21.魔術の授業を始めよう その二
昼過ぎの眩しい太陽の元、俺達は村近くの草原に来ていた。
ちょうど昨日の夜にウィルオーウィスプを追っかけた途中の道だ。
風になびくピンク色のツインテール。今はアカツキに代わって身体の主導権は俺。
俺は左手に簡素な木の杖を握り、草原に突っ立って叫ぶ。
「そんなに空跳びたいのぉ!?」
(飛びたい!飛びたいです!)
そうアカツキに問いただすと、アカツキは元気良く返事をした。
どうもアカツキは、昨日の夜にウィルオーウィスプを追っかけた時に俺が見せた、触手による大ジャンプが気に入ってしまったらしい。
「だからって俺のハンズの真似しようってのはどうなの!?所詮触手だぞ!?ヌメヌメだぞ!?闇魔術士の陰湿な魔術だぞ!?全属性使いならもっと他にこう……なんか色々あるだろぉ!?」
(でも!先生の厄介者の手の魔術ってスゴく便利そうで……それに昨日は夜だったから景色とかよく分からなくて……今度はちゃんとお日様が出てる時に飛びたいなって……)
俺は必死になって触手魔術のみみっちさを訴えるも、アカツキに引く気配は無さそうだ。
『ガハハ!良いではないか闇魔術士よ!小童が望んでいるのだから叶えてやれば良いではないか!ガハハハハ!』
そんな中、竜王が俺を茶化す。コイツ、どうせ見てるだけだからって好き勝手言いやがって。
「いやいや、だからって俺のハンズを真似する必要はないだろぉ!?アカツキは風属性にも適性あるんだから、それで空飛べば良いでしょうよ!?」
俺がそう言った直後、竜王が一転、呆れたような声で話しかけてくる。
『ほう?では闇魔術士、貴様は小童に風魔術を教えられると?』
「……いや、それは無理です」
『であろう?ならば先ずは貴様が得意な闇魔術を教えるのが道理だと思うのだがな?』
今度はなんか諭されたぞ?
だがしかし、竜王の言う通り、俺に風魔術を教える事は出来ない。俺に風魔術の適性なんて無いからな。
風魔術を教えられる師匠を探すにしても、ノマリ村には居ないから他の場所で探すしかないし、そうなるとこの村を離れて旅に出るしかない。だが、俺は先にアリシアから頼まれたアカツキの修行をしなきゃいけない訳で、それは出来ない相談だ。
そうなるとだ、アカツキの希望を叶えるには、俺が持ってる中で一番汎用性の高い厄介者の手を一番最初に教え込む方が良いって事になる。この触手魔術が使えれば戦闘だけでなく、様々な場面で応用が利くからだ。
誠に悔しいが、竜王の言い分に沿うしかないのだ。
「んもう……仕方ない。アカツキ、俺の思考は読めてっか?」
(はいっ!バッチリと!)
「よぉし!んじゃあ魔術の実演するから、魔術のイメージきっちり覚えとけー!?」
(はいっ!)
『ガハハ!良いぞ闇魔術士!教師らしくなぁ!』
「あ゙あ゙ァ!?」
竜王は俺が教えるのが面白いのかケラケラと笑っている。コイツ、絶対楽しんでやがるな?後でまた絶対に首絞めてやる。
兎も角、俺は一先ず気持ちを落ち着け、意識を集中し始めた。
「術式構築と同時に魔術詠唱!始めるぞアカツキ!」
(はい……っ)
アカツキに一言告げてから、俺は右腕を前に差し出す。それから頭の中でアカツキにもなぞれるようにゆっくりと術式を構築しながら、慎重に詠唱を始めた。
「暗黒の大天使アスモデに願う……深淵を彷徨う闇人たちよ……現し世に顕在し……其の腕で光を奪い取れ……【厄介者の手】!」
俺が詠唱し終わると同時に、右手の先に禍々しい魔法陣が出現し、まもなく闇の粒子が俺の右腕に鞭のような触手を発生させた。
(触手だっ!触手が出ましたっ!)
アカツキの若干上擦った声。
「はいはいよー、こっからこっから……」
俺は興奮するアカツキを宥めるように話しながら、 右腕をゆっくりと頭上に上げて……叫ぶ。
「行くぞォ!跳べ!ハンズ!」
そう言って、思いっきり右腕を振り下ろした。
すると、触手が勢い良く地面を叩き、反動で俺の軽い身体は容易く上空へと跳び上がる。
ギューンっと一気に地面が遠ざかって行く。
上昇時の風が頬を撫で、ピンク色のツインテールが風になびき暴れる。
(わああー!あははーっ!)
アカツキの嬉しそうな声が脳裏に響いてくる。
(先生!見てください!ノマリ村があんなにちっちゃく!)
