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16.少年が見た流星 その四

 アカツキから身体の主導権を譲り受けた俺は、まず燃え盛る家に向けて一歩を踏み出す。


 アカツキが隠れていた木の陰を抜け、俺は燃える村長の家が見える場所に躍り出た。

 村長の家の周りでは、村長や村の男集が懸命に消火活動に当たっている。


「水だ!もっと水を持ってこい!」

「駄目だ!火の勢いが強過ぎて手が出せない!」

「もうダメだ!これ以上はどうしようも……」

「アカリ!火元から離れるんじゃ!危ないぞ!」

「ううっ……アリシアさん……私は……」


  アリシアの走り去った方を見ながら立ち尽くすアカリ。そんな アカリに気付いて避難を促す村長。


 村長の家の炎は依然として轟轟と音を立てながら燃えている。消える気配はまるで無い。

 村長の家の火の勢いは最高潮に差し掛かっており、傍目から見てももうバケツリレーで消火しきれるラインを優に超えている。

 これもウィルオーウィスプが炎を煽ったせいだ。パチパチと言う物が焼ける音とともに周囲に火の粉が舞っている。最早ウィルオーウィスプ無しでも延焼を防がねばならない段階だ。


 そんな夜にも関わらず明るく輝く村長の家の前に、ピンク色のツインテールが歩く。

 揺らめく炎に照らされた俺のツインテール。


(あ……ラフレア……様……?)


 脳内でアカツキが本の英雄の名を呼んだ。どうも今の俺の姿と本の英雄をダブらせて見ているらしい。まあ確かに今の俺の外見はあの挿絵の英雄と似てるも知れないが。


「ははっ、俺はそんな殊勝な人間じゃねーよ?」


 俺はアカツキの言葉を否定するような軽口を叩く。


 残念だが俺はアカツキの憧れるような英雄とは無縁の男だ。たまたま勇者に一番近い冒険者と一緒に居ただけの、アウル達のパーティーに居ただけのしがない闇魔術士。それが俺。


「さぁて……」


 俺は予め拾っておいた1本の棒きれを左手に掲げ、意識を集中させて術式を構築し、詠唱を始める。


「暗黒の大天使アスモデに願う、深淵を彷徨う闇人たちよ、現し世に顕在し、其の(かいな)で光を奪い取れ……」


 俺は詠唱と共に右手を前に差し出す。その右手の先に、禍々しい魔法陣が出現し、次第にその魔法陣から闇が溢れてくる。


「【厄介者の手(ヌーサンスハンズ)】」!」


 そして、俺は右手をグッと握り込みながら詠唱の結句を唱えた。

 すると、俺の右手を包み込むように溢れた闇が渦巻いて、次第に長く黒い鞭のような形となっていく。それはやがて俺の手の甲から先に伸びる長く太い触手に変化した。


「あぁ〜……やっぱ1本だけかぁ〜?……まあやれなくは無いけど」


 俺はそう言って軽く肩を落とす。


 俺としては全力の詠唱を行ったのだが、どうもアカツキの身体では魔力が足りず、以前のような複数本の触手は発動出来なかった。

 このあと、ウィルオーウィスプとも戦わなければならない事を考えると触手が1本だけなのは非常に面倒くさい。戦えなくは無いが、面倒くさい。


(魔術……本物の魔術だ……!)


 頭の中から、アカツキの興奮している声が聞こえて来る。


 間近で魔術を見れてよっぽど嬉しかったのだろう。生まれつき喋れなかった自分の身体が、声を発していると言う重大な事実にまで気が行っていない。

 まあ後で身体を返したら、そっちも存分に感動して貰うとしよう。

 それより今は目の前の火事とアリシアの救出が先決だ。


「そんじゃ、さっさとやりますか、そーれっ!っとぉっ!」


 俺はその場で右手の黒い触手を軽く振り上げ、空に向かって触手を空振りした。

 すると鞭のようにしなり音速を超えた触手の先端が、パァンッっと大きな破裂音を周囲に撒き散らす。


 その破裂音が、消火活動で騒然とする現場に一瞬の沈黙をもたらした。

 村人達が一斉に振り向く。その視線の先には、ピンク色のツインテールが揺れている。


「な、なんだ?」


 困惑する村人達。


「アカツキ?」


 震えていたはずのアカリが真っ先に反応した。俺の姿を認めると、血相を変えて俺に駆け寄って来る。


「アカツキ!?何よその髪の色!?ってそもそもアンタなんでここに来てんの!?……アアアーッ!?その触手ァァァ!?」


 アカリは俺に近づいたと思ったら、俺の右腕の触手を見てその場で腰を抜かした。


『全く、忙しないメスだな……』


 竜王の呆れたような声。


 〈はは、そりゃあ1回襲われてりゃしょうがないでしょうよ〉


 俺はアカリに少々の申し訳無さを感じ、乾笑いをしながら脳内の竜王に言った。


(……襲った?)

 〈あ、あー、気にしない気にしない〉

(???)


