04.闇魔術士、沈黙の少年に転生する
「ハッ?」
目を覚ました俺は、気付けば真っ暗な場所に寝転んで居た。
「アっ?……アッ?」
周囲はやたら狭く、そして妙に息苦しい。
「アッ?」
そして奇妙な事に、声が出ない。
「う?」
全然出ない訳じゃない。あ、とか、うとかは出る。しかし喉を通る声が、聞き取れるような言葉にならないのだ。それで声量もやたら小さい。自分でも声出てるのかこれ?と疑問になるくらい小さい。
兎に角、今まで自分が人生で当たり前に使っていた発声方法が全く使えないのだ。
場所と状況も相まって俺は困惑していた。
「アッ……ァ……」
それでも俺は床だか壁だかわからないモノを手で触り、自分が今どうなっているのかを確認しようとした。
だが……この狭苦しい所から出るには天井と思わしき板が邪魔でどうにもならなかった。
「ウゥー?」
自分が何故こんな所に閉じ込められて居るのか? 全く持ってわからない。わからないが、早く外に出なければ、と言う漠然とした危機感があった。何の根拠も無いが、"このままではまた死ぬ"、そんな危機感。
そんな時、俺の頭の中に語りかけて来る声があった。
『おい闇魔術士、そのままでは土の中に埋もれてまた死ぬぞ?早くここから出ぬか、たわけが』
その声は重厚で妙に高圧的だった。
そして俺はこの声の主に聞き覚えがあった。コイツはあの火山で倒したシルバードラゴン、竜王とか名乗ってたヤツだ。間違いない。
「ウゥ゙〜……」
俺はその事に気付き、頭の中に居る竜王を睨み付けるようにしかめっ面をしながら威嚇した。
『なんだ?何をそんなに怒っておる?』
「ア゙ゥ゙」
『……ふむ』
すると竜王は何かを察したように頷いた。そして……。
『我に殺されたのが、そんなに気に食わなかった、と?』
「ウゥ゙?」
俺は挑発するようなその言葉に驚き、思わず目を見開いた。
〈当たり前だこの野郎!〉
俺は脳内で竜王に向かって怨嗟の念を送った。
そうだ、俺はコイツに"殺されている"。
森の野営地で朝食を作っていたあの時、俺は謎の苦しみを受けて命を落とした。その時、苦しみ始めてから死の間際まで、竜王の声がちょくちょく聞こえて来ていたのを俺は覚えている。
他に誰もいないあの状況で俺を殺せたのは、この竜王しか居ない。どうせ呪いか何かを俺に掛けて俺を呪い殺したんだろう。そうに決まっている。
俺の竜王に対する怒りはどんどんエスカレートして行った。しかし……。
「アゥー!」
『ん?なんだ?』
そんな俺の怒りに、当の竜王は全く気付いていない様子であった。それどころか、"何が問題なんだ?"と言わんがばかりの態度だ。殴れるなら殴ってるぞコイツめ。
『何か勘違いをしておるな?我は貴様を呪い殺したりなどしとらんぞ?そもそもたかが化身の身体を失った程度で、人型に恨みを抱くほど小物ではないわ』
「ウゥ゙!?」
俺は驚きのあまり目を見開いた。そしてまたも脳内で叫ぶ。
〈じゃあなんで俺は死んでんだよ!?あとこの状況は何なんだ!?〉
『だからそう興奮するな。……まあ良い、今はここを出るのが先決だ』
「ウゥ゙?」
俺は怒りを一旦抑えて、ヤツの話を聞く姿勢になった。
『貴様の肉体は今、土の中にある。そして絶賛埋め立てられておる最中だ』
「……ア?」
俺は思わず聞き返した。何言ってんだコイツ?土の中?
