13.少年が見た流星 その一
俺は竜王の魔術によって穴の空いた、家の天井を見上げていた。
ぽっかりと見事に大きな穴が広がっており、まるで隕石でも振ってきたかのようだ。
『緊急事態であるぞ?多目に見ろ』
「責めてねえから、助かったから、ありがとうだから竜王サマ」
『ふっ、存分に我に感謝するがよい』
俺が素直に感謝の意を述べると、竜王が得意げに返事をしてきた。結構チョロいなコイツ?
「ただアリシアにどうやって弁解しようかなって……」
『もういっそ全て話してしまえばいいのではないか?』
「簡単に言ってくれるねえ……えーと、とりあえず何か塞ぐモノをっと……」
俺は竜王の提案に呆れつつ、俺は家の中を漁り始めた。天井の大穴を塞ぐ布を探すのだ。
もしこのまま雨でも降ったら家の中が水浸しになってしまう。家具だけならいざ知らず、お高い魔術書や英雄の書までが濡れるのはよろしくない。ボロいとは言えせっかくの一軒家、しかも今は転生した俺の家だ。一時しのぎで良いから処置しておきたい。
と、近場の古びたタンスの引き出しを開けた辺りで、俺は自分の身体の違和感に気付く。
「あれ?」
ふと、自分の髪が視界に入った。長いツインテールだ、頭を横に振るだけで簡単に視界に入ってくる。
そのツインテールがだ、ピンク色に変わっていたツインテールがだ。
「戻ってる……?」
栗毛色に戻っていたのだ。
『ん?今度は何だ?全く忙しいな貴様は』
呆れたような竜王の声を聞き流しながら、俺は栗毛色に戻ったツインテールを握り、じっと考えていた。
そして直感に従い口を開く。
「……アカツキ?もしかしてお前……まだ生きてるのか?」
『なんだと?』
俺と竜王が言葉を発したと同時に、俺の意識は身体から剥がれた。
~~~
「うーん……」
目を覚ました時、僕は何故か家の床に倒れていた。
「うう?」
夕暮れの陽の光が差し込む中、僕は上半身を起こして軽く頭を振り、意識をはっきりさせようとする。
そこで違和感に気付いた。
「あっ?」
……意識がハッキリし過ぎている。
今まで生きてきて、こんな澄んだ気分になった事が無い。頭の中に常に掛かっていたモヤのようなモノが、一切取り払われている。それだけに僕は戸惑う。
だが僕の違和感はそれだけでは済まなかった。
「はー……?ふー……???」
僕は深い呼吸をしながら、自分の身体の変化に戸惑う。
思わず自分の胸に手を当てた。そうだ、深い呼吸だ。
僕は今まで、喉の病気で浅い呼吸しか出来なかったハズだった。それが今、僕は口から思いっきり息を吸い、身体の奥からたっぷりと息を吐いている。呼吸する度、手で触って分かるほどに僕の胸元は上下していた。
「え?あ……?」
僕はよくわからないまま、その場に立ち上がった。
そして自分の身体の軽さに更に驚く。
いつも立ち上がるだけで息苦しさが襲って来ていたのに、今はそれも無い。
「あっ……あー?」
なんだろう?全くわからない。
けれどなんだか、もの凄く気分が良かった。
「うー!」
だんだんと気分が上がってきた僕は、その場で両手を上げてクルクルと回り始めた。
なんだか無性に身体を動かしてみたくなったんだ。
「あー!いっ!?」
腕を広げてクルクル回っていた僕は、壁にゴンっと勢いよく手をぶつけてしまった。
思わずぶつけた手を引っ込めて口元に寄せる。
「うぅ?」
痛みで冷静になった僕は、ふと部屋の真ん中に視線を向けた。
そして気付く、テーブルが無い。
更に目線を上に向けると、家の天井に僕一人くらいは楽に潜れそうな大きな穴が空いていた。
「……あー?」
なんでだろう?僕はテーブルと天井の穴がどうなったかを知っている気がする。
何故かは分からないけれど、凄く大きな光、そう光の魔術のようなモノがテーブルを吹き飛ばし、天井に大穴を開けたような……そんな夢を見た気がする。
「……うーん?」
僕は首を傾げる。
当然だけど、僕にはそんな事は出来ない。"双髪の魔術士伝説"の英雄、ラフレア様なら出来るかも知れないけどね。
「ううん、うー……」
考えても答えは出ない。
夢で見た、なんて母さんに伝えても母さんだって困るだろうし、そもそも僕は言葉が話せないんだ、筆談で伝えようにも限界がある。
ここは母さんに任せよう。そう思って僕は夕食の準備をしようとキッチンに立った。
「……うえ?」
そこで僕はまた首を傾げた。鍋が無くなっていたからだ。
~~~
外が薄暗くなって来た頃。
夕食の準備を終えた僕は、窓から顔を覗かせて母さんが帰って来るのを今か今かと待っていた。
「うー……」
僕は窓際で頬杖を付いて外を見る。
ノマリ村は小さな村だ。陽が落ちればタダでさえ少ない人気も無くなる。
ランプも蝋燭も貴重品で無駄遣い出来ない。夜となれば灯りなんて無くなる。大抵の村人は陽が落ちれば眠って、陽が上がれば起きる。誰もがそんな当たり前の生活を送る。
……もう陽が落ちきると言うのに、こうやって外を覗きながら母さんの帰りを待つ僕は変わり者なんだろう。
そんな時だった。
夜空に見えた、一つの流れ星。
シューッと光の尾を引きながら一直線に落ちてきたソレは、あっという間に村のど真ん中に消えて行く。
「え?」
すると辺りが一瞬、カッと夜なのに昼みたいに明るくなった後、ドンっと言う何かが爆発でもしたかのような音が聞こえ、ついで家が振動で揺れた。
「あっ!」
僕は思わず窓から身を乗り出し、外を見て思った、隕石だ、って。
空からお星さまが落ちてくるなんて話は、本の中だけの話だと思っていた。だけど今、現実に隕石は降ってきた。
当然、沸々と好奇心が湧き上がってくる。落ちた隕石をこの目で見たい、と。
「うぅ~……」
だけど僕は我慢する。無理矢理にでも自分の好奇心を抑えつける。
身体の弱い僕が、こんな夜に家の外に出るなんて危険すぎる。これ以上、母さんに迷惑を掛ける訳にはいかない。僕は、僕なんかは家でじっとしていれば良いんだ。それ以上を知る必要なんて……。
と、僕が窓から乗り出した身体を引っ込めようとした時、外に見えたのはぼんやりとした赤い光。
いつもなら、誰かが松明を焚いているのだろうと見過ごす程度の光。
「うう?」
だけど今日のはいつもとは違う。それは夜の闇の中で揺らめくように映り、夜空を赤く染め、次第に大きくなって行く。
「あっ?」
僕の鼻を刺激するのは、焦げた木の臭い。
僕だって馬鹿じゃない、ここまで来たら村で何が起きているのかだいたい予想が付く。
「火事だーっ!」
外から聞こえた、誰かの叫び声。
その声を聞いた時、僕は窓枠を乗り越えて、外に飛び出していた。
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