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35.魔術で組手をしよう その一

 朝日も昇りきり、朝の慌ただしさが収まった頃、俺達は村はずれの小さな空き地にいた。

 木陰に立ち、アカツキの身体でピンク色のツインテールを揺らす俺の視線の先では、地味めなワンピースを身に纏いつつ勇ましくも練習用の木剣を構えるセレスティア……と、もう一人。


「もう1本!お願いしますっ!」

「ええ、構いませんよ」


 元気に声を上げている少女とセレスティア。この少女とは、なんとアカリである。アカツキの幼なじみのアカリである。

 アカリがセレスティアと向き合い、練習用の木剣で打ち合っている。


 俺が寝落ちした後、今朝方からアリシア達と色々話し合ったのだが、最終的にセレスティアは俺たちの護衛……と言うか監視……という名目でしばらく村に滞在することになった。


 ルドオグの町の周囲にティレジア教団の教徒がいた以上、セレスティアは教団のアジトも近くにあると踏んでいるようで、しばらくこの辺りを探ってみるつもりらしい。

 彼女は聖剣を失ってしまった以上、もう教団壊滅とはいかないが、アジトの情報くらいは掴んでおきたい……だそうで、ティレジア教団の情報を集めるのにノマリ村に滞在するのは都合が良いんだと。

 ちなみにセレスティアがノマリ村に滞在することは、アリシアが村長さんを通じて村の皆さんに伝え済みである。皆さん手際の良いことで。


「やああっ!たああっ!」

「流石、アリシア教官の教えを受けてきただけありますね、筋がよろしい、ですがっ!」

「あっ!?」


 カーンッと言う一際大きな音が響いた。

 セレスティアの切り払いを受けて、アカリの木剣が宙に飛んだのだ。


「まだまだ、踏み込みが足りませんね?」


 アカリに向かってニッと余裕の笑みをみせるセレスティア。

 あらやだ、お強い。

 昨日、暗闇の手に掴まれてヤダヤダ!って子供みたいに泣いていたのが嘘のような爽やかさだ。


「くっ!」


 アカリは悔しそうな表情を浮かべつつ、しかし落ち込むでもなくすぐさま木剣を拾い上げて構えた。中々骨のある娘だ。


「まだっ!もう1本!お願いしますっ!」

「ええ、何度でも構いませんよ」


 アカリの申し出に、セレスティアは落ち着いたの表情で答えた。どうやらセレスティアは、こういった指導には慣れているようだ。


 さて、なぜセレスティアがアカリの剣術指導をしているかと言うと、アリシアだ。


 アリシアはまた朝早くから薬草師の仕事で村の外に仕事に出かけて行ったのだが、その際アリシアは、「私の居ない時、アカリちゃんに剣術を教えてくれないかしら?」とセレスティアに頼んだのだ。

 セレスティアはそれはもう明るい笑顔で快諾し、アカリと顔を合わせるなりこの空き地に来て、今の状況と言う訳だ。


 ちなみにアカリは当初セレスティアに舐めた態度を取っていたのだが、案の定、最初の組手で完膚なきまでに打ち負かされた。

 その後は素直にセレスティアの実力を認めたらしく、真剣に向き合うようにしたようである。

 まあ相手は正真正銘、現役の聖騎士だからね?教えを請うには丁度いいんじゃない?俺は剣術はやらないから知らんけど。


 そんな彼女たちの様子を横目で見つつ、俺は自分の仕事に意識を戻す。俺にだって教える相手が居るのだ。


 俺は慣れた手付きで杖を構え、術式を構築して詠唱をする。


「暗黒の大天使アスモデに願う、愚鈍なる者共よ、泥濘に嵌まり、黒泥の海に沈め、【沼化阻害(スワンプディソーダー)】!」


 魔術を発動させると、俺の前の地面がドロっと溶け、小さな黒い沼地に変わった。


「いいかアカツキ、これは沼化阻害スワンプディソーダーーって言って、地面に足止め用の沼地を発生させる嫌がらせ魔術だ。本来なら広範囲に展開して敵の軍勢諸共沼に沈める事も出来るんだけど、今の魔力じゃ人一人の沈める程度の大きさが精一杯……ってところかな?」


