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41.モンスター狩りに行こう その五

「【闘気剣(オーラソード)】!」


 俺たちの後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえた。

 そして次の瞬間、一陣の風が吹き抜け通り過ぎたかと思うと……


「ハッ!」


 掛け声と共に、1体のゴブリンゴーレムの首があっさり切断され、宙に飛んだのだ。


「あっ……!?」

「「ギイッ!?」」


 セレスティアが驚愕に目を見開き、残った2体のゴブリンゴーレムが驚きの声を上げる。

 そして、首を斬られたゴブリンゴーレムの身体はそのまま地面にドサリと音を立てて倒れ込んだ。


「っと……」


 その女性は宙返りしつつ、倒れたゴブリンゴーレムの上に颯爽と着地した。


 ……なんだか彼女、物凄く見覚えのある、栗毛色の髪の片寄せの三つ編みヘアーをした後ろ姿だ。

 地味なズボンスタイルに肩掛けの薬草袋を抱えた、野暮ったい服装の……うん、後ろからでも分かる大きな胸の女性。


「次っ!」


 凛とした声でそう言い放った彼女。

 彼女が剣を握りながら不意に走り出したかと思うと、瞬く間に2体目のゴブリンゴーレムの背後に回り込んだ。

 この彼女、速い。いや、真面目に速いな?俺も彼女の姿を目で追うんだけど、わずかな残像を捉えるのが精一杯だ。


「!?」


 ゴブリンゴーレムは突如視界から消えた彼女を探してか、明後日の方向に視線を向けている。後ろに居る彼女に気付けていない。


「遅いわね」


 敵の背後に位置取った彼女がそんな隙を見逃す筈もなく、片手剣を横に一閃した。


「ギャッ!?」


 刀身を淡く光らせた彼女の闘気剣が、ゴブリンゴーレムの身体を斬り裂く。

 鋼鉄のゴーレムの装甲が、まるで温めたナイフでバターを切り分けるかの如く、容易く寸断されて行く。


 間もなくドスンと落ちるゴブリンゴーレムの上半身と下半身。


 そんな彼女が、ふと此方に視線を向けてくる。

 戦闘中でありながら、どこか優しみのある表情をした彼女。

 その彼女の顔を見て、彼女が誰であるか理解した瞬間、俺の中で様々な感情が入り混じった声が出た。


「ア、アリシアさん!?」

(か、母さんっ!?)

「アリシア教官!?」


 俺、アカツキ、セレスティアの3人が同時に声を上げた。

 そう、彼女はアカツキの母親にして、セレスティアの剣術教官であるアリシアであった。


「うふふっ」


 アリシアは驚く俺たちを見ながら微笑んだ。

 だが、警戒を解いた訳じゃない。すぐに真剣な眼差しをして残りのゴブリンゴーレム睨みつける。


「ギヒィ!?」


 2体のゴブリンゴーレムが斬り捨てられ、残る1体。

 ヤツは慌てた様子で後退りする。


 だがアリシアは闘気剣を横に構え、ゆっくりと残った1体のゴブリンゴーレムの方へ歩み寄る。

 彼女の表情は落ち着いていて余裕すら感じられたが、同時に圧倒的な強者のプレッシャーを放っていた。


「ギヒィ……ギヒャァァァァァ!!」


 ゴブリンゴーレムが威嚇の雄叫びを上げながら、その手に持つ大斧を振りかぶってアリシアに襲いかかる。


 しかしアリシアはそれを、避けない。


「あら?これで全力なの?」

「グゲッ!?」


 アリシアは涼しい顔をしてゴブリンゴーレムの大斧を、剣で受け止めたのだ。


 剣と斧の激しく打つかる金属音が辺りに響き、地面が僅かに振動した、したハズだ。

 しかしアリシアは平然とした顔で敵の攻撃を止めた。それも片手で。

 彼女が持つのは聖剣では無く、ただの鋼の片手剣。にも関わらず、彼女はその量産品の剣で、ゴブリンゴーレムの持つ大斧を完全に受け止めてしまったのだ。


「オイオイオイオイ!?」

(と、止めた!?)


