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31.僕と聖騎士の解釈違い その二

 俺がアカツキと身体を交代した途端、セレスティアがこの世の終わりみたいな顔をして、


「いっ!?イヤッ!?イヤアアアッ!?」


 と、悲鳴を上げながら俺から逃げ出そうとした。半裸に白いケープを羽織っただけの情けない姿で、俺から離れて森の奥へと走り去っていく。


 しかし、そんなの俺がみすみす逃がす訳もなく。


「ワハハ、逃げられんぞぉ~、【厄介者の手(ハンズ)】」


 俺は笑いながら素早く術式を構築して詠唱すると、右腕から触手を発生させた。

 ちょっと休んだおかげか魔力が回復したようで、魔力切れはしていない。


「ひあああっ!?」


 それで悲鳴を上げて逃げようとするセレスティアに向けてシュルっと触手を伸ばして、その身体に触手を巻き付けて彼女を捕獲した。


「ひいいいっ!?」


 触手に巻かれたセレスティアが俺の方に引き戻される。


「イヤアッ!ヤダッ!ヌルヌルして気持ち悪いっ!」


 彼女の地肌に直接触手を巻き付けたせいか、セレスティアは引きつった恐怖の表情を浮べる。

 無駄な抵抗だと言うのに、触手から逃れようとジタバタ暴れる彼女は、まるで砂浜に打ち上げられた魚のようだ。


「気持ち悪くて悪かったな」


 俺は自分の触手を気持ち悪いと言われてちょっと凹んだ。


 いや、触手である以上、実際気持ち悪い方ではあるからしょうがないのだが。でも慣れたらそんなに悪いモンじゃないんだけどなぁ?


 少なくとも素敵な思い出(ジョリスヴニール)の皆は直ぐに触手に慣れてくれたぞ?

 アウルは少し滑るけど足場にちょうど良いって褒めてくれるし、コレーガは着替えの時に勝手にクソ重い鎧と盾のハンガーにしてくるし、グロリアは触手でマッサージ要求してくるし、シーニーに至っては触手くんとか呼んでペット扱いだったぞ?

 ……まあ、素敵な思い出(ジョリスヴニール)の皆が特殊なだけで、この聖騎士を同一に語っちゃあいけないってのはそれもそうなんだけど。


 それはさて置き。

 どうも俺はセレスティアに邪教徒だって誤解されてるようなので、ここでちゃんと誤解を解いておこう。


 という事で俺は触手の締め付けを一層キツくしてセレスティアの動きを完全に封じ、彼女の前に仁王立ちする。


 そして、触手にぶら下がったまま身動きの取れなくなったセレスティア見上げて語りかけた。


「いいかいお嬢さん?俺はねえ?何度も言うが深淵の闇(ティルアビス)なんたらとかいうのとは何も関わりが無いの。わかる?」

「……ッ」


 俺が言い聞かせるようにセレスティアに話しかけると、彼女は少し落ち着きを取り戻したのか、キッと俺を睨み付けて来る。

 嫌われてんねえ?いや、さっきの戦闘と今の状況を鑑みればさもありなんってところだけど。


 などと思っていたら、セレスティアが俺を睨みながら口を開く。


「ジ、ジョリスヴニールのバクタ・ナガラ!」

「アッハイ……?って、名前だけで俺のパーティーまで特定しちゃたのぉ?」


 俺は不意に素敵な思い出(ジョリスヴニール)の事を言われて、素で返事してしまった。


 どうやらセレスティアは、俺の事を知っていたらしい。参ったねえ、名乗るんじゃなかった。

 そうしているとセレスティアが震えながら俺を見下ろして、


「ジョリスヴニール!深淵の闇(ティルアビス)の力を行使する邪教徒のパーティー!何が勇者候補ですか!何が雷術剣士ですか!冒険者ランキング2位が聞いて呆れる!邪神の力を使ってでも勇者になろうとする浅ましい魂の連中!例え私を闇に葬ろうとも!貴方達には必ず天罰が下ります!教会も神も貴方達を許しはしない!」

