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17.少年が見た流星 その五

「はっ、はっ、はっ……!」


 俺は村の外の草原に向かって走る。まだアリシアもウィルオーウィスプの姿も見えない。どうやらアリシアは火の精霊達をかなり遠くへ誘導していったようだ。


 ……で、俺はここで、


「おっ?ほあっ!?ぐえー!?」


 顔から地面にズッコケた。


『貴様、何をふざけておるのだ』


 呆れた声の竜王が、俺の頭の中でボヤいた。そんな竜王に俺は息を切らしながら答える。


「いや……はーっはーっ……ふざけて……んじゃねーんだわ……はーっはーっ……なんかもう、息切れ……限界……つーか身体が重くて……要するに疲れたァ!」


 俺はなんとか上半身を起こして肩で息をする。

 どうやらアカツキのこの身体、思った以上に運動不足だ。いや、ちょっと前まで呼吸疾患でただ生きるのも辛かったアカツキの身体に文句をつけるのは酷ってもんなんだが。


(ぼ、僕の身体が弱いから!ごめんなさい!)

「あ、いや……気に……すんな……そりゃ……しょうがねえでしょ……はーっ、はーっ……」

(本当にごめんなさい……僕がこんな弱い身体のせいでバクタさんにまで迷惑を……)


 頭の中でアカツキが謝ってくる。

 どうもアカツキは自分を責めがちな性格らしい。アカツキは病気のせいで身体が弱い事に相当なコンプレックスを抱いている様子だ。

 いや確かに俺が最初に身体を借りた時も苦労はしたけども、それは仕方がない事だ。


「なぁに……はーっ……アカツキが……悪い訳じゃ……ないさ……はーっ……」


 俺は荒い息をしながらよろよろと立ち上がる。そして徐ろに右腕の触手を地面に下ろした。


『ぬ?何をする?』

「はーっ……これはアレだ……ちょっとした荒技……ってやつだ……ふーっ……」


 竜王が不思議そうに聞いて来るので、俺は息を整えながら説明する。


『荒技?』

「ふぅ……よぉし、見てろよ〜?跳べ!厄介者の手(ハンズ)!」


 俺は触手に魔力を込め、右腕を地面に向かって思いっきり振り下ろした。

 すると、俺の右腕の触手はバァンと大きな音を立て、勢い良く地面を叩き、その反動で俺の身体を空中へと吹っ飛ばす。触手で地面を叩いた反動で、俺の身体は弓から放たれた矢のようにギューンと空高く、一直線に空へと弾け飛んだ。


(わあーっ?飛んだー!?)

『おおっ?触手でこの高さを跳ぶか』


 アカツキの驚いたような声と、竜王の感心したような声。

 俺は触手を振りバランスを取りながら宙を舞う。

 眼下には月明かりに照らされた村と草原。上昇を続ける俺から、グングンと村の明かりは遠ざかっていく。


「そーらァ!見ての通り触手の大ジャンプだ!これならすぐにアリシアに追いつく!」

『ほーお……?であれば、最初からこれで移動しておけば良かったのではないか?』

「……一理ある」


 竜王の指摘に、俺は一瞬言葉を詰まらせつつ同意する。


『フッ……たわけ』


 俺の反応を見た竜王が俺を嗤った。

 なんだか腹立たしいが、確かにその通りだ。少し冷静さを欠いていたのかも知れない。転生だ、魔術が使えないだ、って色々あったからね、俺だって混乱してたんだよ、しょうがないだろ?


(凄い……空を、こんなに高く……魔術って、こうやって使うものなんですね!)


 なんて思っていたら、アカツキは俺達のやりとりを聞いて感心したように呟いていた。

 どうやら彼にとって、今のが魔術らしい魔術に映ったらしい。


『言っておくが此奴の魔術は正道とは程遠いぞ?』

(えっ?そうなんですか?)


 竜王がそんなアカツキに釘を差して来る。全く余計な事ばっかり言うトカゲだ。


「あ゙ー!?悪かったなぁー!邪道で陰湿な闇魔術士でよぉー!?いーいなー!いーよなー!?正道ど真ん中の光魔術士やら雷術士サマはキラキラでカッコよくてさぁーあ!?」

『フン、貴様など邪道を通り越して外道よ。あと我は雷術は使わんぞ?誰と間違えておるたわけが』

「……ん?……あっ……」


 俺はしまったという顔をした。竜王に反論する際に、つい口を滑らせてしまったのだ。雷術を使うのは竜王じゃない、アウルだ。

 竜王はそんな俺を見て少し考え込み、それから意地の悪そうな声で言った。


『……ガハハハハ!なるほど!?どうやら貴様はあの雷術剣士が余程羨ましかったと見える!』


 竜王は勝ち誇るように大笑いしながら言い放つ。こいつはどうやら俺の心を見抜いたつもりらしい。まあこいつの言う通りではあるのだが。


(雷術……剣士?)