 俺とアカツキは驚嘆する。

 いくら闘気剣の使い手と言っても、ここまで武器と肉体を強化出来るのは人は見たことが無い。流石に規格外すぎる。


「ギ、ギギ……」


 ゴブリンゴーレムが怯んだような声を上げた。

 まさか自分の攻撃を、タダの人間相手にこうも簡単に受け止められるとは思っていなかったのだろう。

 その証拠にゴブリンゴーレムは焦ったような表情を浮かべている。


「ダメよぉ?ただ大きいだけじゃダァメ」


 だがアリシアは余裕の表情を崩すことなく、不敵に笑う。


「ちゃあーんと、テクニックも大事なんだからっ」


 次の瞬間、彼女は斧ごとゴブリンゴーレムを押し返した。それも片方でだ。


「ギヒッ!?」


 斧ごと弾かれるように後ろに下がるゴブリンゴーレム。

 そこを狙い澄ましたかのように、アリシアがゴブリンゴーレムとの間合いを詰める。


 すると俺の隣で、さっきまで骨折の痛みで青ざめていたセレスティアの顔に血の気が戻り、まるで子どもが英雄を見つめるようなキラッキラの瞳を浮かべ、アリシアに向かって叫び始めた。


「いっけぇーーっ!必殺のっ!オーラ斬りぃーっ!」

「ええぇ!?いきなり何!?オーラ斬りって何!?」


 困惑する俺の隣で、セレスティアはまるで大技を期待するような口ぶりで、アリシアに声援を送る。

 必殺?まあ確かに必殺技みたいな攻撃ではあると思うけど……?

