32.怒れる少年と俺の土下座
日が沈みかけ、赤い空が次第に暗さを増していく頃、俺たちはノマリ村のアカツキ達の家に帰宅していた。
家の外には、あの戦いの被害を受けても辛うじて無事だったヴェルデアーマーが停めてある。
何?パクってきたって?全く人聞きの悪い。落ちていたのを拾ったんだこれは。
それで俺は家の燭台の蝋燭に火を灯し、ピンク色のツインテールを揺らしながら言う。
「どうだったアカツキ?初操縦のヴェルデアーマーの乗り心地は?」
(〜〜っ!すっごい良かったです!ペダルを踏むとギューンって進んで!レバーを倒してこう!)
俺は椅子に腰掛けたまま、頭の中で興奮するアカツキと会話をしていた。
村までの帰り道の途中、運良くまだ動くヴェルデアーマーを見つけた俺は、以前に約束した通りアカツキに操縦を任せることにした。
アカツキのヴェルデアーマーの運転はなかなかに荒々しいもので、俺や竜王はいつ事故るかとヒヤヒヤしていた。
触手でヴェルデアーマーの上に釣られたままのセレスティアなんかは、木々の枝に引っ掛かっては痛いとギャーギャーと悲鳴を上げ、慣性に任せて上下左右に縦横無尽に振り回されてはヒィーヒィーと悲鳴を上げ、ついには乗り物酔いを起こしたのかピーピー泣きながらゲロを撒き散らすなど散々だった。
あの女聖騎士、泣くだけで済む辺り結構頑丈である。
なお、顔の傷だけは不味いので触手でガードしていた事は付け加えておこう。俺だってそこまで外道では無い。
それは兎も角、アカツキ自体はヴェルデアーマーの乗り心地を気に入ったらしい。
「そいつは良かった。ま、多少乱暴に扱っても壊れないのがヴェルデアーマーの良いところだからな。……ただ、周りには気をつけてくれな?」
(はいっ!先生!)
「ハハ……」
乾いた笑いをしながら軽く窘めるように言う俺。
アカツキは分かっているのかいないのか、元気良く返事をする。
その後もアカツキは興奮気味で話を続けた。
ヴェルデアーマーを操縦して走るのは楽しいだとか、森の中を走ったときに枝葉が掠めそうで怖かっただとか、そういった話を聞いていると、なんだか俺の方も楽しい。
なおその枝葉はセレスティアには数度クリティカルヒットしていたのだが、まあそこはツッコまないでおこう。
「この悪魔!魔族!悪霊!人攫い!私をどうするつもりですか!」
と、ここでセレスティアがこっちを向いて罵倒してきた。
セレスティアはベッドの上で触手に四肢を拘束されて仰向けに寝かされていた。この女、人の話を聞かないで暴れるので仕方なく縛ったのだ。
彼女は下着にアカツキのケープを1枚羽織ってるだけな、何とも破廉恥な格好だった。いや、流石に聖騎士さまの服を剥ぎ取ったりとかはしてないです。暴れるんで服も着せられなかっただけ。
因みに、彼女の長い金髪には葉っぱや折れた枝が混じっていた。これはアカツキの暴走運転によるモノだ。俺は悪くない。
俺はアカツキとの会話を中断し、セレスティアに向かって言う。
「お前解放したら絶対教会に俺達の事報告するだろ?だからダメ」
「そりゃあするわよ!ティレジア教の教祖を野放しにするわけがないでしょう!」
この女、まだ俺をティレジア教の教祖だと思い込んでいるらしい。
全く、思い込みの激しい女だ。だから教会の連中は嫌いなんだよ。
俺はそう思いながら、セレスティアのベッドの側に寄って弁解する。
「だーかーらー!俺は教祖じゃないし、そもそもティレジア教とか言うのにも関係ないの!何度言ったら分かるの!?いい加減学べよ!聖騎士サマよぉ!」
俺が彼女の耳元で怒鳴りつけると、セレスティアは人の話も聞かずに涙目になりながら俺を罵倒してくる。
「くっ!私にこんな格好をさせて!私を辱めて恥辱の限りを尽くすつもりでしょう!?この外道!恥知らず!人でなし!ケダモノ!変態!」
「お前俺を何だと思ってんの!?」
俺はセレスティアの突拍子もない発言に呆れた。
恥辱の限りって、何を想定してるんだこのバカ女は?アカツキの教育に悪すぎるぞ?
