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34.聖騎士との和解

 日も完全に落ちて、蝋燭の柔らかい光が部屋を照らす。


 アカツキとアリシアの、親子水入らずの暖かい夕食風景。


 元気に口いっぱい白パンを頬張りながら、嬉しそうなキラキラな瞳でみずみずしい真っ赤なリンゴに齧りつくアカツキ。

 それを、わずかに腫れた瞼を指でそっと押さえながら、満面の笑みで見つめるアリシア。


 俺はアカツキの中で親子を見届けていた。

 二人の幸せそうなこの食事風景を見ることが出来て、俺もなんだか嬉しい。


 〈良いじゃないか……ウッ、ちょっと貰い泣きする〉

『貴様……』


 暖かい気持ちになってホロリと涙を流す俺。その俺の隣で竜王が呆れ顔で俺を見ていた。


 なんで俺の魂がアカツキの身体に宿ってしまったかは未だに分からないが、もし女神様がこの親子を救うために俺をアカツキに転生憑依させたってのなら、納得してやっても良いなんて思っていた。

 まあ、それならそれで、先に説明しといてくれよって感じではあるが。


 そんな俺がアカツキの中で親子を見届けていた頃、竜王がふと話しかけてきた。


『ところで闇魔術士よ、あのメス騎士はどうするのだ?』

 〈へっ?ああ……忘れてたわ〉


 竜王に言われて、俺はベッドの上で眠るセレスティアのことを思い出した。


 セレスティアはベッドの上でアリシアの古着のワンピースを着て眠っていた。

 触手の拘束は外し済みで、今は気持ち良さそうにスヤスヤと寝息を立てている。


 アリシアへの説明やら親子の食事やらで忙しく、俺はあの女聖騎士のことはすっかり忘れてた。

 さて、どうしたものか。


「んっ……」


 と、ここでセレスティアが目を覚ました。


 彼女はベッドの上で上半身を起こして辺りを見回し、アカツキ達を見つけると小首を傾げて言う。


「……アカツキくんと……誰?」

「ほあっ、セレスティアさん起きちゃった。んぐ……母さん、ごちそうさま。先生と交代していい?」

「あら?ええ、もちろん」


 アカツキはちょうど食事を終えたらしい。

 アリシアに確認を取った後、アカツキは俺と身体の交代を進言してきた。


「先生、交代してください」

 〈もう良いのかアカツキ?〉

「はいっ!とっても美味しかったです!」

 〈ん、そりゃ良かった〉


 元気に返事するアカツキにほっこりしつつ、俺は意識をアカツキの身体の表層へと向けた。


 瞬間、アカツキの栗毛の髪がピンク色へと変色し、ツインテールがふわりと揺れた。

 アカツキの意識が身体の奥に引っ込み、代わりに俺の意識が表へ出たのだ。


「おはようさん、気分はどうだ?セレスティアさんや?」

「ひっ!?ピンクの悪霊っ!!」


 セレスティアは俺を見ると目を見開いて驚き、即座にベッドの上で後ずさって身構えた。


「ピンクの悪霊言うなや!」


 俺は即座にツッコミを入れた。こちらとて悪霊扱いなのは甚だ不満である。


「……っ」


 しかしセレスティアは怯えた表情のまま、俺を睨んでいた。どうやら相当警戒しているようだ。まあ、当然と言えば当然の反応である。

 そんなセレスティアの様子を見て、俺は少し考える。とりあえず、彼女の誤解を解くために説明しなければなるまい。


「……とにかく落ち着けよ、話し合おうぜ?」

「じゃ、邪教徒と話すことなんてないわ!」


 セレスティアは即答した。全く取りつく島もない。


「まいったな……完全に会話自体を拒否されてる」

『貴様のせいであろう?』

「まあそうなんだけど……」


 竜王の身も蓋もないツッコミに言い返す言葉も無い俺。


 と、俺が困り果てていると、アリシアが俺の隣に立ちセレスティアの顔を見て戸惑いがちに言う。


「セレスティア……?」

「何よっ……へっ?あっ……アリシア……教官?」


 セレスティアは、アリシアの顔を見るとハッとした表情になり、さっと立ち上がる。

 アリシアはそのセレスティアに近づき、懐かしそうに声を上げた。


「セレス!?もしかしてセレスなの!?」

「アリシア・オルク・ソラリス教官!?何故ここに!?」


 アリシアは嬉しそうに、セレスティアの手を握って話しかけた。

 一方セレスティアの方も一転、ぱあっと明るい表情を見せた。どうやらアリシアと知り合いらしい。驚きつつも彼女の手を握り返している。


「セレス、貴女聖騎士になれたのね?あの頃の小さな女の子がこんなに立派になって……」

「はい!あの時、貴女の導きがあったから、私はここに居ます!」


 セレスティアは誇らしげな声で答え、アリシアを真っ直ぐ見つめ返す。


 〈教官?アリシアが聖騎士の教官?アカツキなんか知ってる?〉

(は、初めて聞きました……母さんが聖騎士?しかもセレスティアさんの教官だったなんて……)


 アカツキが頭の中で戸惑いの声を上げた。どうやらアカツキも知らなかったらしい。


 俺は念の為アカツキの記憶を辿ってみたが、該当するものは無い。こりゃ本当に知らんようだ。

 アカツキは少々ショックを受けているようだが……まあ親の知らない一面くらい誰にだってある。調べようとでも思わない限り、自分の産まれる前の親の職業なんて分かんないモンだ。


『それで闇魔術士よ、あのメス騎士の件はどうするのだ?』

「うーん、どうしよね……」


 竜王が改めて聞いてきた。

 俺が悩みつつセレスティアとアリシアを交互に見ていると、アリシアがチラっと俺に視線を向け、合図するように軽くウインクして来た。どうも話を付けてくれるらしい。


「なんか任せて良いっぽいぞ?」

(そうみたいですね……)

