19.少年が見た流星 その七
村へ着いたアカツキ達は、まずは村の消火活動に参加していた村人達に声を掛けて回った。
すると、アリシアの無事を知って村人達は一斉に安堵の息を漏らした。
どうも村人達はウィルオーウィスプの群れを引き付けて草原に出て行ったアリシアの身を案じて、追いかけようか、それとも村の消火作業にあたるべきかで揉めていたらしい。
そんな中で、無傷のアリシアが帰ってきたもんだから村人達も安心したようだ。アリシアは村人達に笑顔で礼を言っていた。
その一方で、村人達はアカツキを見ると何故か皆して顔を青くして驚いていた。どうやらアカツキが喋れるようになっているとは思っていなかったようだ。まあ母親のアリシアだって知らなかったんだから当然っちゃー当然だが。
ともあれ消火作業は滞りなく進み、幸いにも村の火災で焼失した家屋はゼロだった。
最初に燃えた村長の家だけはちょっと被害が大きかったようだが、まああれは竜王の輝閃弾の流れ弾が8割方の原因だし……ねえ?
なお、アカツキは空気を読んでくれたのか、俺と竜王が原因であるとは言わないでいてくれた。助かる、マジで。
そんなこんなで、アリシアは消火作業を手伝う事を提案したのだが、村長がそれを止めた。なんでも、アリシアに助けて貰ってばかりでは申し訳ないので、ここから先は自分達だけで何とかするとのことだった。
それを聞いたアリシアは一度は遠慮していたものの、最終的には村人達の厚意を素直に受け入れたようだ。
そして、アカツキ親子は自宅に帰る事になった。家に帰る道中、アカツキはずっと俺の事や竜王の事、魔術の事やウィルオーウィスプとの戦いの事などを楽しそうに話し続けていた。
~~~
「えー、アカツキくんから話はあったと思いますが改めて、俺はバクタ・ナガラと言います。何者かと聞かれたら、まぁ一言で言えば、ちょっとどっかのドラゴンの転生事故に巻き込まれて死んだ、しがない闇魔術士です。どうぞよろしく」
「私はアリシアです。アカツキの母親で、このノマリ村では薬草師をしています。どうぞ、よろしくお願い致します」
(…………)
『…………』
何故だろう……?アカツキの家に入った途端、俺とアリシアの間で変な沈黙が続いている。
頭の中の竜王とアカツキも事の成り行き見守っているのか、静かにしていた。
現在、俺はまたアカツキに身体を借りてアリシアの前で座っていた。
アカツキはアリシアに俺の事を色々と説明してくれたのだが、流石にアカツキに任せっぱなしと言う訳にも行かず。
一先ず、俺からアリシアに挨拶しようという話になり、俺はアカツキに身体の主導権を渡してもらい、こうしてアリシアに頭を下げてるのだが……。
アリシアは俺に軽く会釈をしてくれた後、まるで値踏みでもするかのように俺の事をジッと見ていた。
正直なところ、アリシアは俺のことを警戒している様子だ。そりゃそうだ、だって今の俺は息子と身体を共有する謎の魔術士だもんなあ。警戒されない方がどうかしている。
「えー……アリシアさん的に、俺がアカツキくんの中に居る事は、その……大丈夫……なんでしょうか?」
俺が恐る恐る聞くと、
「それは……正直、良いとは言えません……」
「で、ですよねー?」
アリシアは困ったような顔で答えた。
そりゃそうだ、俺だってアリシアの立場で考えると嫌だよ?いきなり自分の息子の中に得体の知れないおっさんが住み着くなんて。
だが、そんな俺の考えを否定するように、アリシアが俺に向かって声を上げる。
「でも……貴方がアカツキの命の恩人なのは紛れもない事実です……それに……」
「……それに?」
「私はアカツキの……あの子の、あんなに嬉しそうな声を……楽しそうな声を、初めて聞けたのです。だから……」
「……」
「……私は……貴方を信じます」
そう言って、アリシアは俺に優しく微笑みかけた。
(母さん……ありがとう……)
アカツキがアリシアの優しい笑顔を見て感謝の言葉を呟く。
『フン、小童は良い母を持ったな』
竜王もアリシアの言葉を聞いて感動している様だった。まぁ、竜王はアカツキの事を意外と気に入っているみたいだし、感動するのも分かる。
因みに俺はと言うと、
〈うぅ、美人が笑うと迫力ある……〉
なんて余計な事を考えていた。だってめっちゃ美人なんだもんアリシア。胸もデカいし。
「……それで、先の冒険者になるために村を出ると言う件についてなのですけれど」
「アッハイ」
さて、俺のそんな余計な考えを見透かしたかのように、さっきまで優しかったアリシアの口調が厳し目のモノに変わった。顔も笑ってはいたが目が笑ってない気がする。何というかこう、凄味が感じられるというか……。
「私としても、息子が自ら進んで冒険者に、魔術士になりたいと望んだ道を反対するつもりはありません」
アリシアはそう言って、一息ついた後、
「ですが、アカツキに外の世界はまだ早すぎると思うのです。喉の病気が治ったと言えど、まだまだ息子の身体はお世辞にも健康とは言えないでしょうし、何より魔術の知識や技術はまだまだ拙い……そんな状態で冒険者になれば、死と隣り合わせの旅になってしまいます」
「まぁ、それは確かに……」
アリシアの意見はもっともな事で、俺は口を挟む事は出来そうに無い。
「ですので、アカツキには今しばらくの間、この村で基礎的な知識を身につけるべきだと考えています」
「ふむ、つまり……?」
『つまり、どういうことだ?』
(えっと……?)