『まだ分からぬかたわけ?要するにだ、貴様は今、土葬されておる訳だ。このまま放っておけば棺に土が積もって、大地の下で土に帰る事となる』
そう言われて見ればと聞き耳を立ててみれば、俺の上にある何かに向かって、さっきからドサドサっと土のような物が振りかけられている音がしていた。
そしてその音は未だに続いている。
「……ウゥ゙!?」
俺は竜王の言っている事を理解し慌てて始めた。
何故か俺は今、棺の中にいて、埋められているのだ。
〈土の中!?土葬!?おいコラ冗談じゃねえぞ!?〉
俺は焦る。
土葬されてしまっては、もう蘇生魔術も効かない。よしんば蘇ったとして、その身体はもう腐ってアンデッドである。
俺は急いで棺の中から出ようとした。しかし、俺の目の前にあるらしい棺の蓋は、重くてびくともしないのだ。まあ棺の上にはどっさりと土が掛けられている訳だから、重くて当然なのだが。
「アァー!アッ……ゲホッゲホッ」
これは不味いと思い、全力で蓋を叩く。
しかし全然力が入らない。全力で蓋を殴っているつもりなのに、コンコンと軽くノックする程度の音しか鳴らない。
〈なんでだ!?身体が重い!?手足も妙に短いし、まるで子供の身体にでもなったみたいだっ!?〉
そう思いつつもひたすらに蓋を叩き続ける。コンコン、コンコン、コンコンと。
しかし、手足の短さと力不足のせいか、外に聞こえるような音は出ず、棺の外の誰かにも聞こえそうにない。
「アー!アゥー……ゲホッゲホッ……ゲホッ」
更に息苦しさが増してきて、咳が止まらないのだ。俺の身体、明らかに何かがおかしい。
「ゲホッ……ゴホッ……」
意識が朦朧として来た。しかも蓋を殴っているだけなのに、強烈な疲労感まで襲ってきて、身体の重さを二重で強めてくる。
この間にも棺の上にはドサドサと土が掛けられている音が聞こえて来ている。こりゃ本格的に不味い。何かこの状況をひっくり返せる手段を考えなければ。
〈あ!魔術使えば良いじゃねーか!〉
そこでやっと自分が魔術士なのを思い出した。追い詰められているとは言え、冷静さを失って魔術の事を忘れるとは我ながら情けない。
「ウウッ!」
俺は唸りつつ両手を前に突き出し魔術の詠唱をしようとした。
しかし……
「う?アッ……ゲホッゲホッゲホッ……」
言葉が出ない、無理に喋ろうとすると咳き込んで息が更に苦しくなる。
〈ヤッベエ!?詠唱出来ねえ!?〉
大ピンチだ。魔術の使えない魔術士なんて、そこらの一般人と対して変わらない。しかも土に埋められていて、窒息死まであと数秒、というこの状況。
〈うおおお!?どうする?どーすんのこれ!?〉
必死に脱出する手段を考える。そこで思いついた。
〈あっ、そうだっ!やるか!?無詠唱!〉
俺は目を瞑って集中する。
ベテランの中のベテラン魔術士ともなると、詠唱無しでも魔術を発動出来る。頭の中で詠唱と術式の構築を済ませてしまうのだ。
まあ無詠唱は威力も落ちて魔力消費も増えるから効果的とは言い難く、苦肉の策ではあるんだが、今は贅沢言ってられない。
〈よぉし!行くぞ!【厄介者の】……〉
と、俺が無詠唱で闇の手を召喚しようとした時だ。
突然、ブツッと俺の頭の中で何かが切れた。
「……アッ?」
何が起きたか分からない、分からないが、俺の無詠唱魔術は中断され、鼻から生暖かい物が垂れてくる。
この感覚には覚えがあった。
〈……ま、魔力切れ?〉
そう、魔力切れである。
俺が今鼻から垂らしているのは鼻血だ。これは魔力切れの典型的な症状の1つ。
〈俺が魔力切れ……?まだ魔術使って無いのに?さっきまで寝てたのに?なんで?〉
困惑する頭。だが魔力切れの症状が、俺の意識を容赦なく奪っていく。目まい、吐き気、頭痛。どれも今の俺には致命傷になる。
〈マズい……死……ぬ……〉
『ガハハ!ギブアップか闇魔術士!?とても我を倒したとは思えん情けなさだなぁ?ガハハハ!』
〈……く……そが〉
竜王が俺を煽り笑う。しかし、俺はもう言い返す気力すら残っていない。
『……まあ、仕方あるまい。今回は特別に手を貸してやろう。【輝閃弾】!』
