20.魔術の授業を始めよう その一
翌日の朝、日も上がらぬうちにアカツキ親子と俺は改めてノマリ村の村長に会いに行った。昨夜のウィルオーウィスプの一件についてと、俺とアカツキの身体についての説明をするためだ。
村長は夜通しで燃え尽きかけた家を修復していたらしく、ゲッソリとした顔をしていた。まあお宅の家が燃えた原因はうちの竜王のせいなんですけどね。本当に申し訳ない。言えないけど。
それはさて置き……
アカツキの喉の病気は治った事、俺はアカツキに身体を借りて生きている事、そして俺がアカツキの魔術の先生になった事は正直に村長に伝え、ウィルオーウィスプの件については、アリシアと俺とで撃退した事にしておいた。
ちなみに竜王の事については伏せたままにしてある。下手に話して、村長の家で火災が起きた事やウィルオーウィスプを山から誘い出してしまった事に言及されては敵わないからな。なにせどっちも原因は竜王の光弾の流れ弾のせいなんだから、これ以上余計な面倒事はゴメンだ。
村長は最初こそ俺がアカツキの身体に入っているという話を信じてはくれなかったが、アカツキ自身の言葉と、俺が厄介者の手で触手を使役してみたことで、ようやく俺の話を信じてくれた。
ちなみにアカリが村長の隣で俺達の話を聞いていたが、俺が触手を喚び出した辺りで大仰な悲鳴を上げて逃げて行った。うんまあ、事故とは言え一度は触手に殺されかけたんだし当然の反応だろう。ごめんね?
結局、その日のうちにあっという間に俺とアカツキの事は村中に広まったようで、アリシアは息子が喋れるようになった事を他の村人達からも喜ばれていた。
だが、そんな村人達とは裏腹に俺達の事をあまり良く思わない者も居るようだった。どうも俺の事を悪霊の類だと思ってるヤツが何人か居るみたいなんだが、まあ、気持ちは分からないでもない。なんせアカツキ本人ですら一度は俺を悪魔扱いしたくらいだしな。ワハハ。
俺はそんな連中はノイズ程度に捉えつつ家に戻り、早速アカツキの魔術の修行をすることにした。
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「さて……」
俺は村長から村を救ったお礼品として貰った真新しいテーブルの前に座っていた。
服装も村長から礼品として貰ったモノを着込んでおり、今の俺は白いケープを羽織った、シャツとズボンのスタイル。この服はかなり良い生地で作られており、丈夫で防御力も高そうだ。このまま冒険者を名乗ってもやっていけるだろう。まあ行かないけど。
アリシアは村への報告の後、すぐに薬草師としての仕事があると言って出かけて行った。なので家に居るのは今は一人だけだ。まあ尤も、アカツキの身体に魂換算で三人同居しているので一人とは言えないのだが。
「アカツキ、まずは魔術の初歩から教えようと思うけど、その前にお前さんがやっておくべき事がある」
(なんでしょうか?先生)
俺の言葉に、アカツキは興味深そうに聞き返して来た。そんなに期待されても困るんだが、まあ一先ず説明しよう。
「属性適性の把握だ」
(属性適性、ですか?僕の?)
「そ、アカツキの属性適性。この世界の魔術には大まかに分けて6つの属性がある……のは本を読んで知ってたよな?」
(はい、火・水・風・土・光・闇の6つですよね?)
「その通り。んで、その内でアカツキに適性があるものを見つけ出す。それがまずは最初の目標だな。んじゃ一旦外出るぞ」
俺はそう言いながら、幾つかの道具を持って外に出た。
午前中の眩しい陽の光が俺を照らす。
俺は眩しさに目を細めながら、玄関前の地面にしゃがみ込み、指で地面の土に魔法陣を書き始めた。
するとアカツキが何かに気付いたように言ってくる。
(あ!六元環!六元環ですよね!?本で見ました!)
「はーい、正解〜。アカツキに10点」
(やったー!)
