30.僕と聖騎士の解釈違い その一
〈はぁ〜、助かった……〉
『全く……危ないところであったわ……』
日も傾いて来た頃、先生達は僕の中に戻って一息ついていた。
僕はまさか二人の魂が消滅する一歩手前だったとは気付かず、突然服の中に潜り込んできた竜王サマ達にビックリだ。
〈……で?あの異空間はどうやって閉じりゃいいんだよ?〉
やっと落ち着いてきた辺りで、先生はそう言いながら僕達が先ほどまでいた場所に意識を向けた。
「異空間……」
僕も振り向いて空を見上げた。
そこにはまだ、真っ暗な異空間がぽっかりと口を空けたままだった。
異空間の周りにも視線を向けてみると、森は聖騎士さまの奥義とか暗闇の手とかのせいでボロボロで、残っているのは大きなクレーターと異空間だけと言う有り様。
そしてその異空間に再度視線を向けて見れば、時折、中から暗闇の手がひょっこり飛び出しては、やっぱ止めたと引っ込むんだ。もの凄く奇妙。
『あの魔術……先ほどは確か、闇夜暴狂とか言っていたな?闇魔術士、喚び出したのは貴様であろう、何とかせよ』
〈だーかーらー!知らねえつってんだろ!〉
先生達は、異空間をどうにかしろ、とお互い押し付け合って言い争っている。
僕が自分の身体を動かしてる時は、僕の頭の中で二人がよく賑やかになる。
……正直騒がしくはあるんだけど、実はそんなに悪い気分じゃ無くて。二人の会話を聞いてると結構楽しいんだ。僕が一人だった頃に比べると、何ていうか、孤独感?みたいなモノを感じなくて済むから。
〈そもそもテメエ!何で俺にあの女騎士助けに行かせた!?おかげさまで予想通り厄介事のオンパレードじゃねーか!〉
『たわけェ!光の化身たる我が!光の信徒を助けて何が悪い!?』
〈あーあー!?自称光の化身サマはお優しゅうございますねえ!?化身も信徒もただの光繋がりなだけじゃねーか!テメエの自己満足で俺達の身を危険にさらすんじゃねえ!オラァ!〉
『グエーッ!?自称ではない!我は紛れもない本物の光の化身であるぞ!?小童の村の教会でも、我の像が祀られておるであろうガァー!?』
〈いっでェーッ!?噛むなクソドラゴン!最近のドラゴンは誇大妄想もすんのかぁ!?本物の光の化身が冒険者如きに狩られる訳ねえだろッ!この中二病が!いい加減現実見ろオラァ!〉
『グオオーッ!?そ、そうでもあるがぁぁ!?いいや何を言うッ!?中二病と言うならば!貴様の方がよっぽど中二病であろう!?貴様の使う闇魔術こそどうした!?中二病満載の魔術ではないか!』
〈なんだァ?てめェ……〉
……僕の中で二人が罵り合いながら殴り合いのケンカをやっている。
先生のラリアットをモロ喰らいして目を回す竜王サマ。負けじと竜王サマも先生の足を噛んで対抗している。
うん、やっぱりちょっと煩いかも……。
僕はそんな事を思いつつ、後ろを振り返る。そこには聖騎士さまが、まだ地面にへたり込んだままでいた。
僕よりはずっと大人なんだけど、母さんや頭の中で見る先生の姿よりかはずっと若い人。
そんな聖騎士さまが半裸で泣きべそをかきながらへたり込んでる姿を見ると、ちょっと気の毒になってくる。
僕は聖騎士さまに近寄ると、自分が着ていたケープを外して聖騎士さまの肩に掛けた。
「その、良かったら使って下さい」
「……う?」
聖騎士さまは僕が掛けたケープをそっと胸元で引き寄せた。そして僕の顔を見て不思議そうな顔で口を開く。
「バクタ・ナガラ……貴様はいったい何なの?」
聖騎士さまは僕の顔を見上げて聞いてきた。
「え?えーと……?」
僕は少し戸惑いながら言葉に詰まる。
聖騎士さまは今の僕の事をバクタ先生だと思っているみたいだ。
それなら、と僕は先生と竜王さまと初めて話した時のことを思い出し、
「ぼ、僕はバクタ・ナガラではありません!ノマリ村!薬草師アリシアの息子!アカツキです!」
僕は聖騎士さまに向かって堂々と名乗りを上げた。
竜王さまが名乗りを省くと良くないって言ってたし……名乗りってこれで良いんだよね?
すると聖騎士さまはポカンとした表情を浮かべた。
どうも要領を得ていない感じなので、僕は続ける。
「ほら!僕のツインテールを見てください!ピンク色じゃなくて栗毛色でしょう!?今の僕はアカツキです!」
僕はツインテールの根元を握り、髪をブンブン揺らしながらアピールする。
先生が憑依している時はツインテールの色がピンクになるけど、僕が僕をやっている時は髪は栗色なんだ。
僕はピョコピョコ動きながらアピールした。それはもう必死にアピールした。
すると聖騎士さまが突然立ち上がり、僕の両腕に手をかけて言う。
「やったわ!貴方!あのピンクの悪霊!バクタ・ナガラを倒したのね!」
「えー?」
僕は聖騎士さまの言っている事がよく分からずに戸惑う。
確かに僕は、さっきまでは先生に身体を預けていた。でも今は僕と交代して僕が自分の身体を動かしてるだけで、何も誰も倒してない。
だけど聖騎士さまは、僕の肩を掴みながら熱の入った口調で喋り始めた。
「御免なさいねアカツキくん……あの悪霊が憑依していから、私は貴方を斬るしか無かったの。でもこうして無事に乗り越えられた……ティレジア教の教祖は滅した!これで教団も壊滅ね!良かったわ、本当に!」
「んんんー?」
……何言ってるんだろうこの人?