 だが、そんなリクエストを受けてか否か、アリシアが動きを変えた。


「はあああっ!」


 アリシアが気合いを入れると、闘気剣が強く輝いた。

 更に刀身を包む闘気が、まるで巨木かと思うほどまでに肥大化し、巨大な闘気剣となる。


「せいやーっ!」


 気合一閃。アリシアは叫び声を上げ巨大な闘気剣を振り下ろした。

 すると……


「ギィヤアアアッ!?」


 闘気剣は、ゴブリンゴーレムを頭から股にかけて、あっさりと一刀両断した。

 ゴブリンゴーレムは断末魔の声を上げながら絶命し、左右で真っ二つになった体が地面にドスンドスンと崩れ落ちる。


「あらあら?もう終わりなの?珍しく大物が居たから期待していたのに……残念ね」


 アリシアは涼しい顔でそう言い放ち、可愛らしく小首を傾げて微笑んだ。


 これで、3体居たはずのゴブリンゴーレムは、あっという間に全滅したのだった。

 

 ~~~

 

「す……すげぇ……」

(すごい……)


 俺とアカツキは思わず感嘆の声を漏らしてしていた。

 アリシアさん、めちゃくちゃ強えぇ。あっという間だよ?

 誰だよアリシアさんをCランク程度って言ったのは?

 ……いや俺だけど、どう見てもAランク相当だよ?しかも恐らくAランクの上澄みだよ?すげえよ、超エース級だよこの奥さん?


『フン、人型にしては中々の動きであったな』

「いや、アレは中々で済まして良いレベルじゃねーんだわ」


 竜王の言葉に俺はツッコミを入れる。だが竜王が褒めるとは珍しい。


Bravo(ブラーヴォ)!アカツキくん!やりました!教官はやっぱり最高ですっ!私のっ!私の英雄ですっ!」


 と、セレスティアが興奮気味に俺の中のアカツキに話しかける。


(英……雄……?母さんが、セレスティアさんの、英雄……?)


 セレスティアの言葉を聞いたアカツキが、俺の頭の中で困惑している。

 そりゃそうだわな、こんなの見せられちゃ……いや、俺も困惑してますけども。


 一方、アリシアは軽く剣を振って血払いすると、鞘に剣を納めてから俺たちの方へと歩いてきた。


「んもう、セレスってば、必殺は流石に大げさよぉ」


 アリシアが苦笑いを浮かべ、世間話でもするようなテンションで、ちょいちょいと手を振りながら近付いてくる。

 どうやら先程のセレスティアの叫びはしっかり聞こえていたらしい。まあそりゃあんだけ大声で叫べば聞こえるか。


「ハッ!?す、すみません!つい昔を思い出してしまって……」


 セレスティアは顔を赤くして俯きながら返事した。

 どうやら恥ずかしくなったみたいだが?


「アカツキ……ナガラ先生も無事かしら?」

「アッハイ」

「よかったわぁ……って、あら鼻血」

「あっ、すみません」


 呆然とする俺を余所に、アリシアが安堵のため息をつきながら、俺の鼻血を手拭いで拭ってくれた。


「アリシアさん、助かりました。でもなんでここに?」


 俺はアリシアに鼻血を拭かれながら、彼女に向かって率直な疑問を口にした。

 なぜアリシアがここにいるのだろうか?


 するとアリシアは少し迷ったような表情を見せた後、口を開く。


「……私いつもね、村周辺のゴブリン退治をしているの」

「アリシアさんが?」

「ええ、村にゴブリンが入って来ないようにって、薬草採取のついでに、ね?」


 アリシアは自分の肩にかかっている薬草の袋をポンポンと叩いてみせた。

 それで何となく事情を飲み込めた俺は、彼女に言う。


「それで逃げるゴブリンを追っていたら、たまたま俺達を見つけて……ってところですか?」

「ええ、そうなるわね」


 俺の質問に、アリシアが頷いた。どうやら当たりだったらしい。


 ここで色々腑に落ちた俺は、思考する。


 なるほど、だからか。

 だからアカツキがノマリ村でゴブリンを見たことが無いって言っていたのか。アリシアさんがゴブリンを定期的に掃除していたから。

 もしかして、夜遅くまで家に帰って来られなかったのも、コレをやっていたせいか?


 ……ありゃ?なんだ?アカツキも、村も、この人が守っていたんじゃないか。


「村を守ってたんですね。でもそうならそうと言ってくれれば良かったのに」


 俺がそう言うと、アリシアは苦笑しながら言う。


「これは私が勝手にやってることだから……皆に知られたら、余計な心配をかけてしまうでしょう?」

「そりゃそうです、危ないですよ?」

「ふふっ、大丈夫、私こう見えても結構強いのよ?」

「知ってます」


 俺の返答を聞いたアリシアが悪戯っぽい笑みを見せてくるので、俺も思わず苦笑いした。

 彼女の強さは先ほど見せつけられたばかりだ。


「でも、結構で済むレベルじゃあ、ないですよね?」

「あらあら?そうかしら?うふふ……」


 俺のツッコミにアリシアが楽しげに笑った。


 おう、参ったね。