するとセレスティアは俺をキッと睨みながら言ってのけた。
「ピンクの悪霊!」
「悪霊じゃねーよ!?俺は闇魔術士!冒険者だ!」
俺はセレスティアの発言を否定する。
人を悪霊扱いとは失礼な。ちょっとアカツキの身体に居候させて貰ってるだけの善良な闇魔術士だぞ俺は。
「嘘よ!闇魔術士のくせに、シルバードラゴンを使役するなんておかしいじゃない!?どうせ貴方があのドラゴンに何かしたんでしょう!?そうでなきゃルミナス様の眷属たるシルバードラゴンが、貴方なんかと仲良くするはずがないわ!」
「使役って……」
この女騎士、どうも竜王のことを俺の使い魔か何かと勘違いしているようだ。
いや、竜王怒るだろこれ。仮にもドラゴンの王様を名乗る竜王が、一介の冒険者の使い魔扱いされたらキレるだろこれ。
なんて危惧していたら、脳内から竜王の深い溜め息が聞こえて来た。
『……はぁ~、いや、我に構わんでよいぞ……』
頭の中で竜王が疲れたように言った。
流石の竜王も、思い込みの激しいセレスティアの言動に呆れて物が言えなくなっているんだろう。そっちで勝手にやってくれと言わんばかりの深ーい溜息だった。
そんな俺達に構わず、セレスティアは的外れな口撃を止めない。
「それにそのツインテール!貴方のような邪教徒がなぜピンクのツインテールなんですか!?可愛らしい格好をして人心を惑わそうとでもいうの!?ピンクの悪霊め!ちょっと可愛いからって私は騙されないわよ!」
セレスティアは今度はアカツキの髪型を口撃してきた。
その言動から察するに、一応アカツキのこの身体の事は可愛いと思っているらしい。
実際、アカツキはちっちゃくて細くてツインテールで、顔も男の子とは思えない可愛らしい見た目をしている。
俺ですら、アカツキから僕は少女ですと自己紹介されたら、信じ込んでしまうだろうってくらいだ。まあ今の俺はアカツキの身体を借りてるんで、どっちなのかは明確に分かるんだけどね。
それは兎も角として、俺はセレスティアの誤解を解こうと弁解する。
「いや、これは元々アカツキの髪型であって……」
「アカツキくんは兎も角!バクタ・ナガラ!貴方、いい大人がツインテールとか恥ずかしくないの!?しかもピンク色!だいたい闇魔術士のクセになんでピンクなの!?闇魔術士は闇魔術士らしく黒い髪にしときなさいよ!」
セレスティアは、俺のピンクのツインテールを見て年齢的に厳しいと感じたらしい。
「ヒドイ!ピンク色なのは生まれつきだ!ちょっと理不尽すぎないかこの聖騎士サマ!?いやまあ、確かに俺も中身おっさんの自分がこの髪型してるのは正直抵抗はあるけどねえ!?」
俺は弁解しつつ、自分の髪に手をやって少々ショボくれた。
確かに、ツインテールなんてこの歳でやるには正直キツい髪型だ。それは認める。
見た目が中性的な少年のアカツキの身体だから似合っているだけで、元の身体の俺がツインテールにしてたら完全に痛いおっさんである。
それはそれとして、ピンク色の髪型は元の身体の頃からのホントに生まれつきである。別に染めてた訳でも無い。あえて文句を言うならば、俺の魔力の影響を受けて髪が色変わりするアカツキの体質に言ってくれ。
〈……おっ?〉
とか思っていたら、俺の意識が瞬間、強制的に奥に引っ込まされ、ツインテールの髪色が一瞬の内に栗毛色に変わった。
