14.少年が見た流星 その二
「はっ、はっ……」
息を切らして夜の村を走る僕。
やっぱり僕の身体はどこかおかしくなっている。だって、息を切らして走るだなんて真似は、以前の僕では絶対に出来なかった事だ。
以前の僕なら、数歩も走れずに地面に手を付いていたハズなんだから。
そんな自分の身体の変わりようを好ましく思いながら……ちょっと笑っていたかも知れない……僕は夜空を赤く染めている火元に辿り着いた。
「あっ?」
家が燃えていた。それはもうメラメラと勢いよく炎が上がり、モクモクと黒煙を上げて。
そして直ぐに気づく。燃えているのは村長の家だ。アカリの住む家だ。
「水だ!もっと水を!」
「井戸だけじゃ足りない!川からも持ってくるんだ!」
燃え盛る村長の家の近くでは、村長と数人の村の男の人達が手に桶を持って、燃え盛る火に力いっぱいに水を掛けていた。
「うっ……嘘……」
そんな村長の後ろで、アカリは燃えている家を見て立ち尽くしていた。
「わ……私の家が……」
アカリがこの世の終わりみたいな顔をしている。
普段僕には高圧的な態度を向けてくるアカリが、泣きそうな顔をしている。
「わー……」
それを見た僕は、妙な満足感を感じていた。
本当なら例え相手がアカリだとしても気の毒だとか可哀想だなとか思うべきところなのに、僕は悪趣味な喜びを感じていた。確かこれ、人の不幸は蜜の味、って言うんだっけ?
もしかしたら、僕は自分で思っているよりも性格が悪いのかも知れない。
「あっ」
と、そんな時、僕は消火活躍を続ける村の男の人達の中に、母さんが居るのを見つけてしまった。
「炎の勢いが強過ぎるわ!もっと水を!」
「ダメだ、川から汲んでくる間に火はどんどん燃え広がってしまうぞ!」
「だったらもう土や砂でも良いわ!思いっきり振りかけて!兎に角早く火を消すのよ!早く!じゃないと!」
母さんは焦りながらもテキパキと村の男の人達に指示を飛ばし、皆で必死に消火に当たっていた。
「うー……」
僕はそんな母さんの姿を見て、急いで近くの木に身を隠した。
もし勝手に家を出てこんなところで野次馬をしているのが母さんにバレたら、きっと母さんを悲しませる事になる。それはダメだ。
そもそも僕なんかがこんなところに居ても何も出来ない。何かしなきゃ、とは思うけど、どうせ皆の邪魔になるだけだ。だったら大人しく帰った方が良い。
それで僕が燃える村長の家から離れようとした時だ、村人達が叫んだ。
「うわああーっ!?ウィルオーウィスプだあ!?」
「火の精霊が来たぞー!?」
その言葉に、村人たちの間に一斉に恐怖が広がっていく。
声のした方に視線を向けると、夜空に淡く光るものがユラユラと揺らめいているのが見えた。
「な、なんでウィルオーウィスプが!?」
「普段は村まで降りて来ないのに!」
困惑する村人達の声。
ウィルオーウィスプ……火の気配を感じて集まると言われる火の精霊。ヤツらは炎に惹かれてやってくる、迷惑な火事の野次馬達。
不気味な青い光を放ちながら、ヤツらは村の上空を漂っていた。
「何!?おおっ!?急げ!急いで炎を消すんじゃ!もうワシの家なぞ壊して構わん!ヤツらが火の粉を撒き散らす前に!」
焦る村長の叫び声が響く。
ウィルオーウィスプが集まることで、火災はさらに勢いを増していた。炎が燃え盛る音が耳をつんざくように大きくなっている。
ヤツらは炎を煽る。まるでもっと燃えろとでも言わんばかりに。
ヤツらは炎に身を投じる。その身で炎を受けてヤツらは増殖する。辺りに火の粉を撒き散らして。
ヤツらは周りなんか気にしない。一度増殖を始めたら、村全体が燃え盛ろう気にしない。
早く村長の家の火を消さなければ、村そのものが燃えて無くなる。何も残らない。
村の誰もが背筋に寒気を感じていた。夜空に浮かぶ光を見つめて、目は恐怖に見開かれていた。
勿論それは、僕も同様だった。
「あっ……うぅっ……」
僕は狼狽えて尻もちを付いた。
不気味な青い鬼火を見上げながら、自分が火事の被害の被害者になりつつあるのを悟った。
自分の家が燃えてしまうかも知れない恐怖に、僕達の大事な家が、本が、燃え尽きてしまうかも知れない恐怖に、今更ガタガタと震えだす。
最初から、アカリを笑っている場合じゃなかったんだ。僕は馬鹿だ。何故、そんな事にすら気が付かなかったんだろう?