『……我らの出る幕はないな、これは』


 アカツキと竜王が頭の中で呟く。

 そして、アリシアはセレスティアに向き直り、優しく諭すような口調で話し始めた。

 

 ~~~

 

 夜もじんわりと深まって、村全体が休息に向かう気配が漂い始めた頃。

 揺らめく蝋燭の灯に照らされて、俺達は3人でテーブルを囲んでいた。


「ナガラ殿、この度は私の早合点でご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」


 セレスティアは俺に深々と頭を下げ、謝罪する。

 アリシアが説得してくれたおかげか、ようやくセレスティアが話を聞いてくれるようになった。


「いいよいいよー、そんな頭下げ無くても。俺も結構酷いことしたし、おあいこおあいこ……」


 俺は手をヒラヒラ振って答え……


「と言いたいんですけど……セレスティアさん、いや、ホントに、すみませんでした……」


 やっぱりテーブルに手をついて深く頭を下げた。


 まあ実際、俺も彼女には相当酷いことをしてしまったと思う。触手で拘束したり締め上げたり、ヴェルデアーマーの上に吊ってゲロ吐かせたり、下着姿のままベッドに貼り付けにしたり、お玉で殴打した……のはアカツキか。

 ともかく、謝るならこちらも同じなのだ。


「いえ、こちらこそ誠に申し訳……」

「いやいや、こっちこそ……」

「いえいえ、やはりこちらこそ……」


 と言うわけで、俺とセレスティアで互いに頭を下げ続ける。


「二人とももう良いんじゃないかしら?そろそろ本題に入っても?」

「「アッハイ」」


 アリシアが仲裁し、俺達はようやく落ち着いて話を始めることができた。


 それでセレスティアは真剣な眼差しで俺を見て言う。


「このセレスティア・ラウィンド、聖騎士の名に誓って、もう決して貴方を邪教徒などとは思いません。ただ……」

「ただ?」

「その……貴方が見せたあの暗闇の手なのですが……」


 セレスティアは言葉に詰まる。言いたいことは分かる。ティレジア教団の深淵の闇とか言うのに似ているからだろう。


「いや……あれはその……」


 俺が言い淀むと、セレスティアはハッとした顔になり、首を横に振った。


「いえ、違うのです!別に貴方を疑っているわけではないのですが……ただ、あまりにも私たちが戦っている深淵の闇(ティルアビス)の力を使う者と似て……と言うか聖剣が貴方の触手魔術に反応していたものですから……」

「うんまあ……そこなんだよねえ……ふあぁ……」


 俺は欠伸をしつつ頭を捻る。


 正直、アレが一体何なのか俺にも分からない。

 あの暗闇の手の魔術、闇夜暴狂ミッドナイト・バッシュは、竜王とアカツキ、そして俺、3人で夢中になった結果、何故か俺の口から謎の魔術が詠唱されたものだ。

 今は術式も再現出来ないし、本当にアレ何なのか分かんない。

 実はそもそも闇魔術自体がマイナーすぎて研究がほとんど進んでいなかったりする実情がある。


 最初っから聖剣が俺の触手魔術に反応していた事から、もしかしたら闇魔術の延長線上に深淵の闇(ティルアビス)の力なんて物がホントに存在するのかもしれない。ただ、今のところ明確な答えを出すのは難しいんだよね。調べようにも今の俺は冒険者ですら無いし、資料が無い。