僕は聖騎士さまに肩を揺さぶられながら、話を聞いていたけど……どうも聖騎士さまは致命的な勘違いをしているような気がする。
まず、先生はティレジア教?とか言うところの教祖じゃない。あと、ピンク色ではあるけど悪霊でも無い。
それに先生は無事だ。先生は今も僕の頭の中で竜王さまと取っ組み合いのケンカ中。
だけど聖騎士さまは、そんな僕の頭の中の事情なんて知らないから、勝手に盛り上がっていく。
「でも驚いたわ!あんな恐ろしい教祖に憑依されながらも、貴方は自力で解決した!並大抵の精神力じゃ無いわ!」
「んんんんー?」
聖騎士さまが僕の肩を揺すりながらベタ褒めしてくる。
何だろう?勘違いされたまま褒められても何も嬉しくない。むしろ困る。
「アカツキくん!貴方は英雄よ!教会もきっと貴方を讃えるわ!」
「……」
……何だろうこの人?
僕は聖騎士さまに英雄と言われ、思わずイラっとした。
だって僕、別に何もしてないもん。
僕はただ、竜王さまと先生に助けられてただけ。僕は何もしてない。先生と竜王さまが凄いのであって、僕は何も凄くない。
僕の英雄は……ラフレア様は……こんな僕とは違う。
「……英雄なんて、そんな軽々しく言わないでください」
僕はつい我慢出来なくなって、聖騎士さまの言葉を否定する。
英雄ってのはラフレア様みたいに、悪を懲らしめて、人々を救い、魔王を倒して平和を取り戻し、世界中の皆に祝福されるような偉大な人を指すんだ。
こんなちっぽけな事しかしていない僕が、英雄扱いなんてされて良い訳が無い。
だけど、聖騎士さまは止まらない。
「いいえ、アカツキくん!貴方の行動はまさに英雄そのもの!見事にティレジア教団の陰謀を打ち破り、ピンクの悪霊を退けたのよ!私だけじゃない、この付近の町も村も、貴方のおかげで助かったのよ!もっと誇っていいと思うわ!」
……何だ、こいつ?
聖騎士さまは、僕の言葉を全く気にも留めずに、ますますヒートアップしているようだった。僕の言いたいことなんて、微塵も伝わっていない。
「でも本当に信じられない!そんな若さで悪霊を退ける程の魔力と精神力を身に付けるなんて!天才……と言うのかしら?余程良い師に恵まれたのね!?こんな地方で、これほどの人材と出会えるなんて、まさに僥倖と言うしかないわ!」
僕は、イラ付きを通り越してただ呆れ果てた。
どうやらこの聖騎士さまは、僕の話を聞く気が全く無いらしい。むしろ、ただ自分の理想の英雄像を僕に重ねているだけのようだった。
「……はぁ、もういいです」
僕はこの聖騎士と無理に話を続ける気力を失い、軽く溜息をついた。
僕、この人、あんまり好きじゃない。人の話を聞かない、一方的に話す人は、嫌いだ。
だから僕は、この聖騎士にハッキリ言ってやる。
あからさまな作り笑顔で、ちょっと悪意を持って言ってやる。
「聖騎士さま」
「なにかしら?」
聖騎士が笑顔で僕を見た。
僕の企みになんてまるで気付かない、何とも無防備な笑顔だ。
「勘違いですよ?だってそのピンクの悪霊さん、ここに居ますから」
僕は親指でトントンと自分の頭を突付きながら言う。
未だに先生と竜王さま達がケンカしている自分の頭を指差す。
「え?」
聖騎士はキョトンとした顔になった。
この聖騎士に僕の頭の中なんて覗ける訳が無いから、先生と竜王さまが今も元気に僕の中で言い争いしてるなんて分からないんだけど、それにしたって間抜けな顔だと思う。
僕はそんな間抜けな聖騎士に明確な悪意を持ちつつ……
「先生、交代してください」
〈この銀蝿ト……アカツキ?交代?いいけど?〉
頭の中に居る先生に話しかけた。
先生は竜王さまを貶している途中だったようだけど、僕が頼むとすぐに代わってくれた。
すると、聖騎士さまの目の前で、僕と先生が身体を交代した。
僕の栗毛色のツインテールが、ぶわぁっと一瞬でピンク色に変わる。僕の意識は身体の奥に引っ込み、先生の意識が僕の身体の表層に現れる。
「あ……?ああ……っ!」
その瞬間を見ていた聖騎士さまは笑顔を一瞬にして凍りつかせた。
『アッハハハハ!いぃーい顔ぉ!すっごいバッカみたい!……って、こう言うのは良くないのかな?でも今くらいは良いでしょ?良いですよね?竜王さま?』
『む……?いや、まあ、よかろう……うむ……』
見る見る内に青ざめた表情になっていく聖騎士の女を嘲笑いながら、僕は自分の中の真っ暗な空間で、隣に居る竜王さまに同意を求めた。
竜王さまはなんだかちょっと困惑してる様子だった。うん、少しはしゃぎ過ぎたのかも知れない。
そして、
「どうもセレスティアさん、バクタ・ナガラです」
「ひっ!?ヒイイイッ!?」
先生が自己紹介を言ったところで、森中に聖騎士の女の悲鳴が響き渡る。
その悲鳴を聞いていた僕は、面白くって仕方がなくて、今まで生きてきた中で一番邪悪な笑みを浮かべた。
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