竜王が詠唱すると、俺の周りから幾つかの光弾が放たれた。それは一直線に飛び上がり、棺の蓋を貫通して蓋ごと蓋の上の土砂も蹴散らしていく。
「ウゥ゙……!?」
バァンと大きな音を立てて吹き飛んだ棺の蓋。
その瞬間、透き通るような青空が見えた。棺が開いたのだ。
「ゲホッ!げほっ!はぁー……」
俺は呼吸が出来るようになり、激しい咳をしつつもなんとか起き上がる事が出来た。
『ガハハ、どうだ闇魔術士?我に感謝するが良い。我が人型に手を貸すなど、ここ一万年に一度も無いのだぞ?』
「ゲホッ!ゲホッ!」
恩着せがましい竜王に抗議したいが、相変わらず息が苦しく咳が止まらない。
〈こんのクソドラゴンがっ!勝手に人を呪い殺しておいて感謝だあ!?巫山戯んのもいい加減にしろオラァ!〉
仕方ないので脳内で竜王を罵倒する。
『だから!我は貴様を呪い殺そうとした訳では無いと言っておろう!?だいたい貴様も悪いのだ!我の魂と勝手に癒着して置いて!』
〈癒着ゥ!?何言ってんだこのバカドラゴン!こちとらお前のせいで2度も死ぬ思いをしてんだぞっ!?〉
『だーかーら!貴様が我の魂を呼び寄せたから!こんな事になっているのであろうが!?』
〈だーかーら!何の話だァー!?知らねえーっつってんだろ!?〉
脳内でひたすら竜王と言い争いをする俺。
端から見れば、突然土中から蘇って来た人間が、棺の蓋の上で1人だけで怒り狂っているように見えるだろう。なんとも滑稽な事だ。
と、ここで俺は周りに人の気配がする事に気付いた。
「……アッ?」
掘られた墓穴から、周りを見上げた俺。
墓穴の周りにいたのは、質素な服を来た村人達だ。心做しか黒い、喪服のような衣装を着ている人が多い気がする。
そして、どいつもこいつも俺を見て、鳩が豆鉄砲食らったかのような顔をしている。
「お、起き上がったぞ?」
「死んだんじゃ無かったのか?」
「あの子、覆土ごと棺の蓋を吹き飛ばしたわよ?」
「あの子は魔術を使えないハズだろう?」
「し、神父様!これは一体!?」
村人達が神父と呼んだ聖職者風の男へと視線を向けた。
「わ、分かりません。ですがこれはもう奇跡としか……」
神父の言葉を聞いた村人達は、困惑しながらも俺と棺を交互に見比べている。
その時突然、1人の女性が墓穴を駆け下り、俺に迫ってきた。
「アカツキ!アカツキ!ああっ!アカツキっ!」
栗毛色の髪を1つに編み込んだその女性は、泣きはらした目じりにかすかな小じわを浮かべながら、俺に駆け寄りそのまま強く抱きしめてきた。
「えっ?」
俺としては大混乱だ。棺から脱出出来たと思ったら、いきなり知らない奥さんに抱きしめられてるのである。
「よかったっ……アカツキ!アカツキっ!」
「えっ?アッ?」
困惑する俺を余所に、奥さんは俺をアカツキと言う名で呼んで、涙を流しつつ、必死に離すまいと抱きしめてくる。
〈お、おい竜王?これどういう事?〉
訳がわからない俺は、唯一事情を知っていそうな竜王に脳内で問い掛けた。
『……ふん、闇魔術士、自分の身体をよぉく見てみろ』
〈は?俺の身体を?……あっ?〉
俺は言われるがままに自分の身体を見た。
一瞬理解が追い付かなかった。俺の身体が若返っていたのだ。
〈ちっさ!子供!?〉
自分の小さな手のひらを見て驚く。
そう、子供。それも10歳かそこらの未成熟な少年の身体になっていたのだから。
『理解したか闇魔術士?貴様は転生したのだ、その子供にな。そしてその人型のメスは貴様の母親、今の貴様の名はアカツキ……と言う訳だ』
〈えぇ……〉
俺は竜王の言葉を聞いて困惑した。
どうやら俺は、この奥さんの子供に転生してしまったらしい。
「良かったっ!私のアカツキ……!アカツキっ……!」
「アッ……」
この身体、アカツキの母親とされる奥さんは、嬉し泣きしながら俺を抱きしめ続ける。
〈そりゃまあ……死んだと思ってた息子が蘇ってくりゃ、嬉しいだろうけどさあ……〉
釈然としない思いを抱いたまま、俺はしばらくアカツキの母親に抱きしめられ続けた。
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