俺と竜王とアカツキは、アリシアの言葉を待つ。
「ナガラさん」
「ハイ」
「しばらくの間、アカツキの家庭教師として魔術の勉強をして頂けますか?」
「家庭教師……ですか」
『ふむ、勉学か……』
俺と脳内の竜王は、揃って考え込み出した。
因みに肝心のアカツキだが、
(家庭教師……魔術の家庭教師!?わああーい!)
と、なんかもう決定したかのように喜んでいる。俺の脳内で笑顔のアカツキが両手を上げて走り回っているイメージが見える。俺が家庭教師でそんなに喜ぶモンかね?まあ、嬉しいならいいけどさ。
ともかく、アリシアの提案はもっともで、確かに今のままではアカツキを外の世界に連れて行っても危険が多いだけだ。
それならば、ここでしばらく俺の知っている事をアカツキに叩き込んでから旅に出た方が安全、その意見は俺としても賛成だ。だが、そうなると一つ疑問が出る。
「えー、俺みたいなヤツがアカツキくんに魔術を教えていいのか正直不安なんですが……アリシアさん的に、魔術の指導で『ここだけは気を付けてほしい』とか何か要望はありませんか?」
俺は恐る恐る聞いた。
俺が先生になるという事は、つまりは俺がアカツキに魔術の知識や技術を教えるという事だ。こんな得体のしれない魔術士に将来有望な大事な息子を任せるなんて、親としては不安に思うだろう?だからせめて、要望があるならと聞いてみたのだ。
しかし、アリシアは首を横に振りながら言う。
「いいえ、特には。私は、アカツキが選んだ貴方を信じてみようと思います。それに……」
「それに?」
「私に魔術は……私には、アカツキに教えられるような知識も技術もありませんから……」
アリシアはそう言って、寂しげに笑った。
アリシアは優れた剣士ではあっても魔術士ではない。この反応は、恐らく彼女には魔術適性が無いのだ。
魔術適性の無い背高属は珍しくない。世界中の背高属のうち、およそ半数は魔術適性がゼロ、だなんて報告が冒険者ギルドの学術論文に上がっているのを見たことがある。一般的には、俺やアカツキのような魔術適性のある背高属の方が希少なのだ。
そして魔術適性が無ければ指導もままならない。机上で術式を掛けても、適性無しでは実技に入れないからだ。実技指導の出来ない魔術教師なんぞ、ベーコンも黄身も入っていないベーコンエッグにすらなれない白身だけの卵焼きみたいものである。要するにスッカスカ。
故にアリシアの、アカツキの夢の手助けをしたくても出来ないと言う思い。その歯がゆさは以下ほどであろうか。
俺はそんなアリシアの姿を見ながら、心の中で密かに決意を固めた。
「家庭教師の件、承りました。必ずや、アカツキくんを立派な魔術士にしてみせます。アリシアさんの期待は裏切りません」
「ああ……ありがとう御座います……」
俺は手でトンっと自分の胸を叩き、自信を持って答える。
正直、虚勢ではあるのだが、こんなときくらいはハッキリ答えた方がアリシアも安心するだろう。
(やったあああーーっ!)
