03.プロローグ その三
野営地で夜明け時。俺たちのパーティーは、竜王との戦いの後、山を降りて森の中で野営していた。
俺はいつも通り皆より早めに起きての、朝食の準備中。
「【厄介者の手】、はーいじゃあー朝ご飯作りますよー」
俺は魔術で複数の闇の手を呼び出し、朝食の準備と調理を手伝わせていた。
幾つかの闇の手を操りながら、薪拾いをして、火を起こし、食材を切って、用意した鍋に放り込む。
今日の朝食はビーフシチューだ。朝からなかなか重い朝食となるが、冒険者たるもの食える時に腹いっぱい食うのが鉄則なので誰も文句は言わない。
調理用の小さなナイフで適当に具材を切って鍋にぶっ込んで、サラダ油で軽く炒めてから煮る。味付けはワインを下地にコンソメとソース辺りを適度にぶっ込む。分量は感覚で。
「おっと、忘れてた。【インベントリ】」
俺はそう言って側面に収納用の魔法陣を出現させた。
それで徐ろに魔法陣に手を突っ込んで、中から液体の入った小さな瓶を取り出す。これは醤油差し。
「隠し味は醤油ってね~……こんなもんか。ほい」
鍋の上で手に持った醤油差しをちょんちょんと動かし、醤油をシチューに混ぜ込む。
隠し味は所詮隠し味。そうそう多量に入れて味の主張をされても隠した意味が無くなるので、俺は醤油を適量入れた後、側面のインベントリに醤油差しを放り込んだ。
すると用事の終わったインベントリの魔法陣は、スッと消えていく。
「♪〜♪♪〜」
軽く鼻歌なんて口ずさみながら、お玉で鍋をかき混ぜる。
料理は好きだ。コトコト音を立てて煮えてる鍋をボーッと見ていると、心が落ち着く。俺がいつもこんな感じで作ってる料理を、みんな文句も言わず食ってくれるのは結構嬉しい。
でも、今日は何かがおかしかった。
『……ここはどこだ?何故このような状況に……?』
頭の中に響く、重厚で威厳ある声。ビックリして思わずお玉を落としそうになる。
「んん?何?今の声?」
俺はすぐに顔を上げ、周囲を確認した。
キョロキョロと辺りを見渡すも、誰が居る訳でもない。
仲間達は各々のテントの中で眠ったまま、まだ起きてきて居ない。
じゃあ外からモンスターでも来たか?となるのだが、この野営地は今、グロリアが張った結界で守られている。モンスターが無理にでも結界を破って侵入して来ようものなら、まずグロリアが飛び起きて来るハズだ。でもグロリアは熟睡中、つまり外からの侵入の線も無かった。
「……誰もいないな、気のせいか」
妙な声だったが、周囲に声の主の気配は無い。
俺は空耳の類だと思い、また鍋の火に視線を戻す。
……が、しかし、それから少し経った時だ。
「ぐっ!?」
突然、胸が締め付けられるように苦しくなった。本当に突然だ。
「げほっ、ごほ……っ」
俺は苦しさに咳込み、胸を押さえて前屈みに蹲る。
『ここは?我は何故、この者の中に居るのだ?』
頭の中で何者かの声が響く。その声を聞いて、更に胸が重く苦しくなる。
『おい闇魔術士、貴様我に何をした?』
「……ぐっ!あ、頭が……」
今度は頭だ。頭が割れるように痛い。
まるで身体の内側から何かが食い破ろうとしているかのような感覚。何か問いかけられているような気がするが、痛みでそれどころじゃない。
「がああぁっ!?うっぐっ……」
身体は更に強い痛みと苦しみを伴い、俺は胸を抑えそのまま地面に倒れてしまう。
その拍子に俺の身体が鍋を支えていた支柱に当たった。鍋がゴンッと大きな音を立てて倒れ、中身のビーフシチューが、地面に盛大にぶち撒けられる。
「どしたんバクター?今の音何なん?」
その内、外の喧騒を聞いて、シーニーが目を擦りながらテントから起きてきた。
「あっが……ぐぶっ……」
だが俺は自分の身体の事で手一杯だ。
地面に突っ伏したままガクガクと震え、口からは泡を吹いている。自分でもわからない。苦しみは増す一方で、彼女に答えてる余裕も無い。
『おい!聞いておるのか闇魔術士!』
頭の中で謎の声の主が怒鳴りつけてくる。
だが答えたくとも苦しくて声が出ない。肉体も精神もぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、地面に無理矢理叩きつけられているみたいだ。
「えーっ!?ちょっ!?バクター!?」
俺の異常を察知したシーニーが駆け寄ってくる。
彼女は俺の肩を掴み、身体を引き起こした。
「マジ大丈夫!?」
「シー……ニ……」
心配そうな顔を見せるシーニー。
俺は微かに残った力で彼女の名前を呼ぼうとするが、もう言葉が続かなかった。意識が遠のいて行く。
「バクタっ!?みんなーっ!助けろーっ!バクタがマジヤバイーっ!」
俺が最期に聞いたのは、俺の惨状を見て他の仲間たちに必死に助けを呼ぶシーニーの声。
そして次の瞬間には、俺の意識は真っ暗な闇の中に落ちていったのだった……。
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突如倒れたバクタをテントのベッドに寝かせたジョリスヴニールの仲間たち。今ちょうど、グロリアがスキルを使ってバクタの状態を確かめていた。
「ね、ねぇグロリア?バクタ大丈夫だよね?グロリアならリザレクションあるし、ちゃちゃっと蘇らせて万事オッケーだしょ?だよね?」
動揺を隠せない様子のシーニー。
そんなシーニーに、グロリアは深刻そうな顔をして首を横に振る。
「ダメなの……ダメなのよシーニー……これはもうリザレクションでもどうしようも無いのよ……」
「なんで?グロリアって神官じゃん?リザレクションでバクタも蘇らせられるっしょ?なんで無理なの?いつもみたいにバクタを蘇らせてよっ!」
シーニーはすがるようにグロリアに頼み込む。
しかし、グロリアはまた首を横に振った。
「無いのよ……ナガラくんの身体にはもう……魂が残って無いのよ……」
「なん……で……」
グロリアの言葉に、シーニーは膝から崩れ落ちる。
「冗談だろ……?おい!起きろバクタ!いつもみたいに、『俺、また死んじまったよ〜』ってヘラヘラして起きて来いや!なぁ!?」
コレーガがバクタの亡骸に縋り付き、彼の身体を強く揺さぶった。
しかしバクタは目を覚まさない。ただ冷たくなって行くだけだ。
「なんでだよ……バクタ……?いったい……何が起きたって言うんだ……?」
アウルはギュッと強く拳を握り締めた。
その瞳には困惑と、そして悲しみの色が浮かんでいる。
「クッソォ!」
コレーガは怒りに震え、バクタの亡骸を殴り付けた。しかし、その拳に力は籠っていない。ただ、行き場の無い憤りをぶつけているだけだ。
「なんでなん……?マジでなんでこんなことになっちゃったわけ?………バクタぁ……お願いだから目ぇ開けなよぉ〜……」
シーニーはその場にへたれ込み、嗚咽を漏らす。
こうして、素敵な思い出の仲間たちは、バクタ・ナガラと言う1人の闇魔術士と、永遠の別れをする事になってしまったのであった。
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