18.少年が見た流星 その六
「ふー……一件落着ってね……いやー、疲れた……」
俺は右腕の触手を解除し、その場に座り込んだ。
アカツキの身体は体力がまるで無い。何せ腕を振り回すだけで息が上がるのだ。全力で走り回った後の空中戦など、身体にかなり負担のかかるものだっただろう。
俺はこの後でアカツキに身体を返さなきゃならないのだが、明日絶対に筋肉痛になる。先に謝っとくべきかなコレ?
などと俺が思っていたところ、
(はあ〜……凄い……凄い!本当に本物の……魔術……術式……凄いですバクタさん!)
当のアカツキは俺の頭の中で大興奮していた。どうやら間近で魔術を体験出来たのが本当に嬉しかったみたいだ。
「はは……楽しんで頂けたようで何より……」
俺は苦笑いしつつ、息を整えながらアカツキに言葉を返した。
するとそこに、
「あなた……アカツキ、じゃない……一体何者なの……?」
松明と闘気剣を構えたままのアリシアが近付いてきて、俺に問いかけてきた。アリシアの表情は、驚きと警戒心が入り交じったような複雑な顔になっている。
それもその通りで、俺はアカツキの身体で喋り出し、見たことも聞いたことも無いような黒い触手を操り、空を飛んでウィルオーウィスプを追い払ったりと、凡そアカツキとは程遠い言動を繰り返してきた。
そんな俺をアリシアは、
「答えて?あなたはいったい誰?」
と、どうやらアカツキと顔が似ているだけの別人だと判断したらしい。まあ当然の話だ。身体は同じでも、髪がまっピンクだしな。
「答えて」
アリシアが松明と闘気の剣を構えたまま、僅かに口調を強めてもう一度問いかけて来る。その目には、俺を警戒する色が滲んでいる。
さて、俺はアリシアを見上げながら考えていた。
正直に俺がアカツキに身体を間借りしている事を言うべきか、それともここは上手く誤魔化して適当に切り抜けるべきか……?
アリシアの様子を見るに、下手な事を言ったらこの場で切り捨てられそうだ。それは困る、そんなことになっても誰も幸せにならない。
(バクタさん)
どうするか悩んでいると、アカツキが同時に語りかけて来た。
(僕が母さんに伝えます……その、僕は喋ったりは出来ないですけど、母さんとは昔から言葉以外でコミュニケーションは取れてましたし……それで……)
アカツキは緊張しながらも、俺にアリシアとの会話を代行すると言って来た。
確かに、アカツキ本人に事情を説明して貰えれば上手く収まるかも知れない。
と、ここまで考えて、
「ん?」
『ん?』
俺と竜王の二人が同時に疑問符を浮かべた。
何か今の話の流れで変なワードが混ざっていた気がする。
「ちょっと竜王?」
『うむ……小童よ?』
(え、何でしょうか竜王さん?)
俺はさり気なく竜王にアカツキにとある事を聞くよう頼む。
『さっき闇魔術士が小童の身体で詠唱していたな?』
(はい、凄かったです!本物の詠唱を聞けて、僕スゴく感動しました!)
アカツキは竜王の問いに、興奮気味に応える。
『小童よ?』
(は、はい)
竜王は念押しするように言葉を続ける。
『貴様、自分が喋れるようになっているのに気づいておらんのか?』
(え?)
竜王に指摘されてアカツキが間の抜けた声を上げた。
どうやら本場の魔術に興奮するあまり、自分の身体が言葉を発せられるようになっていた事に気付いて居なかったようだ。
アカツキの喉には、俺の発動させた小さな触手が嵌まったままになっている。わざわざ俺が熱湯の湯気立ち昇る鍋に顔を突っ込んでまで詠唱して喚び出した触手だ。この触手が嵌っている限り、アカツキだって言葉を話せるハズだ。
そんな中で、アリシアが再度俺に声を掛けて来た。
「さっきから何をブツブツと独り言を言ってるの……?答えて、あなたは誰?何故アカツキと同じ顔をしているの?」
マズい。アリシアの目付きと口調に敵意が混ざり始めた。闘気の剣の切っ先が俺に向き始めている。
(……あっ!は、はい!母さん!あのねっ!僕だよ!僕!アカツキだよ!信じられないかもしれないけど、僕、バクタさんって人の魂と一緒に居て、それで!それで!)