「ツインテールを馬鹿にしないでください!」
「パゴッ!?」
アカツキの怒りの声と、セレスティアの変な悲鳴。
アカツキが突然キレたのだ。キレて身体の主導権を俺から奪い取り、どっからか持ってきたお玉でセレスティアの頭を思いっきり殴ったのだ。
「先生が!ピンクのツインテールで!何が悪いんですか!?」
「パガッ!?パゴッ!?プゲッ!?」
アカツキはキレながらセレスティアの上に馬乗りになり、握ったお玉で彼女の頭を連打する。
「先生のピンクのツインテールはァ!ラフレア様と同じ髪なんですよォ!?世界で!一番!強い!英雄の髪なんですよォ!?」
「痛ぁっ!?ちょっ!?アカツキくんっ!?」
「それに!大人が!ツインテールしたってェ!良いじゃないですかァ!それの何が!いけないって!言うんですかァ!」
「プグッ!?ポゴッ!?ペゲッ!?ピギャッ!?」
アカツキが怒りに任せ、お玉でセレスティアの頭を殴打しまくっている。
そのキレっぷりはまさに鬼のようで、俺は呆気に取られた。
『ふむ、貴様の逆鱗は冒険者の仲間で、小童の逆鱗は髪型と本の英雄と言う事だな……』
〈呑気に感心してんなよなあ……〉
竜王が呑気に俺達の事を評価している。
しかしそんなこと言っている場合じゃない。
いくらアカツキの力がそんなに強くないとは言え、触手で拘束されているセレスティアに逃げ場は無いのだ。こうも無防備に何度も殴られている彼女を見ていると流石に可哀想になってきた。
それに、いくらセレスティアが思い込みの激しいアホ女とは言え、相手は女なのだ。頭と言うか、顔は不味い。女の子の顔は殴っちゃいけないのだ。アカツキはその辺の力加減と配慮をまだ分かっていないらしい。
俺の思いを余所に、アカツキはセレスティアの上で彼女を凄い勢いで殴り続けているので、流石に止める。
(お、落ち着けアカツキ?俺は別に怒ってないから、もうその辺で許してやって?あと、女性の顔を殴るのは止めような?女の子の顔は特に大事な所だからな?な?)
と、俺が必死に説得するも、頭に血が昇ったアカツキは止まらず……
「謝ってくださいっ!先生とラフレア様に謝れェっ!」
「ピィッ!?ごっ、ごめんなさい!ごめんなさいっ!もう言いません!だから許してくださいっ!」
「心が籠もってなぁいっ!」
どうもアカツキはセレスティアの謝罪の言葉が気に入らなかったらしく、腕を思いっきり振りかぶり、お玉で力一杯彼女の頭を叩いた。
「パギュッ!?」
どうやらそれがセレスティアの頭にクリティカルヒットしたようで、彼女は変な悲鳴を上げて気を失ってしまった。
「ア、アカツキー?」
(……ふうっ、スッキリしました。)
俺が驚いていると、ツインテールの色がピンク色に戻った。
アカツキが落ち着きを取り戻し、俺に身体の主導権を返してくれたのだ。
「いやぁ……スッキリしたって言われても……なあ……あはは……」
そう言って俺は、気絶したセレスティアを見下ろした。
セレスティアは俺の下で四肢を触手に拘束されたまま気を失い、気絶して白目を向いていた。
頭には出来たてのたんこぶが出来ており、なんとも情けない姿だ。
俺は苦笑いするしかなかった。
(……僕だって怒る時は怒るんですよ?)