俺の何だか分からない点数加算発言に、アカツキは無邪気にはしゃいでいた。うんうん、こういう素直な反応は可愛いものである。
「光の記号を真ん中上に置いて、時計回りに火・土・闇・水・風の記号をそれぞれ描いていく。これに……こう!」
俺はそう言って魔法陣の書かれた土の上に、持ってきた道具を置いていった。
置いた物はそれぞれ、火属性には火の点いた蝋燭、土属性は一握りの砂、水属性には水を入れた小皿、風にはその辺で拾った葉っぱ、そして光と闇には少し磨いた石英が一つづつ置かれている。
「そんで……【示せよ、六元】!」
俺は魔法陣の中心に指を置きながら、軽く詠唱した。俺の指先を通じて魔法陣に魔力が流れ、六元環の魔法陣が起動した。
そして闇属性の位置に置いてあった石英が一瞬で真っ黒に染まる。
(わあー!石が真っ暗に!)
アカツキ魔法陣が発動する様子見て楽しげな声を上げている。何を披露してもこうやって喜んで貰えるとこっちのモチベーションも上がる訳で、ありがたいモンである。
「まあこんな感じで、魔法陣の中心に測定者が指を置いた時に、これらの内、一体どの物質に変化が出たかで属性適性を計測するってわけだ。まあ知ってると思うけど一応な?」
(はい!)
アカツキは相変わらず嬉しそうに返事をした。
ここで俺はふと疑問に思った事をアカツキに聞く。
「そういや、六元環まで知ってたんなら自分で試そうとは思わなかったのか?」
(あ……あの、僕喋れなかったので詠唱ができなくって……)
「あっ……忘れてた、そういたそうだったな、ごめんな」
(いえ!気にしないでください!もう喋れるので!)
脳内のアカツキの声色から気にしていないと分かったが、ちょっと無神経だったなと反省する。場合によっちゃアカツキに嫌われてるところだった。今後は気を付けよう、うん。
「それじゃあアカツキ、早速属性適性検査といこうか」
(はい!示せよ、六元!)
「待って待って、早い早い」
(あっ、すみません……)
アカツキは逸る気持ちが抑えられないのか、俺の脳内で詠唱をしてしまった。勿論、身体の主導権を俺が握ったままでは魔法陣は起動しない。
「身体交代しよう、身体」
(は、はい!)
俺はアカツキに身体の主導権を渡した。
俺の意識は暗闇の空間に引っ込み、代わりにアカツキが自身の身体を動かす。同時にツインテールの髪色がピンク色から栗毛色に変わった。
……そういやアリシアが、「髪色で今どっちなのかが分かりやすくて助かります」、なんて言っていたのを思い出した。確かに、こうしてみると結構差が分かりやすいな?
さて、そんな事はともかくアカツキの属性適性の計測といこう。
尤も、俺はアカツキの適性属性は大体予想は付いていた。土属性だ。何せこの子は土属性のディメルの神託書を読んでいただけで術式の構築まで達成していた子である。これで予想が外れたらソレはそれで泣くぞ俺?
〈よし、それじゃあアカツキ、魔法陣の中心に指を置いて、さっきの詠唱をもう一回やるんだ〉
「は、はい!」
俺の頭の中でアカツキに指示を出し、それを聞いたアカツキは緊張した面持ちで指示通りに動き始める。
アカツキが魔法陣の中心に人差し指を起き、一度深呼吸してから口を開く。
「えっと、【示せよ……六元】!」
詠唱と共にアカツキの指先から放たれる魔力を魔法陣が吸い取り、その効果を発揮した。
瞬間、光と闇を示す石英がそれぞれパリンと音を立てて砕けた。続いて火の点いた蝋燭の火がシュゴゴゴっとやたら元気に燃えてあっという間に燃え尽き、一握りの砂の山からポンッと一本の苗木が生え、葉っぱがピューっと風に吹かれて飛んで行き、水の入った小皿からはジョボジョボと水が止め処なく溢れている。
〈んんんんん〜〜〜???〉
あまりの予想外の結果。これには俺も首を傾げざるを得なかった。つか何だコレ?何が起きた?
「せ、先生……コレはどういう……」
アカツキも驚いたのか、俺に聞いてくる。だが、流石の俺もこの結果は想定外過ぎて答える事ができなかった。
すると、竜王が口を開く。
『ほう、小童……貴様、全ての属性に適性があるのか』
〈えっ?〉
(えっ……?)
