿論、俺はアカツキのその言葉に乗ってやる。


「ん?なんだアカツキ?アリシアさんが強すぎてビックリしちゃったか?」

(え?ええ、それは正直、凄く驚きました。でも……)

「でも?」

(その、母さんがセレスティアさんの英雄ってところに、少し引っかかっていて……)

「ふむ?」


 俺がアカツキに先を促すと、彼は続ける。


(母さんはラフレア様と違って、誰からも英雄と認められているわけじゃ、ないじゃないですか?)

「ほお?」


 俺は邪魔なゴブリンの亡骸を手でどかしながら、アカツキの言葉に相槌を打つ。


 どうもアカツキは、英雄と言うものの定義が気になっているらしい。

 まあ確かに、アリシアさんは世間様的には英雄と崇められている訳じゃない。本人が隠しているせいなのもあるが、実際ただの薬草師の奥さんだ。ただのクソ強い元聖騎士教官で現薬草師の奥さん。……"クソ強い"の部分が若干非常識に片足ツッコんではいるが。


 俺がそんな事を考えていると、アカツキは続ける。


(僕にとっての英雄は……僕にとって、憧れる存在は、ラフレア様のような、皆に英雄と認められるような存在なんです)

「ふむ?」

(ラフレア様は誰よりも強くて、優しくて、勇気がある、最高の英雄なんですよ?)

「なるほど?」


 自分の英雄感について語るアカツキに、相槌を打ち続ける俺。

 アカツキの声は真剣そのものだ。彼は本気でそう信じているらしい。

 だが、そのアカツキの言葉の端々には戸惑いのニュアンスが混ざっている。

 俺はアカツキの言葉に耳を傾け続ける。


(でも母さんは、世間では英雄とは……呼ばれていないです。だけどセレスティアさんは、母さんを本物の英雄みたいに……まるで僕が……僕がラフレア様を見る時みたいな、そんな目で見ていて……)

「へえ?」


 俺はアカツキの話を聞きながら、先ほどのセレスティアの表情を思い浮かべた。


 さっきセレスティアは、まるで少女に戻ったかのようなキラキラの目をして、闘気の剣を振って戦うアリシアを見つめていた。

 これは俺の勝手な予想だが、セレスティアが少女だった頃、教官のアリシアに剣術を師事して貰っていた時も、きっとあんな目をしてアリシアを見つめていたんだろう。


 それはとても微笑ましいもので、同時に少し羨ましいものでもある。俺が同じくらいの年頃の時は、そんな人も、そんな事言ってる余裕も無かったからなあ……。


 まあ俺の事はさておき、また俺はアカツキの語りに耳を傾ける。


(だから僕、ちょっと分からなくなってきちゃって……英雄って、なんだろうって……)

「ふーむ……」


 アカツキがそうして悩みを打ち明けて、ここで言葉を詰まらせた。どうやらそこで引っかかっているらしい。

 おーし、じゃあ俺の出番だ、先生として助け舟を出すにゃあ良い頃合いだろう?

 そう思いながら、俺は口を開く。


「アカツキはさ、ラフレア様のどこが好きなんだ?」

(えっと……それはもちろん、強さと優しさと勇気です!困っている人たちに手を差し伸べてくれる、優しくて強い、正義の味方ですからっ!)


 俺の質問に対して、アカツキは元気よく答えた。その答えはアカツキらしい素直でまっすぐなものだ。

 その答えを聞いて、俺はニッと笑って言った。


「アリシアさんはさ、その全部を満たしていると思わないか?」

(……え?)


 俺の言葉に、アカツキが困惑の声を上げた。

 アカツキはもう答えを出している。ただちょっと、相手が身近すぎて気付いて居ないだけだ。なら、俺がその相手が見えるように誘導してやればいい。


 俺は俺たちの左方向で魔石漁りを続けているアリシアに視線を移しつつ、言葉を続けた。


「アリシアさんは強い。誰にも負けないくらい強い。それはさっき見たよな?」

(は、はい……)


 俺の言葉を、アカツキが神妙な面持ちで聞いている。


「そして、アリシアさんは優しい。いつもお前を抱きしめてくれていた。それに、この村のゴブリン退治をいつも1人でやっていたのも、村のため、ひいてはアカツキ、お前の為だろ?」

(……あっ)


 俺の言葉に、アカツキがハッとしたような声を上げた。

 俺が言ったのはアカツキの上げた英雄の条件だ。アリシアはその2つをもうクリアしている。


「ほい、強さと優しさ、英雄の条件、2つクリアだ。じゃあ最後は勇気だな?」

(ゆう、き……)


 俺はそこで一度言葉を区切り、アカツキの反応を待つ。

 アカツキは何かを考えているようだった。


(勇気、勇気……)