俺の頭の中で、アカツキが必死にアリシアに向かって呼びかけていた。しかし、頭の中でいくら言ったって聞こえないだろうよ。
「あっ、アリシアさん!ストップストップ!今交代するから待って!待って!」
「……交代?いえ、それよりなぜ私の名前を?」
アリシアは怪訝そうな顔をして聞き返してくる。
だが、俺の言葉を聞いて彼女の敵意が僅かに薄れた。
それで俺はその隙に身体の主導権をアカツキぶん投げたのだった。
~~~
「……うっ?」
お尻に当たる冷たい地面の感覚。
さっきまで竜王さんと一緒に真っ暗な空間に居た僕は、気付けば月夜の草原に座り込んでいた。
「……えっ?どういう事なの……?」
何故か僕に闘気剣の切っ先を向けていた母さんが、目を見開いて後ずさる。
「髪が……変わっ……て……?」
母さんが驚きながら髪のことを言うので、僕は自分のツインテールを手で触ってみた。
すると、ピンク色だった髪の毛は元の栗毛色に戻っていた。
「あ、バクタさんに身体を返してもらったから……」
僕は何気なくそう言ってから、ハッと気付いて自分の喉に手を当てた。
「あっ?ぁー、……しゃ、喋れ……る……?」
僕は呟いた。僕の喉が、発声と共に僅かに振動している。僕の喉から、意味のある言葉が発せられている。
それは、僕が産まれてからずっと、待ち望んでいた出来事だった。
「喋れる……喋れる……っ!」
僕の声は震えていた。
手が震える。目頭が熱くなる。嬉しくて、嬉しくて、このまま叫びながら何処かへ走り去ってしまいたくなるくらい。
でも今は、この喜びを母さんに一番に伝えたい。
だから僕は、立ち上がって母さんを呼んだ。
「か、母さん……母さん……」
「ア、アカツキ……なの……?」
すると母さんも震えていた。
信じられない、みたいな顔をして僕を見つめていた。
そして、僕は目の前の母さんに向かって、精一杯の言葉を投げかける。
「母さん、ぼ、僕、喋れるようにっ、なった、よ……っ!」
「アカツキ……アカツキ……っ!」
僕の言葉を聞いた瞬間、母さんは剣も松明も手放して、その目から大粒の涙を零し始めた。
そして、どちらからともなく近寄り、抱き締め合う。
僕も、母さんも、涙が止まらなかった。
夜の草原に、僕と母さんの震える声が響き渡った。
~~~
〈おい竜王、親子の感動のシーンだぞ。もっと喜びなさいよ〉
『わ、我の首を絞めながら言う事ではなかろ……グエーッ!?』
俺は暗闇の空間にぼんやりと浮かぶアカツキとアリシアの映像を感慨深く眺めながら、情けない悲鳴を上げる竜王の首を絞めていた。有言実行ってヤツだ。
竜王は俺に首を締め上げられて苦しそうにしていたが、まあ竜の首なんてそう簡単には落とせる訳も無く、竜王は手足をジタバタさせて抵抗していた。
しかし俺は竜王の首を絞めながらも、アカツキ親子の様子を静かに見守っていた。アリシアは泣き崩れ、彼女の胸でアカツキも泣きじゃくっている。
そんな二人を、俺はほっこりした気分で何も言わずにただ見つめ続けていた。
それから少しして、落ち着きを取り戻したアカツキ達は親子仲良くで手を繋いで、村まで戻り始めた。
アカツキは歩きながら、俺たちとの事の始まりを嬉しそうにアリシアに話す。
「ぼ、僕ね!バ、バクタさんのこと、さ、最初は悪魔かと思ってたんだ!」
「まあ?」
「でっ、でも違ったんだ!」
アカツキは最初、興奮収まらぬ様子で、少し吃音がちだったのだが、
「あっ?あーあー……こう?こうかな?……それでね!魔術で触手を喚び出して、こう、シュババーッ!って、触手を振ってね?あっという間に村長さんの家の火事を消しちゃったんだ!」
「あらあら、スゴいじゃない」
「スッゴいよ!」
少し喉を触る様子を見せたかと思うと、次第にハッキリとした発音でスラスラと喋り始めていくアカツキ。
そんなアカツキを見ながら、嬉しそうに相槌を打つアリシア。
どうやらアカツキは、俺の発音を真似ているらしい。全く要領のいい子だ。
「触手でビューンって空を飛んだんだよ!村がすっごく小さくなっちゃったみたいで!僕、またビックリしちゃって!」
「うふふ、私もビックリしたわ。アカツキったら、いきなり空から降ってくるんですもの」
数分も立たない内に、つい先日まで言葉を離せなかった少年の姿は、もうそこには無くなっていた。
俺はそんなアカツキを映像越しにニコニコと眺めながら、
『グエーッ!?』
もう一度思いっきり竜王の首を絞めた。
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