俺とアカツキは竜王の言葉を聞いて驚いた。
そう、竜王は今、アカツキの事を「全ての属性に適性がある」と言ったのだ。つまり、アカツキは六つの全ての属性適性を持つ、全属性使いと言うことになる。
〈……え?マジで?いやいや、だってそんな事あるか?全属性使いってのは世界の歴史でも片手で数え切れるほどの人数しか確認されてない超レア存在だぞ?〉
全属性使いとは、その名の通り全ての属性を使う事ができる稀少な存在だ。だが、その殆どが歴史上の偉人や伝説上の登場人物ばかりであり、現存している全属性使いなど殆どいないと言って等しい。にも関わらず、目の前のアカツキがそれだと言われて信じられようはずがなかった。
「そ、そうなんですか?」
アカツキは少し嬉しそうにしている。まあ、そりゃあ自分の適性が多いって聞かされれば嬉しくもなるだろう。俺だって嬉しくなったさ。
だけど、俺の心の奥に燻る感情があった。
自分ではどうしようも無い、嫉妬の感情。
なあアカツキ、お前もあいつと同じ、天才側なのか……?って。
だが俺は嫉妬の感情をなんとか心の奥に仕舞い込んだ。
それで俺はしばらく悩んだ後、竜王に向かって質問する。
〈竜王……一応確認なんだけど、アカツキが全属性使いっての、本当なのか?〉
『うむ。貴様の魔法陣で調べた通りだ。この小童には全ての属性との親和性がある。闇魔術士よ、貴様の教え方次第ではこの小童……化けるかもしれぬぞ?』
竜王は笑みを含んだ声でそう言った。
その声はどこか楽しげな雰囲気が混ざっている。
「ほ、本当に僕が……」
アカツキが感動しているのか言葉を失っている。
対して俺は、今度は別方向の不安感でいっぱいだった。
そりゃあそうだろう、自分の生徒が全属性使いなんだぞ?そんなレアな存在を、天才のアカツキを、俺がどうやって指導しろと言うのだろうか?所詮凡夫止まりの俺が、天才の卵に何を教えられるのだろうか?
〈なんか不安になって来たんだが?プレッシャースゴいんだが?〉
すっかり余裕の無くなった俺は、情けなくも竜王に縋り付くような視線を向けた。
するとこのドラゴンは、まるでこっちの気持ちを全て見透かしたかのように諭して来たのだ。
『そんなに心配せずともよかろう。貴様は小童に魔術の基礎を教えるだけで良いのだ。後どうするかは小童次第であろう?』
〈ホ、ホントにそんなんで良いのかな?アカツキにはもっと相応しい人が……〉
『たわけが、貴様は神でも大天使でも無いのだ、貴様は貴様の出来る範囲内で小童を導けば良い。それとも?分不相応にも神や天使の力を望むか?闇魔術士よ?』
〈……それは要らない〉
竜王に言われて、俺は首を横に振った。
そうだ、俺はアカツキが最初に向かう道を示すだけで良いのだ。その先はアカツキが決める事で、俺がどうこうする領域では無い。いや、どうせ俺じゃどうにも出来ない。なら俺は、竜王の言う通り、アカツキが冒険に出た時に困らないだけの知識と技術を身に着けさせてやるだけで良いんだ。
割り切れ、天才の礎になれる事を喜べ。
俺は邪念を振り払うように、意識して声色を明るいモノに変える。
〈よぉーし、それじゃあ気を取り直して……アカツキ!〉
「は、はいっ」
〈一番最初に使いたい魔術は何だ?〉
「えーっと……えーっと、えーっと……」
俺が一番最初に使いたい魔術を聞くと、アカツキはしばらく考え込み、少しして答えが出たのか顔を上げて口を開いた。
「僕、また空を飛んでみたいです!触手で!」
〈そっかー空かー……え?触手で?〉
アカツキの返答を聞いて、間抜けな声を上げる俺。
その答えは、俺にとって予想外のものだった。
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