 アカツキが不思議そうに聞いてきたが俺はそれを誤魔化す。

 アカリを触手で襲いかけたなんて言ったら、アカツキに今度こそ悪魔判定されてしまう。それは遠慮したい。


 なんて思ってた俺に、腰を抜かして尻もちをついたままのアカリが言い放つ。


「そ……そそっ、それで何しに来たのよアンタ!?まさかわざわざ野次馬しに来たってんじゃあ無いでしょうね!?私の家が燃えてんのよ!?ああそう!?私の不幸を笑いに来たんだ!?アンタからしたら、さぞ面白いわよね!?いいわよ!笑ったら!?笑えばいいでしょ!?」


 アカリは俺に対して自虐的に、少し投げやりな物言いをした。どうも自分の家が燃えて動揺して卑屈になっているらしい。

 もっとも、卑屈になった理由はそれだけじゃ無さそうだ。アカリの足が震えている。アカツキの中で見ていたが、この娘なりの葛藤が有ったんだろう。まあただの村娘がウィルオーウィスプ相手に何が出来る訳も無いので、これは仕方がない。


 そんなアカリに俺は言い放つ。


「残念不正解、俺は火を消しに来たんだよ」

「えっ!!??」


 俺の声を聞いたアカリは、目を見開いて驚いていた。それも当然で、アカリに取っては初めて聞いた幼馴染の声だからだ。


「あ、アンタ今、喋っ……えっ?」


 アカリは尻もちをついたまま、目を白黒させている。相当に混乱しているらしい。

 ただ今はこの娘を構っている場合じゃあない。

 俺は村人達に向けて声を張り上げた。


「今からこの触手で火を消す!みんな離れてろ!」


 俺がそう言いながら、これ見よがしに右手の触手を振り回す。

 村人達の間でどよめきが起こったが、俺は構わず動かない村人の目の前で触手で踊らせた。すると村人達は、動揺しつつも火元から離れてくれた。おうおう、物分りが良くて助かるねえ。


「よぉーし!そんじゃ行くぞー!せーのっ!」


 俺は大きく右腕を振りかぶり、触手を村長の家のすぐ上で空振りした。


 音速を超えた触手の先端から、衝撃波と共にバチンッと大きな破裂音がなり、触手から闇の粒子が舞い散る。

 舞い散った闇の粒子は、そのまま村長の家の上空で渦巻き始め、周囲の空間を闇で覆っていく。まるで、夜の帳を下ろしたように暗くなる。

 それは一瞬の間をおいて、燃え盛る村長の家目掛けて、まるで夜が押し寄せるかのように流れ落ちた。

 そして村長の家に闇が降りかかった次の瞬間、轟音を立てていた炎は一気に勢いを失い、最後には消火器でも使用したかのように、白煙だけを残して消えてしまった。


「「えっ?」」

「な、なあっ!?」

「うそっ?」


 消火活動中の村人達やアカリから、驚きの声が上がった。


 それもそのはず、村人達が必死に水を撒き続けても全く勢いを失わなかった炎は、俺が触手を放った瞬間に一瞬で消えて無くなったのだから。


(い、今のは……!?)


 脳内のアカツキもどうやら驚いている様子だ。


「フフン」


 ちょっと得意げな顔をする俺。

 相手がただの火事ならこの通り。だが問題はこの先だ。


「消火活動ご苦労さんってね!」


 俺は村人達に労いの言葉を掛けつつ、村の外に向かって走り出した。


「えっ?アカツキが喋って!?」

「ちょっ、アンタ待ちなさいよ!?」


 俺は困惑する村長やアカリの静止も聞かず、村の外に走った。

 村の外にはアリシアと、彼女に誘導されたウィルオーウィスプ達が居る。アリシアは恐らくウィルオーウィスプに追われている。ならば一刻も早く、助けなければならないだろう。


「そんじゃあ母さんを助けに行くぞアカツキ!俺たちの初陣だ!」

(は、はいっ!)


 走りながら、俺はアカツキに語りかけた。


 アカツキは興奮しているのか、やや声が裏返っている。まあ仕方ない、憧れていたらしい魔術を初めて見て、しかもその身体で魔術を放ったんだ。そりゃあ興奮もする。

 そんなアカツキの興奮が、ちょっと俺に伝わって来て、なんだか可笑しくて思わず笑ってしまった。


「ははっ!」

『たわけ、何を笑っておる』

「うっせ!ちょっとテンション上がってきただけだ!少しくらいいいだろーが!」

『ふん、だが我と貴様は魂が繋がっている事を忘れるなよ?』

「忘れてねーよ!?お前と俺は一蓮托生!俺が死ねばお前も死ぬから気を付けろってんだろ!?」


 俺の魂と竜王の魂は、今や一心同体と言える程に密接に絡み合っている。

 俺の魂が無くなれば竜王は魂の依代を失うし、竜王の魂が無くなれば俺の魂が空っぽの肉体に帰る事は出来なくなる。


 そう言う意味では、俺たちは正真正銘の運命共同体だった。

お読みいただきありがとうございます。

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