 鬼強くて綺麗で子ども想いでスタイルもよくて優しくて胸がデカいとか胸がデカいとか最高かよこの奥さん。

 しかも村の隠れたヒーローと来たもんだ。


 なんだか嬉しくなった俺は、俺の中のアカツキに語りかける。


「なあ、居るじゃないの、アカツキ」

(……え?先生?)

「居るじゃないのさ、こんな身近に、ホンモノの英雄がさ」

(……)


 俺がそう言ってやるも、アカツキからの返事は無い。

 どうやらまだ困惑してるみたいだ。まあ、無理も無い。俺だってまだ少し混乱してるし。


 アカツキにとっての英雄は、本の英雄であるラフレア様だ。

 アリシアはあくまで母親であり、英雄では無かった。


 だが今、自分の母親が英雄と呼ばれ、実際に英雄と呼ぶにふさわしい活躍をした事で、アカツキの英雄感は大きく揺さぶられている事だろう。

 アカツキも、そろそろ本の英雄じゃない現実の英雄に目を向けて貰っても良いんじゃないか?と思う。せっかく側にこんな良い実例が居るんだしさ。あ、勿論ラフレア様を貶めるつもりは無いけども。


 俺がそんな事を思っていると、アリシアが背負っていた薬草袋を地面に下ろしながら聞いてきた。


「ナガラ先生、セレスティアも……2人とも他に怪我は無いかしら?」

「俺の方は魔力切れ以外何も……ただセレスティアは右腕を骨折してるっぽくて。見てやって下さい」

「あら?」


 アリシアは俺の言葉を聞いてすぐにセレスティアの傍へ駆け寄る。

 そしてセレスティアの右手を手に取って、症状を確認しだした。


「あらあらあら?酷い骨折……腫れてきてるわね。痛かったでしょう?セレス?」

「大丈夫ですっ!教官のおかげで、もう全然痛くありませんっ!」


 セレスティアは元気よく答える。

 嘘つけ。絶対にまだ痛いだろうに。さっきまで死ぬ程痛そうにしていた癖に。ホントこの子、教会の連中と同じで、嘘ばっかりつくんだから。全く、だから教会の人間は嫌いなんだよ。


 俺のそんな気持ちをよそに、アリシアは優しく微笑むとセレスティアの頭を優しく撫でた。


「無理しちゃダメよ?我慢強いのも良いけど、ちゃんと痛い時は痛いって言わなきゃ、治るものも治らないわよ?」

「は……はいっ、ごめんなさいっ、めちゃくちゃ痛いですっ!」


 セレスティアは素直に謝った後、涙目で痛みを訴えた。


「うん、ホントお前なんでさっき俺には言わなかった?なんで今更正直になるの?」

「えっ?えっと……」

「まあまあ、うふふ」


 俺の冷静なツッコミに言い淀むセレスティアと、あまりこの子を虐めないであげて?みたいな声を上げるアリシア。

 そんなアリシアはセレスティアの腕を取り、慣れた様子で添え木をしてから包帯で固定する。


「はい、応急処置はこれで大丈夫。帰ったら神父様の所にいって、治療魔術でちゃんと治してもらうのよ?」

「はいっ!ありがとうございますっ!」

「よろしい」


 セレスティアは嬉しそうな声で返事をして、アリシアは満足げな笑みを浮かべた。


「さてと、それじゃあ帰りましょうか」


 アリシアが立ち上がって言うと、セレスティアがそれを遮るように叫んだ。


「待ってください教官!まだ帰れません!」

「あら?まだ何かあるの?」


 不思議がるアリシアの前に立ち、セレスティアは堂々と言う。


「はい!アカツキくんの授業のために、ゴブリンの魔紫石(レリクス)が必要なんです!私、ゴブリンの巣の中を探索してきます!」


 彼女はそう言うなり、骨折した腕を庇いつつ巣の中に入ろうとする。

 が、アリシアは慌てて彼女を呼び止めた。


「待ちなさいセレスティア!巣の中はゴブリンだらけで危険よ?それに貴方、骨折しているのだから大人しくしてなさい!」


 しかしセレスティアは振り返ると、自信満々に言ってのける。


「問題ありません!巣内のゴブリンは、ナガラ殿が毒ガスで全滅させましたので!」

「あっ」


 セレスティアの言った事を聞いて、不味いなと思う俺。

 ええい、セレスティアめ、余計な事を言いやがって。


「あら……毒ガス?」


 アリシアは、疑問の声を上げた。

 少ーし考え込むような顔をした後、ゆーっくり俺に振り返るアリシアさん。

 ふふふ、顔は笑っているのに、目が笑っていない。実際コワイ。


「……ナガラ先生?アカツキに何を教えてくださったのかしら?」

「あ、あ〜……いや、その〜……」


 アリシアのプレッシャーを受けた俺は、思わず言葉を濁らせる。


「ま、まあ確かに?教育的に?毒ガスは、マズかった……ですかねえ?アハ、アハハハ……」


 俺はアリシアに睨まれ、引き攣った笑顔で答えるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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