表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/55

12.誰が沈黙の少年を殺したのか その二

「ああ~っ……やっちまったぁ……」


 いい加減日も傾いて来た頃、俺はテーブルに突っ伏して落ち込んでいた。


 俺は、アカツキの記憶を引き継いでいるとは言え、本人じゃないのだ。

 それなのにうっかり、ついカッとなってやらかしてしまった。しかもアカリのトラウマになるほどの事まで……。


『フン、そう落ち込むな、あのメスもどうせすぐに忘れるであろう』

「いやそれは無理なんじゃ無いかなあ……ケホッ……」


 そんな俺に対して竜王が慰めの言葉を掛けてくるが、どうにも言い方が軽い。

 竜王サマ的には俺の言った人型のルール違反には怒れども、それ以外は何が起きても大した事無い判定なのだろう。だが実際の被害者はアカリだ。思春期の少女にあの触手体験は間違いなくトラウマになる。当分はこの家には近寄らないんじゃないか?


「はぁ……ケホッケホッ!」


 さて、落ち込んでいた俺だったが、にわかにまた咳込み始めていた。

 俺はソレが何であるか気付かず、とりあえずテーブル上にある目の前のピンク色の花の入った籠を見る。


「何だっけコレ?ケホッ」

『あの若いメスが持ってきたものであろう』

「花ねえ……?あのお嬢さんはそんなロマンチストにゃ見えないけど……ケホッケホッ!」


 俺は咳込みつつ、アカリの姿を思い浮かべる。

 ポニーテールの、勝ち気で活発そうな十代後半の少女。腰に剣を携えた、気の強そうな女剣士見習いと言った風貌。


「どう見ても花を贈るようなタイプじゃないよなあ……ゲホッゲホ……!」


 俺は花を1つ手に取り、じーっと観察する。

 可愛らしい花だが、至って普通の花だ。どこもおかしいところは無い。


『……デイジーの花、か』

「デイジー?この花の事か?」


 そんな時、思い出したように竜王が花の種類を言い当てて来た。


『そうだ。この花には……希望、平和、美人、あなたと同じ気持ち……などの花言葉がある。あの若いメスは小童に純粋な好意を伝えたかったようであるな』

「なんでドラゴンの王様が花言葉なんて知ってんだよ……ゲホッゲホッ!」


 竜王の言葉に疑問を返す俺。しかし、咳と呼吸困難に苦しんでいる為か、声がうまく出せないでいた。


『ふん、我を誰だと思っておる?我は光の大天使ルミナ……』

「ゲホッゲホッ……!何だってぇ?……ゲホゲホ……!」


 竜王は何か言おうとして居たらしいが、その答えは俺の咳によって遮られた。


 さっきから妙に呼吸が苦しい。咳も止まらず、俺はとにかく今は息を整えるのに必死だった。


「ゲホッゲホッ!ぜーっぜーっ……ゲホッゲホッゲホッ!」


 俺はテーブルに突っ伏したまま、苦しみに喘いでいた。


『どうした?さっきから咳が酷いぞ?』

「ゲホッ!わかんね……ゲホッゲホッ!何で……ゲホッゲホッ!あ゙っ?」


 ついには俺は咳込みながら、ガタンと椅子から滑り落ちた。


「ゲホッゲホッ!?ウゥッ?ゲホッゲホッ!」


 咳が止まらない。毒ガスでも吸っているかの如く、呼吸が苦しく死ぬほど辛い。こんなのは初めてだ。


『お、おい!闇魔術士!しっかりしろ!?』


 竜王が俺を心配して声を掛けてくるが、俺は返事どころじゃない。

 ゼェゼェと呼吸の度に喉が鳴り、今にも喉が詰まりそうになる。喉が焼けるように熱い。いや、痛いのかこれは?