そんな時、
「村長さん、ここをお願いします」
「ア、アリシア?どうするつもりじゃ!?」
消火活動を続けていた母さんが、水の入った桶を村長に押し付けて、腰に下げていた剣を抜いた。
そして火の点いた松明を掲げ、夜空に漂う火の精霊を睨み付けて言う。
「私がウィルオーウィスプを引き付けます、その隙に火災の消火を」
「ウィルオーウィスプを!?き、危険だアリシアさん!貴女が燃やされてしまうぞ!?」
村人の1人が母さんを止めた。
ウィルオーウィスプはモンスターじゃないから、積極的に人間を襲ったりはしない。だけど増殖を止めようとする相手には牙を剥いてくる。自らの炎を武器にして、相手を焼き尽くそうとする。気まぐれで迷惑な火の精霊は、人間の事情なんて知ったこっちゃないんだ。
それにヤツらには実体が無い。倒そうにもただ武器を振っただけではヤツらの炎は消えない。僕らのようなただの村人に取っては対抗手段も無い、恐怖と絶望の象徴だった。
「私なら平気よ……【闘気剣】!」
母さんは村人の静止を振り切り、握っていた剣に淡い光を纏わせた。
闘気で出来た刀身は、実体の無い精霊に危害を加えられる数少ない攻撃手段だ。剣の実力者である母さんだからこそ出来るスキル。
「はああーっ!」
颯爽と大地を蹴って飛び上がった母さんは、夜空に浮かぶ火の精霊の1つを闘気の剣で鮮やかに切り裂いた。ボフッと破裂して消える火の精霊。
その光景を見ていたウィルオーウィスプ達の空気が変わったの僕は感じ取った。
火の精霊が母さんを敵視し始める。仲間を害した母さんを、脅威と判断する。
近くのウィルオーウィスプが、火の玉をボンッと母さんに向けて勢いよく発射した。
母さんは身体を捻り、間一髪で炎の玉を除けて見せる。
「あっつ!?これくらいっ!さあこっちよ!ウィルオーウィスプ!こっちに来なさいっ!」
母さんは大きく松明を振りながら村の外に向かって走っていく。そんな母さんに向けて炎の玉を撃ち出しながら付いていくウィルオーウィスプ達。
母さんは危険を承知で、火の精霊達を人気の無い村の外へと誘導しているんだ。
「アリシア!?くっ!アリシアがウィルオーウィスプを引き付けている今のうちに火を消すんじゃあ!」
「「「は、はいっ!」」」
村長の激が飛び、村の男集が消火活動を再開した。兎に角、水を、砂を土を、燃え盛る炎に向けて精一杯掛けて、炎を消そうとする。
その村の人達の後ろで、
「ア……アリシアさん……わ、私は……」
アカリは母さんが走っていった先を見ながら、自分の腰に差した剣の柄を握ったままブルブルと震えていた。
僕はそんなアカリを見て思う。
何が魔術なんて使えないクセに、だ。自分だって肝心な時に怖くて戦えないクセに。
もっとも、相手はウィルオーウィスプだ。闘気の剣を使えないアカリが母さんに付いていったところで、母さんの足手まといにしかならないだろう。そうやって怯えて居てもらった方が、母さん的には良いのかも知れない。
でもここまで思って、僕は自己嫌悪する。
僕は戦うどころか、火を消す手伝いすら出来ない。アカリを咎める権利すら無いんだ。
僕は、本当にタダの役立たずなんだ。
母さんや皆が命を掛けて居るってのに、僕は……。
と、僕が悔しさと自己嫌悪で顔を歪ませていた時、
「え?」
頭に何かが入ってくる感覚に、僕は思わず顔を上げた。
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