「……」


 と、そんな事を叫んでくる。


 まるで悪鬼羅刹でも見ているかのような、恐れと嫌悪に満ちた眼差し。

 そんな恐怖の相手に、この物言いを出来るコイツはそれなりに根性のあるヤツなんだろう。


 しかしだ、コイツは今、俺の地雷を踏んだ。


『はぁ……全く……たわけが……』


 頭の中で竜王が呆れたように呟いたが、それで俺が止まる訳もなく。


「あ゙ァ!?お前いま、アウルのこと浅ましいつった!?俺の仲間のこと浅ましいつったかァ!?」


 俺はセレスティアに向けて、怒気を込めてそう言った。


「ああぐッ!?」


 そして同時に、セレスティアの身体に絡めていた触手に魔力を流し込み、ギリギリと音がなるまで強く締め付け、彼女の身体を顔から地面に叩きつけ、見下せるように地面に押し付けた。

 彼女が羽織っていたアカツキの白いケープが風に舞い、彼女から離れて、近くの地面に落ちる。


「ぎゃっ!?ちょっ!あっ!痛いっ!?痛いですっ!?ひぎいいっ!?」


 触手に締め付けられ、地面に顔を擦り付けられて土の味を味わっているセレスティアが、苦悶の表情を浮かべる。

 彼女の綺麗な金髪と白い肌が土色に汚れて行くが、そんなことは知ったことか。


「アウルが!グロリアが!コレーガが!シーニーが!浅ましいだァ!?ふざけんなテメェ!アイツラの何を知ってんだお前はよォ!?」


 俺は怒りのまま、声を荒らげて叫んだ。


 俺のことはどんだけ馬鹿にされたってまあ良いさ。だが、アウル達は、ジョリスヴニールの仲間達を侮辱するヤツは許さねえ。

 アイツラは、光の道を歩むべき人間なんだ。俺を照らす光になってくれる連中なんだ。それを曇らせようだなんてフザけたヤツらは、全て俺が地獄に叩き落としてやる。


(せ、先生……?)


 頭の中からアカツキの困惑の声が聞こえてきたが、頭に血の上っていた俺はそれを聞き逃した。


 そして俺はそのまま、怒りに任せて触手でセレスティアの身体を乱暴に左右にズラす。


「あ゙っ!ぎっ!?痛いっ!痛い痛いっ!うぶっ!?ゔえッ!?こっ、これ死にますっ!本気で死にますっ!ルミナスさまーっ!お助けくださいルミナスさまーッ!?」


  触手によって地面で擦り下ろされるセレスティアは、苦し気な呻き声を上げながら自分の信仰する大天使に助けを求めた。

 けれど俺は構わず彼女を触手で締め付け、地面に押し付け続ける。


「何がルミナス様だオラァ!人様の仲間侮辱しておいて調子こいてんじゃねーゾォ!?」

「ンギャー!?」


 俺がセレスティアを大根おろしの如く地面でズリズリとおろし金にしていると、ここで意外にも竜王が止めに入ってきた。


『……闇魔術士ぃ〜』


 竜王は俺を止めようと声を掛けて来たが、どうにも声にハリが無い。いつもみたいな高圧的で傲慢そうな声色じゃないのだ。


「止めんな竜王ォ!俺ァコイツ絶対許さねえからな!」

「ひぎぃっ!あ゙あ゙〜っ!」


 だがしかし、だからと言って俺のこの女への怒りが収まる訳でも無い。

 俺は竜王の制止の声を振り切って、情けない悲鳴を上げる女聖騎士への責めを続ける。


 するとだ、竜王の態度が更に軟化した。


『……いや……うむ……阿呆なのはこのメス騎士だ。貴様の心情を鑑みれば、多少痛い目を見るのも仕方無かろう』

「分かってんなら止めんじゃねえっ!」

『……だが、出来れば死なない程度で済ませてやってくれぬか?』

「あ゙あ゙っ!?」

『……頼む』

「……」


 激昂する俺に対し、竜王は呆れ果てながらも寛大な処置をしてくれと頼んできたのだ。


 ……脳内に少し頭を下げながら、同時に頭を抱えている竜王のイメージが見えた。

 心底どうしてこうなったみたいな顔をして、珍しく苦労人の雰囲気を漂わせている。


 竜王が下手に出てる……?なんか調子狂うんだが……。


 ……っていうか、これじゃ俺が悪いみたいじゃないか?

 なんなの?そりゃ聖騎士とは言え、女の子を顔から地面に叩きつけたのはやり過ぎたとは思うけどさ?