「はいはいよー!」
アカツキは遠ざかっていく村々の木造の屋根を見ながら、引き続きはしゃぎ叫んでいる。
俺はそんな彼の様子を微笑ましく思いながら周囲を見渡した。
確かに、青空の下で見る空の旅は悪くない。昨夜は暗くてよく見えなかった分、今日の空の旅は爽快感がある。眼下に広がるノマリ村や、遠くに映る山頂付近が白く冠雪している山並みを見下ろしているのも気分が良い。
それでノマリ村の村道沿いに視線を向けていると、村から離れた山間部に少し大きな町が見えた。
「アカツキ、あの町はー?」
俺は遠くの町を指差しながらアカツキに聞く。
(えっーと!確か……ルドオグの町です!)
「ルドオグ?」
(はい!母さんがよくあの町に薬草を売りに行くんです!あの町には薬草師のギルドがあるらしくて……僕は行ったこと無いんですけど!)
「へぇー」
テンション高めのアカツキが、元気に俺の質問に答えてくれる。
ルドオグの町と、薬屋ギルド。アリシアが薬草を売りに行くぐらいだから、それなりの規模はあるんだろう。アカツキも行ったことは無いらしいから、今度行ってみるとするか。
そんなことを考えながら空を上昇し続けていると、やがて最高高度に達して、今度はゆっくりと降下が始まる。
ここでふと、俺は違和感を感じた。
「……ん?何だ?」
『魔力反応であるな』
どうやら竜王も同じく違和感を感じたらしい。自分達の魔力ではない、別の魔力が近くにある。
(……?先生、今の感覚は?)
さっきまではしゃいでいたアカツキが一転落ち着き、魔力感知の感覚を不思議がって聞いてくる。
「魔力感知ってヤツだ、周囲の魔力を探る技術な」
(なるほど……僕も出来るようになりますか?)
「おうそりゃアカツキなら余裕よ、覚えとけ覚えとけー」
(はい!)
元気に返事するアカツキ。素直な良い子だよホント。俺の生徒にするにゃあもったいないくらいに。
さて置き、俺と竜王は引き続き魔力の発生源を探った。すると……
「あれか?」
『ああ、間違いない』
俺が竜王に確認を取りつつ視線を向けた先、ノマリ村からルドオグの町へ向かう村道から少し離れた森の中に、明らかな魔力を感知した。しかも一つじゃない、複数ある。
「んんん〜?」
それで目を凝らして森を見つめていると、木々の隙間から何かが見えた。
その何かは、緑色の装甲に包まれた胴体と2つの足、それに大きな爪の付いた両腕が特徴的な巨大な姿をしていた。高さは、大人2〜3人分程度だろうか?横幅は、両腕が大きいせいか、大人3〜4人が並んで立っているくらいの幅がある。
そんなデカいのが森の中に3体ほど。そしてよく見ると操縦席が有って、人が乗っている。つまりあれは巨人じゃない、機動兵器だ。
『モンスターでは無いな……人型の機械人形か?』
「ああ、ヴェルデアーマーってやつだ。しっかし何でこんな所に?」
俺は竜王に答えつつ、見覚えのある機動兵器の登場に首を傾げた。
(あれが……ヴェルデアーマー?)
アカツキが不思議そうに聞いてくる。
「ん?ああ、あいつはサントルムって国の機動兵器さ。サントルム語で、"緑の鎧"って意味らしい」
(緑の鎧……機動兵器……ですか?)
どうもアカツキはピンと来ないらしい。まあ僻地の村の少年でしか無いアカツキが、いきなりあんな無骨なデザインの機動兵器を見ればこうもなろう。
「んーとなー?簡単に言うと、人が乗って動かす事でー、巨人の様な力を発揮出来る乗り込み型の魔力駆動兵器!ってところかな?」
(へぇー!魔力駆動!)
感心するアカツキ。どうも興味が湧いたようだ。今度乗れる機会があったら乗せてやろう。
さて、俺はヴェルデアーマーを操縦している人物に注目する。
「んんー……パイロットは正規兵……じゃなさそうだな」
ヴェルデアーマーの開放型の操縦席をじっくりと見てみれば、操縦席に座っているのは軍服ではなく、軽装の鎧を着込んだ男達。身なりから予想するに、冒険者か、もしくは賊の類だ。
正規兵でも無いのに……いや正規兵でもおかしいが……一国の機動兵器が3体もこんなド田舎に来ているのだ。不審すぎる。
と、ここでいい加減地面が近づいて来た。
「おっとそろそろ地面だ、回れ、ハンズ!」
俺は右腕の触手を急速回転させ、落下速度を減速させて着地体勢に入る。
「少し気になる……悪いアカツキ、ちょっと授業中断していいか?」
(あ、はいっ!どうぞっ!お構いなくっ)
「サンキュー、んーじゃ、跳べ!ハンズ!」
俺はアカツキの了承を得つつ、着地際にもう一度触手に地面を叩かせて空に跳び上がった。
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