 アカツキが俺たちの脳内会話に疑問を抱いて首を傾げたような気がしたが、無視する事にする。と言うか、無視させてくれ。こんな妬みの感情をアカツキにまで見られたくは無い。


『どうした?我の推測に間違いはあるか?ん?ん?』


 竜王がニヤニヤ笑いながら俺を煽ってくる。コイツ、もう許さん。


「お前俺のこと外道つったな?よぉーし分かった、お前後で雑巾絞りにしてやるからなぁ〜?絶対に覚えとけよぉ〜?」

『……フッ、小童よ、此奴は我を倒した一級の魔術士だ。存分に参考とするが良い』

(えっ?あ、っはい)


 俺の脅しに一転して意見を変えた竜王。竜王の変わりようにアカツキは困惑しているようだった。まあ当然だな。


「今更取り繕っても遅いんだよバーカ!あとお前を倒したのは俺じゃなくてアウルだから!カッコよくトドメ決めたのはアウル!」

『ト、トドメは兎も角!我の動きを止めて決定打に繋いだのは貴様の功績であろう!?』

「うるせェー!雑巾絞りだお前!お前なんか雑巾っ!雑巾っ!雑巾絞りっ!ボロ雑巾ドラゴン汁ぶち撒けろっ!」

『ええいっ!よさぬか闇魔術士ぃっ!』


 竜王と口論しつつ、空中を舞う俺はアリシアの元を目指す。


「???」


 アカツキは俺と竜王のやりとりに終始目を丸くしていた。


 ~~~


 俺は夜の向かい風を受けながら、アリシアとウィルオーウィスプを探して宙を舞う。夜空に月明かりが差す中、俺は真っ暗な草原の上空で周囲を見渡していた。

 すると俺の視界の先に、燃え盛る火の粉を纏う火の精霊達と、それに追われながらも草原を駆ける人の姿が映った。


「居たっ!アリシアだ!見つけたァ!」


 俺は叫んだ。ウィルオーウィスプの炎の光に照らされつつ、松明と闘気の剣を携え走る女性。その姿はアリシアで間違いない。


(母さん!)


 俺の頭の中でアカツキが叫んだ。


「えっ?」


 すると遠くに見えるアリシアが走りながらふと左右を見渡した。聞こえるハズの無い、脳内のアカツキの声を聞き取ったかのように。


 だが、ウィルオーウィスプ達はアリシアのその隙を見逃さない。

 アリシアの周りで燃え盛っていたウィルオーウィスプの一匹が、彼女の背中に体当たりを食らわせようと急接近していく。


「危ない!後ろっ!」


 今度は俺が咄嗟に叫んだ。


「はっ!?くっ!?」


 だがその声にアリシアは即座に反応し、身体を捻りつつ、火の粉を散らすウィルオーウィスプの一撃を躱した。彼女はその勢いのまま、地面を蹴って前方へ跳び、


「はぁっ!」


 闘気の剣で、体当たりを仕掛けて来たウィルオーウィスプを鮮やかに一刀両断した。

 真っ二つにされたウィルオーウィスプはそのまま地面に落ちて、火の粉を残して消えていく。


『ほう?あのメス、なかなかやるではないか』

(か、母さんは凄く強い剣士なんですっ!)


 竜王がアリシアを見て感心する。

 それを聞いたアカツキは、自分の母親を褒められたのが嬉しいのか、少し誇らしげに胸を張って答えた。


 実際、俺の目から見てもアリシアは強力な剣士だった。彼女が使った闘気剣(オーラソード)のスキルは、そこいらの剣士が気軽に行使出来るスキルじゃない。闘気技自体が、高ランクの冒険者か、はたまた何処かの騎士団が必死の修行をしてやっと習得する技なのだ。勿論例外はある、特にアウルとか。

 そんなレベルの剣士がこんな小さい村で細々と薬草師なんてやっているのは中々に不自然である。


 なんて事を考えていると、地面が迫ってきた。このまま墜落するつもりは無い。


「っと!そろそろ地面だ!ハンズ!」


 俺は近付く地面を前に空中で体勢を整え、墜落する寸前で右腕を振って触手を地面に伸ばした。

 そして触手の先端でバァン!と大きな音を立てて地面を叩くと、俺は再度触手の勢いで空中へ舞い上がった。


「よいしょぉッ!」


 俺は宙返りしながら地上を見て、状況を観察する。

 ウィルオーウィスプの群れに囲まれながら、草原をひたすら走るアリシア。アリシアの服は所々炎のダメージを負って焦げ付いた後があったが、それ以外に傷は無く命に別状はない。ウィルオーウィスプの群れに囲まれておいてこの程度のダメージで済んでいるってんだから上手いもんだ。


「誰っ!?」


 と、アリシアがこっちに気付いて振り向いて俺を見ていた。まあ、触手で地面を叩いた際の音で気付くか。五月蝿いもんなぁアレ。

 もっとも、俺は何の光源も持っていない上に月を背にしていたので、俺の、と言うかアカツキの顔は彼女には暗くてよく見えないだろう。

 