「……あーッ!クソッ……!」


 俺は仕方なく、舌打ちしつつもセレスティアへの触手の締め付けをほんの少しだけ緩め、彼女を擦り下ろすのを止めた。


 完全に頭に血が昇っていた俺だったが、竜王の困り果てた姿を見て怒りが萎えた。

 あの唯我独尊な態度を取る竜王が、俺に頭を下げて来たのだ。俺だって困惑したし、これ以上は竜王の面子を潰すような真似はしたくない。


 しかしだ、俺も一度振り上げた手だ、このままハイ終わり、とはいかない。手を引っ込めるにはそれなりの理由がいる。


「なぁアカツキ?これどうしたらいいと思う?」


 なので俺は、アカツキに意見を求めた。まあアカツキなら止めてくれるだろ?と言う期待を込めて。


(もうちょっと縛っておきましょう!)

「……あれぇ?」


 元気に答えたアカツキ。

 俺は予想外のアカツキの言葉に、怒りも忘れて素の反応を返した。


『こ、小童ぁ?』


 それは竜王も同じだったようで、隣のアカツキを見て困惑の声を上げている。


(僕、この女の人あんまり好きじゃないです。人の話聞かないし、勘違いして好き勝手言うし。折角だしもうちょっとお仕置きしちゃいましょうよ?)

「え?……あ、うん、ソ、ソウダネ?」


 なんかアカツキの声に黒さが混じっている気がする。


 いやそれより、アカツキなら止めてくれると思ってのに、むしろもっとやれって言われて俺が困惑してるもんですけど?どういうこと?

 俺の怒りは萎えたのに、止めてくれるはずのアカツキまで乗り気。どうすんだよこれ?


「あーっ!?アカツキくんっ!?居るならこのピンクの悪霊を止めてーっ!私今度こそ死んでしまうわっ!」

(先生、素敵な思い出(ジョリスヴニール)って、先生の仲間ってどんな人達だったんですか?)


 アカツキは助けを乞うセレスティアそっちのけで素敵な思い出(ジョリスヴニール)の事に興味を向けてきた。

 アカツキに嫌われるって相当だぞ?何やったのこの女?


「俺の仲間の事は……うん、まあ……帰りながら話そうか?」

(やったぁ!)

「いやぁー!攫われるーっ!助けてくださいルミナスさまーっ!」

『たわけぇ……』


 俺は一転、ノマリ村への帰路につくこととした。

 触手に釣り上げられてぶらぶらと揺らされ、情けない悲鳴を上げ続ける半裸のセレスティアを連れて。


 ~~~


「イヤーッ!ヌメヌメするぅーっ!犯されるーっ!ルミナスさまーっ!」

「うるせえ!人聞きの悪ぃこと言うな!」


 俺が悲鳴を上げるセレスティアを怒鳴り付けつつ村に向けて森の中を歩いていると、竜王が声を掛けてきた。


『おい闇魔術士』

「なんだよ?コイツの拘束は解かないからな?暴れられても困るし」

『……メス騎士はもうそれで良い』

「ええ?んじゃなんなんだよ?」


 俺はてっきり竜王がセレスティアを解放しろとでも言ってくるのだと思っていたのだが、どうも違うようだ。


『結局、あの異空間はどうするのだ?』

「……あっ、忘れてた」


 俺は頭の中に響いてくる竜王の声に耳を傾けながら、空を見上げた。


 森の木々の隙間から見える、空中に浮かんだ真っ暗の異空間と、そこから時折顔を覗かせる暗闇の手。

 俺が闇夜暴狂ミッドナイト・バッシュの魔術で喚び出した異空間だ。

 竜王に言われるまで、すっかり忘れていた。

 

「んんー……」


 それで少し考える。


 この手の地形変化の魔術は、時限で効果が無くなる事が多い。要するに、ほっとけば消えるのだ。

 この異空間もその例に当たるかも知れない。異空間は危険なのだが、どうせ消し方が分からない。なら、一旦放置してみるのも手だろう。


 と言う事で、俺は竜王に答える。


「えー、ほっときゃ消えるかもなので……とりあえず様子見って事で……」

『なんだと?万が一消えなかったらどうするのだ?』

「そ、その時はその時で考えるって事で、ここは一つ……」

『たわけぇ……』


 竜王の呆れた声が、俺の頭の中で虚しく響いた。

お読みいただきありがとうございます。

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