『う、うむ、そうだな……』
頭の中で、アカツキが頰を膨らませているような声で話しかけてくる。竜王の声もどこか気圧されているようだ。
「さて、失神してしまったのならしょうがないんだけど……」
俺はセレスティアの上から、彼女の顔を覗き込んだ。
そしてとりあえず白目を向きっぱなしな目を閉じてあげた。失神してる相手にやることはないけど、まあお約束って事で。
それで改めて彼女の顔を眺める。
「ふーん……結構可愛いじゃん?」
改めて見ると、セレスティアはかなりの美人さんだった。
金色の長髪は美しく輝いて、整った顔立ちに、スッと通った鼻筋。目鼻立ちはくっきりとしており、肌の色も白くて綺麗だ。唇は艶やかで、まるで宝石のような美しさを持っている。
聖騎士と言う職業も相まって、普段はさぞ異性の目を惹くことだろうと予想出来る。
「はぁ……これでもう少し人の話をちゃんと聞いてくれたらねえ……」
俺は溜息混じりにそう呟いた。
そう、この女は俺の話を全く聞かない。自分の信念を信じて疑わない。それが今回の騒動を引き起こしたのだ。
まあ、そこも彼女の個性なのだろうけれども、巻き込まれた方はたまったものではない。
「まあ……いいや、放っておこう。どうせ明日の朝になれば起きるだろ」
(……そうですね)
『そうだな』
アカツキと竜王の同意を得たところで、俺はセレスティアの上からを腰を上げようとした。
「んっ?」
そこで俺は何かの気配を感じ取り、もう一度セレスティアの上で座り直してから、ふと後ろを振り向く。
「あっ?」
すると、いつの間にかドアを開けて玄関に佇んでいた誰かと目が合った。
……アリシアだ。
アリシアが両手に抱えていた中身いっぱいの麦わらのカゴをその場にドサっと床に落とした。
そして、まるで信じられないモノを見たような目で俺の方を凝視しながら、プルプルと身体を震わせていた。
「ナガラ先生……?これは一体どういうことですか?」
「アッハイ?」
アリシアの質問の意図を理解しかね、俺は思わず間抜けな声を出した。
それで少し考えて、周りを見渡して、気付く。
触手で四肢を拘束され、下着姿でベッドの上に横たわるセレスティア。
そんなセレスティアの上に跨って、彼女を見下ろしている俺。
……客観的に見たらコレ、かなりアウトな構図ではないだろうか?
『たわけぇ……』
頭の中で竜王が溜息混じりに呆れ果てている。
俺も思わず同じ気持ちになった。
「あ、あの、アリシアさん、これはですね?その……」
「あら?ナガラ先生?アナタはいったい私の息子にナニをお教えになってくださっていたのですか?」
弁解しようとする俺の声を遮って、笑顔でアリシアが問うてくる。
だが、目は全然笑っていない。声も全く暖かみが無い。
「ああ、あの、アリシアさん?これにはその、少し誤解があって……」
「あらまあ?それで?どんな誤解があるんでしょう?」
「あっ、えっと、これはですね?俺がアカツキに魔術の授業をしていた時に、その、ちょっとしたトラブルがありましてですね?」
「あらあら?そのちょっとしたトラブルの結果がこれですか?」
「アッハイ」
「あらあらあら?若い女性を拉致して?下着姿でベッドの上に拘束して?馬乗りするのが?ちょっとしたトラブルの結果でだと仰るのですか?」
「アッハイ」
冷や汗が滝のように流れていく。
言い訳なんてさせて貰えない雰囲気。アリシアは冷たい笑みを浮かべながら、俺のことを睨みつけるように見ていた。
「ナガラ先生?私はアナタを信用して、アカツキを任せましたよね?」
「ハイ」
「家庭教師としてアカツキを立派な魔術士にすると、約束してくださいましたよね?」
「ハイ」
「なのにナニをしてくださってるのですか?」
「……すいませんでした」
俺はすぐに土下座した。
即座にセレスティアの上から退いて、彼女を拘束していた触手を解除して、床の上に正座してアリシアに向かって頭を深々と下げて土下座した。
もうね、弁解の余地はね、無いです。
(か……母さんって、怒るとこんなに怖いんですね……)
頭の中でアカツキが他人事の如く呟く。
そうだぞ、普段温和な人ほど怒ると怖くなるんだぞ……。
なんて思いつつ、俺は心の底から反省した。
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