 俺は自分の教え子であるアカツキに分かるよう説明する。

 すると、アカツキより先に竜王が口を開いた。


『貴様、触手以外にも魔術が使えたのだな……』

「あ゙あ゙ァッ!?闇魔術士だっつってんだろ!人を触手専門みたいに言うなや!俺はデバッファーなの!こっちが本職なの!」


 俺は今更のように驚きの声を上げた竜王に抗議する。


 今言った通り、俺がこの手の闇魔術を使うのは割と当たり前である。

 竜王のこの反応は、大方、俺がここ連日触手魔術ばっかり使っていたせいではあるのだが、だからと言って触手以外使えないと思われるのは心外であった。


 それはそれとして、俺は落ち着きを取り戻し、頭の中のアカツキに語りかけた。


「アカツキ、術式はトレース出来そうか?……アカツキ?アカツキ?」

(……いいなあ)


 アカツキは俺の声に気づかず、未だにセレスティアとアカリの組手に意識を向けていた。

 見惚れている、と言ったら良いのだろうか?兎に角、俺の披露した魔術に意識が行ってない。


 これじゃ授業にならないと思った俺は仕方なく、少し語気を強めて再度アカツキに語りかける。


「アーカーツーキー?」

(ひゃあっ!?あっ!すみません!)


 ようやく気が付いたようだ。


「何だ?剣術に興味ある?」

(い、いいえ!ありません!僕は魔術一筋です!ただ……)

「ただ?」


 アカツキは言葉を濁しつつ、続けた。


(ああやって、先生と二人で魔術の稽古を出来たら……楽しいかな……って……)

「あー……なるほど……」


 アカツキは羨ましそうに二人の立ち会いを見つめながら言った。

 俺もアカツキの気持ちに気付き、軽く頷いて返事をする。


 アカツキはこれまで、喉の病気のせいで村ではほとんど遊ぶことが出来なかった。病弱なせいでろくに動けないので、遊ぶ友達も居ないし、満足に遊べるような遊びもない。

 要するに、一人ぼっちが普通だったのだ。


 もっとも、その一人ぼっちの結果、自宅の魔術書を読み漁って魔術の才能を開花させてた訳だが。

 ともかくそう言った理由もあり、あのアカリとセレスティアのように、誰かと一緒に身体を動かすというのは、アカツキにとっては深い憧れがあるらしい。


 ふむふむ、それもそうだな?とか考えつつ頷く俺。

 俺としても、ただ術式を見せて魔術をアカツキに披露するだけよりも、組手で実戦さながらの授業をした方がやりやすい。

 とは言え、悔しいが俺の今の状況的には、それが出来ない理由がある。


「まあ気持ちは分かるけども……今のところ、俺と竜王はアカツキの身体に憑依してるだけで、実体がある訳じゃ無いからなあ……代わりになるものでもあればまた別なんだけど……」

(はい……そうですよね……)


 俺の言い訳を聞いたアカツキが寂し気に返事をしてくる。


 こうやって聞き分けが良いのは助かるんだが、この年頃の子がワガママの1つも言えないのは中々不憫でもある。

 何とかしてやりたいのは山々何だが、しかし手が無いのが現状だ。参ったねえ。


 そんな風に俺がアカツキと会話していると、竜王が口を挟んできた。


『何だ、そんなことか』

「何だとは何だよ?そりゃお前に取っちゃどうでも良いことかも知れんけど、アカツキに取っちゃ結構重要な事なんだぞ?」

『たわけ、分かっておるわ。我の魔力体を使えばよかろう?』

「……お前の魔力体をかぁ〜〜?あぁ〜?んん~?」


 竜王の突飛な発言に、俺は素っ頓狂な返事をした。

 とは言え、途中で中々良い案でもあると考えを改める。


 俺は昨日、暗闇の手との交戦中に竜王の魔力体に変化していた。

 ベビードラゴンの姿ではあったが、確かにアカツキの身体の外で活動することは可能だった。

 なるほどなるほど?これならアカツキと組手も出来るかもだ?