俺の脳内で、アカツキの歓喜の声が響き渡った。頭の中でアカツキがめちゃくちゃに床を転げ回ってるイメージが見える。嬉しいのは分かったけど、ちょっとテンション上がりすぎじゃない?嫌いじゃ無いけどね。
そんな俺やアカツキに水を差すヤツが1人。
『……闇魔術士よ』
「なんだよ竜王?俺今アリシアさんと話してんだけど?」
竜王が俺の頭の中で語りかけて来た。まあ一応話は聞いておこう。
『貴様、さっきから小童の母の胸を見すぎであろう?こっちの映像にはほとんど胸しか映っておらんぞ?』
「……うおおおっ!?」
俺は竜王の指摘に焦り、咄嗟に視線を逸らした。
参った。俺の視線は中の竜王達にはモロバレなのを忘れていた。
でもしょうがないだろう?何せアリシアの服装がエロい。自宅で緩い格好をしているせいか肩から胸元まで丸見えで、その上、服の布地が薄いから胸の突起までが浮き出て見える。視線誘導ってヤツだ。俺は悪くねえ。
「どうかなさいましたか?ナガラさん?」
だが、アリシアは俺の視線に気づいていないのか、それとも気付いていても特に気にしていないのか、変わらず俺に笑顔を向けている。
「い、いえっ!何でもありませんっ!誠心誠意、アカツキくんの先生をやらせて頂きますんで!」
「はい、どうか、息子をよろしくお願いします」
「ハイっ!」
アリシアが深々と頭を下げて来たので、俺も慌てて頭を下げた。
危ねえ、危うくアリシアに変態だと思われる所だった。
それにしても、アリシアの胸は中々に立派だと思う。
昨日、アカツキの身体のまま彼女に抱きしめられて寝た時、背中に当たった彼女の胸はかなり大きかった。つい出来心で揉んでしまったが、感触も間違いなく俺好みの乳をしていた。断言する。この乳、好き。アリシアのデカくて柔らかい乳好き。
……いや、いかんいかん、変なことを考えちゃダメだ。アリシアは俺の生徒のお母さんなんだから。
と、ここではしゃぐのを止めたらしいアカツキが俺に問いかけて来る。
(バクタさん)
「ん?何だアカツキ?」
(あっ、先生って呼んだ方が良いですよね?)
「ん?好きに呼んでくれて構わないよ?」
(はい!じゃあバクタ先生!質問です!)
「おっ、早速か。何でも聞いてくれー?」
(そんなに母さんのおっぱい気になります?)
「ウワーッ!?」
アカツキの無邪気な質問に、俺は思わず絶叫した。
アリシアは急に叫びだした俺に驚いていたが、俺はそれどころじゃなかった。
そうだ、アカツキは竜王と同じ俺の視線の映像を見ているのだ。今の俺の目には、アリシアの胸がばっちりと映っていた。
アカツキは俺の頭の中で、興味津々な声色で聞いてくる。
(僕まだ子供だからよく分からないんですけど、母さんの胸ってそんなに気になるものなんでしょうか?)
「あ、いや……」
(以前から母さんが村の大人の人と話してる時なんかも、大人の人達が母さんの胸をチラチラ見てるのが僕は気になっていて。そういう時、ほら、僕って今まで喋れなかったので聞きたくても聞けなかったじゃないですか?だから、母さんが大人の男の人から見てどう魅力的なのかを先生に聞いておきたいんです。先生から見て、母さんってどう見えてますか?)
「…………」
アカツキは真剣だ。純粋にアリシアが俺にとってどんな風に見えているのかを知りたいようだ。
だがしかし、俺はこのアカツキの質問に答えることが出来なかった。だって、息子に向かって「君のお母さんの胸がデカくてエロいから好きなんだ」なんて答える事ができるはずがないだろう?
「アカツキ……その話題はまた今度にしよっか……?」
答えに困った俺は必死に話題を逸らそうとする。
しかし、俺に逃げ場は無かった。
「ナガラさん?アカツキの先生として、ちゃんと答えてあげて頂けますか?」
アリシアがそう言ってニッコリと微笑みながらズイッと距離を詰めて来たのだ。
緩い服装からチラリする双丘の谷間に、俺の視線は当たり前のように吸い寄せられる。
頼むアリシアさん、今すぐそのデカい胸をしまってくれ……。
当然、竜王とアカツキも俺と同じ映像見ている訳で、
(あっ!先生!また母さんのおっぱいを見ましたね?僕!知りたいです!先生!どうなんですか!?教えて下さい!)
アカツキの無邪気な質問は止まらなかった。
「いや、でもその……流石にそれはちょっと……」
『ガハハ!闇魔術士!ここは一つ小童に人型のメスの魅力についてじっくりと教えてやるべきであろう?』
「竜王テメエ!他人事だと思いやがって!」
「ナ・ガ・ラ・セ・ン・セ・イ?」
「……ハイ」
俺はアリシアの圧力に負けて、アカツキに女性の魅力……取り分け俺の性癖……について語るハメになったのだった。
なお、後でキッチリ竜王の首は絞めた。
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