25.森の機動兵器と女聖騎士 その四
セレスティアに背を向けて帰ろうとする俺。
セレスティアがこの先どうなろうと俺の知ったこっちゃない。
元々この戦いに顔を突っ込んだのも、竜王に煽られてヤケクソになって手を出しただけで、ぶっちゃけるとこの聖騎士の為じゃない。だからこれ以上この女と話しても疲れるだけで得にならない。
よって俺はさっさとこの場を立ち去る。さあアカツキに触手ジャンプの続きを教えてあげよう。
そう思い、俺はセレスティアに背中を向けたまま歩き出したのだが、セレスティアが俺の背中に向かって声を掛けてきた。
「ナガラ殿、少し待ってください」
呼び止められたが、俺はそれを無視してスタスタと歩いて行こうとする。
(せ、先生?呼ばれてますけど……)
〈無視だ、無視。アカツキ、人間関わらないほうがいい事っていっぱいあるんだ。覚えておこうな?〉
(ええ……?)
困惑するアカツキを余所に、俺が早足でこの場を去ろうとしていると、セレスティアが再び俺に声を掛けてきた。
「ナガラ殿……この聖剣は、深淵の闇の力を感知した時のみ抜刀する事が可能となるのですが……」
「……ん?」
俺はセレスティアの言葉を聞き、ピタリと足を止めて振り返る。
セレスティアは、弱いから、ヴェルデアーマーにビビって居たから、剣を抜かなかったハズだ。少なくとも俺はそう見積もっていた。
だが俺が振り向くと、セレスティアの手には鞘から抜かれた白銀の剣が握られていて、刀身の部分が淡く光っていた。しかもその光は俺の方に向けられているように見える。
「深淵の闇の力がなんです?」
俺はセレスティアの意図がよく分からず聞き返す。
分からなかったのだが、
『……たわけが』
と、竜王が呆れ声で俺に言ってきた。同時に俺の中で何かが繋がった。
そう、セレスティアの抜刀した聖剣、そして竜王の呆れ声、そこから導き出される結論。
「えっ?まさか……」
俺は右腕に巻き付けてある触手をチラリと見て、軽く右腕を持ち上げた。
途端、セレスティアの握っていた聖剣の光がブワァっと強くなり、まるで俺が深淵の闇の力を持つ存在であると示しているかのようだった。というか恐らくそうだ。
「えーっと……聖騎士様?」
俺は苦笑いをしつつ、セレスティアに視線を向ける。
すると、セレスティアも俺に視線を向けて来た。その目つきは鋭く、まるで敵を見るような視線だった。
つまり、セレスティアにとって俺は深淵の闇の力を持つ邪教徒の仲間、あるいはそれに準ずる存在と見做された可能性があると言うことだ。いや、ほぼ確定か?
「あの〜聖騎士様?落ち着いて下さい?何か誤解していらっしゃられる?話せば分かりますから?」
俺は両手を上げて降参のポーズを取りながら、必死で弁明する。が、
「右腕のその触手……やはり貴様もティレジア教団の手先だったかァ!?」
セレスティアは俺の話を聞く様子も無く、いきなり俺目掛けて聖剣を振り下ろして来た。
「うおおいーーッ!?待て待て待ッ!?」
俺は咄嗟に右腕を掲げ、 触手が巻きついている 部分で斬撃を受け止めた。
ガギンッ!と鈍い音が響き、 衝撃が腕全体に伝わる。
斬撃自体は触手がしっかりと防いでくれたが、その衝撃は重く、 俺は身体ごと後方にずり下がった。足元が滑りバランスを崩しそうになるが、必死に踏ん張る。
「ぐっ........!」
後退しながらも体勢を整え、俺はセレスティアを睨む。
彼女の一撃はただの威力だけではない、その背後にある決意と怒りをも感じさせるものだ。
俺は条件反射的に触手を巻いた右腕を再び構え直し、次の一撃に備える。
「なにィッ!?我が聖剣の一撃を止めただと!?」
そのセレスティアは驚きの声を上げながら、後ろに飛び退き距離を取っていた。そして、油断無く聖剣を構え直してこちらを睨んで来る。
(わあっ!?い、いきなり斬り掛かって来ましたよ!?先生大丈夫ですか!?)