 しかし、今は名乗ってる暇はない。ウィルオーウィスプを片付けるのが先。

 俺は空中で右腕の触手に魔力を込めた。


「周りのヤツから片付けるっ!行けよぉ!ハンズゥ!」


 そう言って俺は空中で右腕を振った。

 すると俺の右腕から放たれた触手は、アリシアを囲んでいたウィルオーウィスプ達を次々と刺し貫いていく。

 俺に貫かれたウィルオーウィスプ達は、ボフボフッと音を立てて呆気なく消滅していった。


「なっ!?何をしたのっ!?」


 アリシアが足を止め、闘気剣を構えながら驚いている。どうも俺に攻撃されるとでも思っていたようだ。


(一振りで何体も!凄いです!これが闇魔術の触手!)


 俺の頭の中では、アカツキが興奮したように声を上げていた。


「ハッハーッ!光ってるヤツはみーんな俺のカモだぁ!」

『何を油断しておるか!来るぞ!』


 俺が高笑いをする中で、竜王が俺に注意を呼びかける。

 見ると、アリシアを囲んでいたウィルオーウィスプの群れが一斉にこちらへ向かってきた。どうやら俺の方がより脅威な敵だと判断したらしい。

 そんなウィルオーウィスプ達は俺に接近しながら一斉に火の玉を撃ち出した。


「上等ォ!回れェ!ハンズゥ!」


 俺は空中で身を翻しながら、右腕の触手を急速に回転させ始めた。ブゥーンとまるで嵐の中で舞う刃のように空気を切り裂く音が響き渡る。と同時に俺の落下速度が緩やかになった。回転する触手が浮力を生んでいるのだ。


 やがて火の玉が俺に向かって飛んでくるが、回転する触手が防壁のように広がり、次々と飛来する火の玉を消滅させて行く。火の玉が触手に触れると、まるで最初から何も存在しなかったかのように火の玉が消失する。


(わああっ!凄いです!触手が火を食べちゃいました!)

「ワハハ!スゴいだろー!」


 アカツキの感動した声が頭に響き、俺は得意になって笑う。ここまで純粋な気持ちで感動されると、なんだか少し恥ずかしい。まあ悪い気分じゃないんですけど。


「おっ?まだやるか?」


 だがそんな俺の気分などお構い無しに、ウィルオーウィスプ達は第二射、第三射と火の玉を撃ち出してきた。どうやら俺の防御を突破しようと必死になっている様子だ。


「だが甘いっ!」


 俺はまた回転する触手で容易く火の玉を防ぎ切る。


 戦いには相性という物が存在する。俺が闇の触手を展開している限り、絶対にウィルオーウィスプの火の玉は俺には届かない。

 更に、高速で振り回される触手からは俄に闇の粒子が放出されていた。ヤツらに取っては触れるだけで消滅する死の粒子だ。そんなのが空気中にばら撒かれている。現に、俺に近付こうとしただけのウィルオーウィスプが数体消滅した。火の精霊から見れば、この場に留まっているだけで消えかねないんだからやってられないだろう。


「無駄だァ!俺にゃ火も炎も効かねーぞォ!」


 俺は空中で回転する触手を操りながら、ウィルオーウィスプの攻撃を防ぎ続けた。

 その間にも、俺の足下にはどんどんと地面が近づいて来る。もうすぐ地面に着地する頃合いだろう。


「そろそろ分かったろ!?無駄死にしたくなきゃ山に帰んな!」


 俺は触手を回転させたまま、アリシアの近くにストンと着地しつつ、ウィルオーウィスプ達を見上げながら言い放った。

 すると少しのあと、ウィルオーウィスプの攻撃が止まった。どうやら俺の防御を打ち崩す事は無理だと判断したらしい。


 周囲に漂う火の精霊達の数が徐々に少なくなっていく。どうやら俺に攻撃するのは諦めて山へ帰っていくようだ。


「ウィルオーウィスプが……帰っていく……?」


 アリシアがその様子を驚きながら眺めている。


「シッシッ!ほれ!さっさと帰った帰った!」

『何だ闇魔術士、見逃すのか?』

「ん?ああ、ウィルオーウィスプはモンスターじゃないからな。精霊なんて倒しても一文の得にもならんし、ヤツらが火の精霊な以上、居なくなられても困る。火が付かなくなっても村の人達が困るだろ?だからこれで良いんだよ、っと」


 竜王の問いかけに、俺は触手の回転を止めつつ答えた。


 火の精霊が居なくなってしまえば、火が付きにくくなる。この辺一帯の生態系に影響が出る可能性もあるだろう。ウィルオーウィスプは危険な存在だが、人の生活に欠かせない精霊でもあるのだ。だから、人の生活圏から出ていくのなら、これ以上戦う理由はないんだ。


 やがて全てのウィルオーウィスプが居なくなり、周囲は静寂に包まれた。

お読みいただきありがとうございます。

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