 なのでセレスティアには正直に分からないと伝えておく。


「まあ……俺もあの闇夜暴狂ミッドナイト・バッシュのことはよく分かんないし、聖剣が俺の触手魔術に反応しりゃったのも分かんないんだよねえ……」


 なんか話していたら、だんだんと眠気が襲ってきた。

 睡眠魔術でも喰らったかのような眠気具合だが、これは恐らく違う。多分、アカツキの身体の体力切れだ。何せ子供の身体である。それが朝から1日中飛んで跳ねてと動きまくったのだ。睡魔に押し負けてしまうのだって当然と言えば当然な訳で。


「……ふぁ……あふ……」


 と言う訳で、俺は連続で盛大なあくびをかました。


「ナガラ殿?大丈夫ですか?」

「あぅ、ごめん……なんか眠いだけ。大丈夫大丈夫……それで、えっと、何……だっ……け……?」


 俺は話しながら船を漕ぐようにうつらうつらし始める。


「ふふっ、二人とももう夜も遅いから、続きは明日にしましょ?」

「……それもそうですね、今日はここまでにしましょうか」


 アリシアが微笑みながら言い、セレスティアが頷いた。


「うぐぅ……」


 俺の意識が落ちかけている。瞼が重くて目が勝手に閉じようとするし、頭も回らない。我ながらいい大人が何とも情けない。


「ナガラ殿、眠いのならベッドで休まれた方が……」

「うぅん……」


 セレスティアに言われるまま、俺は近くのベッドにフラフラと歩きだす。


 何とかベッドによじ登り、ポフっと枕に顔を埋めた辺りで俺は、アカツキに身体返さなきゃ……とを思っていた。

 何せこの家にはベッドが1つしかない。このままではまたアリシアと一緒に寝ることになってしまう。アカツキが生きているか分からなかった初日ならいざ知らず、今は呼べばすぐ交代出来るのだ。アリシアだって、他人でおっさんの俺なんかより、自分の息子であるアカツキと一緒に眠る方が良いだろう。そんな事をぼんやり考えながらアカツキに語りかけて……


「アカツキ……交代……して……」

(Zzzz……)


 頭の中で、眠るアカツキのイメージが浮かんでくる。俺が声を掛けても、当然のようにアカツキは反応しない。


『小童ならとうの昔に眠ったわ』

 〈えっ?〉

『貴様も寝ろ』

 〈えっ?〉


 竜王が身体を丸めて寝そべりながら、面倒くさそうに告げて来る。コイツも寝る気だ。

 っていうかなんで二人して妙に豪華なベッドで眠ろうとしてるんだ?どっから出したんだその寝具一式は?頭の中だからってやりたい放題か?


「ぅぅん……」


 だが俺は困惑しつつも、それ以上睡魔に抵抗する事は出来なかった。


「セレス?床は冷えるわよ?ほら、貴女もこっちいらっしゃい」

「は、はい……し、失礼します……」


 アリシアとセレスティアの会話が聞こえてきたが、睡魔は俺を捕らえて離さない。


「ぅん…………すぅ……すぅ……」


 俺は誰かの暖かさに包まれながら、静かな寝息を立てて眠りに落ちていった。

お読みいただきありがとうございます。

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