 アカツキの呟きが頭の中に響く。

 どうやらアカツキの中ではまだ最後のピースが見つからないらしい。なら俺がもう一押ししてやろうじゃないか。


「あー、アレだ、リブレスミント、アカツキの喉の為にアリシアさんが採取してた薬草あるだろ?」

(は、はい)

「あれ、どこに生えてるか知ってるか?」

(え?わ、分かりません……)


 俺の言葉に、アカツキはしょんぼりと申し訳なさそうに答える。


「あっ、別に不勉強を責めてる訳じゃないから、そんな落ち込まないでいいから。知らない事があったってこれから知っていきゃあ良いんだから」

(はい……)


 アカツキがあんまりにも落ち込んだように答えるモンだから、俺は慌ててフォローを入れる。


 そもそもアカツキが知らないのも無理は無いのだ。アカツキ家の本棚には、何故か薬草関係の本は無かったからな。

 まあ恐らくだが、アリシアが薬草の本をアカツキに見せたくなくて、隠していたんだろう。

 なんで隠したかって?そこは親の苦労を子供に見せたくないアリシアの親心ってところでしょうよ。多分ね。


 そんなアリシアの親心にゃ悪いが、アカツキへの答え合わせはさせて貰おう。


「あれなぁ、高山の断崖絶壁にしか生えないんだ。昨日空から見たでっかい山あっただろ?あそこ」

(えっ……?)


 アカツキが絶句する。


 俺の言った高山とは、アカツキとの魔術の授業で、厄介者の手(ヌーサンスハンズ)で空中に跳び上がった時に遠くに見えた山々だ。

 薄っすらと冠雪した高い山の連なる山脈。俺みたいに空を跳べるなら兎も角、歩いていくには骨が折れる……いや、危険すぎる場所だ。


「アリシアさんは、あんな危ねえとこに毎日行ってたんだぜ?アカツキ、お前のリブレスミントを採る為にだ。もちろん、薬草換金のためにルドオグの町のギルドにも行ってたし、村の平和のためにゴブリン討伐もしっかりやりながらな?」

(……)


 俺の言葉に、アカツキが絶句し続ける。

 まあ当然だろう。こんな話、普通なら信じられない話だ。


 実際、俺だってアリシアを知らなければ嘘だと思っていただろう。

 危険な高山と町と村を朝夜で徒歩で往復だぞ?何十キロあると思ってやがる、強行軍すぎるだろ?

 でもアリシアはそれを毎日だ、毎日歩いたんだ。母は強しとは言うけれど、いくら病弱な一人息子のためとは言え頭が下がる。


「な?アリシアさん、優しくて強くて、勇気あるだろ?少なくとも俺は、アリシアさんは本物の英雄だと思うけどな。セレスティアにとっても多分そうなんだと思うぜ?アカツキは、どう思う?」

(……)


 アカツキは、まだ迷っている。今まで自分が信じていたものが揺らぎ始めており、その揺らぎに戸惑っているんだろう。

 よーし、じゃあ最後のダメ押ししてやろうじゃないの。


「皆に称えられるばっかりが英雄じゃ無い。皆に称えられない英雄が居ても良いと思うし、地域や個人限定の英雄が居たって俺は良いと思うね」


 そう言った俺の言葉に、再びアカツキがハッとした声を上げた。


(個人の……英雄……)

「ま、これは俺の勝手な意見なんだけど。アカツキも、よく考えてみるといいさ」


 俺がそう言ってやると、アカツキは小さく頷いた。


(……はい)

「よしよし、良い子だ。あ、あと」

(はい?)


 もう1つ伝えておくべき事を思い出したので、俺は魔石を漁る作業に戻りながらそれをアカツキに伝える。


「アカリちゃんのことなんだけどさ」

(アカリがどうかしたんですか?)


 俺がアカリの名前を上げた途端、アカツキの声色が一転して乾いたモノに変わった。

 ちょっとアカリちゃんにだけ厳しすぎんよーこの子。アカリちゃんも不憫だねえ……。

 と、その厳しさが少しでも和らぐ事を祈りつつ、俺は言う。


「あの子、多分お前のこと好きだぞ?」

(……え゙っ?)