アカツキは突然襲いかかって来たセレスティアの様子に驚いていたが、俺はそれどころじゃない。
俺はセレスティアに斬りかかられた事に動揺しつつ、必死になって叫んだ。
「待って待って待って!?何でいきなり斬りかかって来んの!?何で人の話聞かないんです!?頭可笑しいの!?頭硬すぎない!?それとも逆に頭のネジ緩んでます!?聖騎士様アタマユルガバってます!?ガバガバ何です!?」
「貴様ァ!聖騎士たる私を愚弄するかァ!?」
……何か知らないが言い過ぎたらしい。セレスティアが怒りを強めて俺を睨み付けている。
『余計に焚き付けてどうする!このたわけが!』
何んでかまた竜王が呆れて居るが今それどころじゃないの。
「深淵の闇の使徒めェッ!!もはや貴様などに与える情けは無いッ!ここで死ねェッ!!」
怒れるセレスティアはそう言うと、聖剣を振り上げて再度斬り掛かって来た。
「はあああっ!たあっ!せいっ!」
「うおっ!?ちょっとちょっとちょっとォ!?」
俺は焦りながらも、触手を巻き付けた右腕でセレスティアの斬撃を防御する。
2撃、3撃、4撃。
彼女の頭に血が昇っているからか、それとも連撃で剣を振るっているからか、彼女の攻撃は単調で、初撃に比べればその一撃を防ぐのは容易い。
だが、そもそものフィジカルの差は如何ともし難く、力負けしている俺はジリジリと後退させられて行く。
「クソッ!」
咄嗟にこのままでは不味いと感じた俺は、反射的に触手を伸ばし、セレスティアに向けて触手を鞭のように横薙ぎに振るった。
「ッ!?」
するとセレスティアは瞬時に地面を蹴り、後方へ跳び退いた。
俺の攻撃は躱され、ヒュンっと俺の触手が空を切る音だけが響く。さっきの雑魚と違って良い反応してんなこの女騎士……。
なんて思っていたら、セレスティアはビシッっと俺を指差して怒りの声を張り上げる。
「私を攻撃してきたと言う事は!やはり貴様が深淵の闇の使徒だと言う証拠!」
「違わい!自衛だ自衛!アンタが何度も斬り掛かって来るからだろうがッ!」
「問答無用!ここで引導を渡すッ!今すぐ死ねェ!邪教徒ォ!」
セレスティアはこっちの言い分に聞く耳も持たずに聖剣を後ろ手に構え、何やら力を込め始めた。
何か嫌な予感がする。
(せ、先生!あの聖剣なんか光が更に強くなってませんか!?なんか危ない気がします!)
と、アカツキが危機感を抱いて声をあげた。
アカツキの言う通り、セレスティアの持つ剣からは強い光が放たれており、尋常では無い力が感じられた。
「そうだねえ!ギラギラ光って眩しいねえ!?」
俺はヤケ気味に答えるが、いやフザけている場合じゃない。こりゃ本格的にマズい。殺意マシマシで何か大技を放つつもりだ。
っていうか、この女全然弱く無いぞ!?何なら冒険者でも上位クラスだ!誰だコイツを弱いとか思ったヤツ!?俺だぁ!?
なんとか、なんとかしないと。そう思って俺は口を開く。
「今すぐ死ねってェ!?ねえ何でそうなんの!?天下の聖騎士サマが幼気な子供虐めて楽しいかァ!?もっと他に話し合う余地あるでしょうよ!?脳味噌ヨワヨワの聖騎士サマは話し合いも出来ないんか!?オイオイそんなんでよく聖騎士名乗って居られるなあ!?冒険者から巻き上げた聖務納付金で食う飯は美味いか聖騎士サマよォ!?」
俺は慌てて言葉を紡ぎ、何とかして時間を稼ごうとする。
だがセレスティアに対する俺の言葉は火に油を注ぐ事になった様子で、
「お、おのれェェ!まだ言うか深淵の闇の使徒めェ!ならば今この場で貴様の罪を断罪してやるッ!今までこの一撃を受けて立って居られたモノはいないッ!消し飛べ邪教徒ォ!」
と、セレスティアは聖剣を握り締めながら、更なる怒りを見せた。
セレスティアの聖剣は聖なる闘気……聖法闘気が満ち溢れ、今にも解き放たれる瞬間を迎えようとしている。
あれは喰らったら死ぬ、っていうか身体ごと消滅する。ぱっと見、溜め時間こそ有るが、威力だけならアウルのギガテンペスト級だぞ?無理無理、絶対耐えられない。
「ああもう話が通じねェ!だから教会の人間は嫌いなんだよッ!」
俺は半ば自棄になって怒鳴りつつ、腰の杖を抜いて迎撃体勢を取った。
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