 がしかし、この魔力体には幾つか問題がある。俺は竜王にそれを指摘する。


「んー……確かにあの魔力体ならアカツキの身体の外で動けるけど……今の俺等、あのまま魔力尽きたら消滅するんだろ?名実共に居なくなるは嫌だぞ俺?それにそもそも魔力体を作る魔力はどっから持って来るんだよ?お前昨日ので魔力使い果たしたろ?」


 そう言って俺は怪訝な顔をする。

 手段としてはアリなんだが、リスクが高すぎる。それに必要な魔力も足りない。

 なんて考えていたら、竜王がさも当然のように言いのける。


『活動するのに必要な魔力は予め小童から蓄えておる』

「……お前、アカツキの魔力ネコババしてやがったのか?」


 このクソドラゴン、アカツキから魔力を着服してやがった。

 道理でアカツキの魔力量が少ない訳だ。自力で上級魔術書の術式構築まで行けてるのに、一般人と対して変わらないレベルだからおかしいとは思ってたが、原因はコイツだったと言う訳だ。


『ネコババとは人聞きの悪い、我は万が一の為、小童からほんの少しばかり魔力を拝借させて貰っていただけだ』

「それを世間じゃネコババって言うんだよ」


 俺は呆れてため息をついたが、竜王は全く動じない。

 竜王にとっては変わらず自分が生き残る事が最優先事項で、それ以外は全てどうでもいいらしい。


『ふん、些事だ。我と貴様は一心同体、いつ失敗するとも知れぬ貴様を前に、保険を掛けておいて何が悪い?』

「コイツ開き直ってやがる……」


 俺はワナワナと怒りに震えつつ、再び竜王をぶっ飛ばす方法を考え始める。


 だがしかし、竜王の話も一理あるのも確かだ。

 実際、昨日だって俺が暗闇の手を召喚した際、竜王が魔力体で飛び出さなければセレスティアは死んでいたかもしれないのだ。保険としての魔力の備蓄が有効なのは事実。故に強くは言い返せない。悔しい、銀蝿ドラゴンのクセに。


 だが、アカツキはどうだろう?勝手に魔力掠め取られていたのはアカツキだ。もしかしたら竜王に怒るアカツキとかいう珍しいモノが見れるかも知れない。

 と言う変な期待を抱きつつ、俺はアカツキに聞いてみる。


「アカツキ的にはどうなの?竜王が勝手に魔力蓄えてたってのは?」

(僕は構いません!それよりも竜王さまの魔力体を使えば、先生と組手出来るんですよね!?)

「お?お、おう……」


 アカツキの勢いの良い答えに、少し圧倒されて返事する俺。

 アカツキの食いつきっぷりは凄まじかった。この子、めっちゃ期待している。


『ガハハ!ほれみろ!小童も賛同しておる!文句を言っているのは貴様だけだぞたわけめ!ガハハハ!』

「ぐぬぬ……」


 そう言って竜王がドヤ顔を浮かべてくる。人の頭の中でドヤ顔ドラゴンのイメージを大写しにするんじゃない。めちゃくちゃムカつく。

 コイツは調子に乗らせると碌なことにならなそうだ。念の為あとで首絞めておこう。


 とにかく、こうなった以上、止めても仕方ないだろう。

 今更アカツキの期待を裏切るのも可哀想だ。


「はあ、分かった分かった。じゃあ竜王、魔力体を出してくれ」

『良かろう』


 俺が諦めて言うと竜王が返事をし、そして俺の意識が何かに引っ張られアカツキの身体からすっぽ抜けた。

お読みいただきありがとうございます。

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