 途端にアカツキが素っ頓狂な声を上げた。

 俺の脳内に見えるアカツキは、絶賛困惑と驚愕の入り混じった表情を浮かべている。

 普段のアカツキらしくない、始めて見る反応だ。

 まあ、ずっと自分のことをキライだと思っていた相手が、実は自分に好意を持っていた、なんて急に言われて驚くなってのも無理な話である。


 俺も人の色恋沙汰に口突っ込める程偉くは無いんだが、アカツキの為にも、アカリちゃんの為にも、これだけはフォローしといて上げ無くちゃあねえ。


「竜王サマ曰く、デイジーの花言葉は……希望、平和、美人……と、あと……えーと、あと……あと……?」


 ここまで言っておいて、俺はデイジーの花言葉をド忘れした。

 しょうがないだろ?俺は花言葉にゃ詳しく無いんだ。

 すると、竜王サマご本人からいい具合に助け舟が入る。


『……あなたと同じ気持ち、だ』

「そうそう、あなたと同じ気持ち、なんだってさ。あの子、絶望的に言葉選びが下手クソだけど、気持ちはホンモノなんじゃないかな?」


 俺は言い切ってから胸を撫でおろす。

 カッコよくアカリちゃんのフォローを入れる筈が、うっかり醜態を晒すところだった。助かったぜ竜王サマ。


 さて、俺たちの言葉を聞いたアカツキだが……


(あ、あ、アカリが……?ぼ、僕を好き……?)


 アカツキは、明らかに動揺している。顔を真っ赤にして、しどろもどろだ。

 声色も、さっきまでの乾いた口調とは違う、感情の籠もった戸惑いの声に変わっている。どうやら効果はバツグンだったらしい。

 うーん青春だねえ、面白いねえ。よしよし、追撃しちゃお。


(あ、あー、あの、えっと、その……)

「アカリちゃん、毎日家に来てたろ?アリシアさんが居ない日も毎日さ?あれ多分、お前を心配して見に来てたんだぜ?今度アリシアさんにこっそり聞いてみな?」

(あっ……そ、そういえば……)


 アカツキが何かに気づいたように声を上げる。

 どうやらアカツキも思い当たるフシがあったようだ。


「ついでに言っておくと、前に家の中で倒れてたアカツキを一番最初に見つけたのもアカリちゃんだったらしいぞ?」

(えっ?アカリが?)

「うん。葬式明けにアリシアさんが村長さんと話してるのを聞いてたんだ。あの時アカツキはまだ意識を取り戻して無かったから知らないだろうけど、アカリちゃん取り乱しちゃって大変だったって」

(……)


 俺の言葉を聞いたアカツキは、再度戸惑いの表情を浮かべながら俯いた。


 今俺の言った通り、5日前に窒息死したアカツキの第一発見者はアカリだった。

 アカリは窒息したアカツキを抱え、大急ぎで村の神父の元にアカツキを運び込んだらしい。

 しかし神父の回復魔術の甲斐もなく、アカツキの命は助からなかった。


 アカリはアカツキの死に酷く狼狽し、泣きながら自分を責めたらしい。それを見ていた村長さん曰く、"私が余計な事をしたから!"だとか叫んでいたようだ。

 まあアカツキの花アレルギーを思えばそれはそうなんだが、冒険者でも無いこの村の人達にアレルギー云々が分かる訳も無いので責められない。


「まあそう言う訳で……あっ、別に好きになれとは言ってないよ?アカツキもアカリちゃんに結構辛辣なこと言われてたみたいだし?知らなかったとは言え1回は花アレルギーで死にかけ……いや、実際死んだのも本当だし?ただ、戻ったらもう一度話し合ってあげたらどうかな?」

(は、はい……)


 俺の提案に、アカツキが戸惑いながらも了承する。


 とまあ矢継ぎ早にアカツキに述べたが、これはどちらかと言うとアカリちゃんの方の問題でもある。

 アカツキは素直でいい子なのだが、アカリは天邪鬼すぎる。最初から素直に話してりゃ良いものを。ツンデレつったって今のアカツキに分かる訳も無し。

 ただ、もう一度ちゃんと話し合うチャンスくらいは上げても良いだろう。元々、2人で話し合う事すら出来なかったんだからな?


(……)


 アカツキが黙り込んでしまった。まあ幼馴染相手だ、色々と思うこともあるだろう。

 老婆心ながら余計な事を言い過ぎた。

 ちょっとアカツキに気分転換をさせてみよう。


「そんじゃあ魔石集め続けっか。ちょっとやってみる?身体交代する?」

(……え?あ、はい!先生!やります!)


 気を取り直したアカツキの元気の良い返事が聞こえ、俺はアカツキに身体の主導権を渡す。


 俺の意識は暗闇の空間に引っ込み、同時にツインテールの髪色がピンク色から栗毛色に変り、代わりにアカツキが自身の身体を動かす。


 すると、アカツキの中に引っ込んだ俺の隣で、竜王がニヤニヤ笑いながら俺を見ていた。


 〈何笑ってんだよ?〉

『ガハハハハ!良いぞ良いぞ闇魔術士!教師らしくなってきたではないか!』

 〈う、うるせぇ!茶化すな!クソ!恥ずかしいんだよボケ!〉


 竜王の言葉に、俺は悪態をついた。

 そんなこんなで、魔石集めは進んでいく。

お読みいただきありがとうございます。

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