 〈何だコレ?喉は触手で開けて居るハズなのに?……あっ?〉


 最早喋る事もままならない俺は、何とか思考を巡らせてアカツキの記憶を探った。そしてすぐに原因の目星を付けた。


 〈アカツキは体験してる……これと同じ状況を……死ぬ直前に!〉


「ゲホッゲホッ!がっ……」


 俺は咳込み床を転げ回りながら、這うようにテーブルから離れる。

 そしてテーブルの上にある桃色の花の籠を睨み付け、竜王に助けを求めた。


 〈竜王!〉

『なんだ!?』

 〈なんでもいい!あの花を俺から遠ざけてくれっ!このままじゃまた死ぬっ!〉

『何だとぉ!?』

 〈とにかく早くっ!〉

『ううむ、仕方あるまい!』


 竜王は困惑しながらも俺に頼まれるまま詠唱を始めた。どうやら籠のデイジーを光弾で燃やし尽くすつもりらしい。


『【輝閃(グリマー)……】』


 光弾が俺の目の前に発生し、次第に光を増していく。

 花を吹き飛ばすだけにしちゃちょっと威力過剰なのだが、今は贅沢言ってる場合でもないので、俺は竜王に任せる事にした。


『【(ショット)】!』


 ドンッと言う大きな破裂音と共に、竜王の光弾がテーブル上のデイジーの花に向けて発射された。


 光弾はテーブルごとデイジーの花を消し飛ばし、そこで一気に軌道を変え大きな風を起こして急上昇、そのまま天井を突き抜け外に吹っ飛んで行った。


『これで良いのか!?闇魔術士よ!?』


 竜王がガラにも無く焦っている。まあ今の俺と魂が繋がっている以上、命の危機となれば呑気している訳にも行かんのだから仕方がないのだが。


「ぜーっぜーっ……グッジョブ……ぜーっぜーっ……ゲホッ……」


 俺は床に四つん這いになりながら呼吸を整え、竜王に向けて親指を立ててグッドサインをした。


 ~~~


 その後も俺は暫く咳込みを続けていたが、デイジーの花が無くなったおかげで、呼吸も次第に楽になってきた。


「はー……また死ぬかと思ったわ」


 やっと体調も戻り、俺は床に座り込んだままため息を吐いた。一命を取り留めたってヤツだ。


「ふー」


 落ち着いてから部屋を見渡して見れば、デイジーの花だけでなくテーブルそのものも消滅してしまっていた。


 天井を見上げて見ればそこには大穴が開いており、アカツキ程度の身体ならそのまま外に出られる程の大きさだ。俺は今からアリシアにどうやって言い訳したモンかねえと頭を悩ます。


『落ち着いたか闇魔術士』

「ああ、助かった、ありがとう」

『いやいい、其れよりも何故あの花を消す必要があった?何故ただの花1つで命を落とす事にまでになる?』


 竜王の疑問を聞いた俺は床に胡座をかいて座り直し、説明を始める。


「アレルギーって聞いたことないか?」

『アレルギー?』

「免疫反応の異常って言えば良いのかな?それで身体のそこかしこに異常が起きる症状だ。で、アカツキはデイジーの花粉にアレルギー反応を起こす体質だったらしい。アカツキの記憶を探った限りじゃ、そもそも最初に死んでたのもあのデイジーの花粉でアレルギー……アナフィラキシーっつーんだが、それで呼吸困難を起こしていたせいみたいだ」

『ほう?アナフィラキシーとな?人型はただの花が毒になる者がおると。これは興味深い』


 竜王は興味深そうに唸る。


「いやいや、何も面白くねえよ?めちゃくちゃ苦しいんだから、マジ死ぬから、っていうか現に死んでるから」


 俺は自分の首を絞めるようなジェスチャーをしながら、竜王の興味を削ぐように否定する。


『むう、しかし小童が花の花粉で死ぬと言うのならば、あの若いメスは小童に毒を送り付けて来たと言うのか?最初から小童を殺すつもりだったと?』


 竜王が疑問を口にする。アレルギーを知ってた俺からすれば的外れな疑問なのだが、知らなかった竜王からすればもっともな疑問でもある。


「そりゃ違う、こりゃ事故だ」

『事故か?』

「ああ、断言してやる、これは事故だ」


 そう言いながら俺は何もいない宙に向かってビシッと指を差した。ホントは脳内の竜王に向けて指を差したいのだが、流石に自分の頭の中を指差すわけにもいかないんでね。


「アカリは恐らくアレルギーっていう概念そのものを知らない。何なら当人のアカツキも知らなかった。冒険者でもこの手の体質に理解のあるヤツは少ないんだ、ただの子供な二人にそれを分かれってのは酷ってモンだ」

『ふむ』

「でもだ、知らないからって放置して良い問題でもない。アカリは純粋な好意で花をプレゼントしてくれたのかもだが、現にアカツキはそのせいでアナフィラキシーで窒息死してる訳だしな。これはキッチリ周知しなきゃならん問題だ」

『なるほど』


 俺は竜王に講釈を垂れつつ、床に手をついてゆっくりと立ち上がる。


「ま、俺ですら喉だけ治せば良いって完全に油断してた訳だし?他人様に講釈垂れる程偉そうに言える立場でも無いんだが、ただ今回は俺らの命が掛かってるからな……」

『うむ、我とてただの野花で死ぬのは御免被りたい』

「全くだ」


 俺はそう言って立ち上がると、軽く喉をひと撫でする。

 腫れや痛みは無く、咳も出ない。もう呼吸の心配は要らないようだ。


「さてと……」


 そして腕を組んだままそのまま天井の穴を見つめる。


「どうすっかな、あの大穴……」


 俺は天井からヒューヒューと吹く、隙間風と言うにはちょっと強めな風を受けながら首を捻った。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマーク、★評価等よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