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11.誰が沈黙の少年を殺したのか その一

「ふー……やっと一息ってとこか」


 俺は椅子に座ったまま一休みしていた。

 喉に仕込んだ触手で自由に喋れるようにはなったが、アカツキの身体は体力が無く、喋ってるだけで結構疲れる。

 竜王には村を出て冒険者ギルドに行くとは言ったが、先に体力向上を図る必要がありそうだ。このままじゃ村の外で野垂れ死に兼ねない。


 そんな時だ、家の外に気配を感じた。


「……誰か来る」


 俺はそう言って、身を屈めてテーブルの下に隠れる。


『急に何をしておる?』

「い、いや、人の気配がしたからつい……」


 俺の突然の奇行に竜王は面食らったように声を掛けてくる。俺はしどろもどろになりながらそれに答えた。


『また何か企んでおるのか?』

「違うわ、いきなり家に人が来たから驚いただけだわ」


 竜王相手に小声で話す俺。

 つい隠れてしまったのは癖だ。警戒心高めな冒険者としての癖。今は仲間も居ない俺1人。自然と警戒心も高まる。それに加えて、どうにも他人の家に他人の姿で上がり込んでいるってのに慣れない。借りてきた猫じゃないが、兎に角落ち着かないのだ。


 と、そんなやりとりをしている内に、外にいた何者かが勝手に玄関扉を開けて家に入って来た。


「……あれ?いない?」


 聞こえてきたのは年若い少女の声。

 どうやらアカツキ探しているらしい。

 俺はアカツキの記憶を探って、この人物が何者か探る。


「えーと、誰だっけ?」

『人型の若いメスのようであるが』

「……あー、確かアカリとか言ったっけ、アカツキの幼馴染の」

『ほう?』


 俺は小言で喋りながら、竜王の伝えてきた情報から該当の人物を探り当てた。

 家に入って来たのはアカツキの幼馴染のアカリだ。日常的にアリシアから剣の稽古を付けて貰っているらしい。


「あいつどこ言ったのよ……まさかまだ寝てんの?」


 アカリがブツブツと独り言を言いながら、こちらに歩いてくるのが見えた。


 コトンと言う音とともにテーブルの上に何かが置かれる。

 そんなアカリの足元を見ながら、俺は姿を現す訳でもなく、ひたすらテーブルの下で息を潜めていた。


「あ、あいつまたこんな本見て……」


 アカリはどうやらテーブルの上に置いた本に目を付けたらしい。

 本を手に取ったのか、パラパラとページを捲る音がする。

 と、丁度本の後半部分で手が止まった。そして暫くページを捲っている様子のアカリだったが、いきなりバンっと本を閉じた。


「バッカみたい!何がツインテールの英雄よ!魔術すら使えないクセに!」


 アカリはそう言ってアカツキの魔術書を乱暴にテーブルに叩きつけた。


 ドンっと言う大きな音と振動で揺れるテーブル。

 その拍子にテーブルの上に置いてあった杓子がコンッとテーブル下の俺の目の前まで落ちてきた。


 〈うおっ?〉


 いきなり真上で大きな音を立てられて吃驚した俺だったが……何故か急に怒りが込み上げて来た。

 自分でもよくわからないが、ギリギリと歯軋りして、怒りに顔が歪み始めたのだ。


 〈えっ?なんで怒ってるんだ俺?〉


 ハッと我に返ったつもりの俺だったが、驚く自分の思考とは裏腹に、身体が勝手に動き出す。

 俺の手が俺の意識とは関係なく、目の前にあった杓子に手を伸ばしてそれを握り締めたのだ。


 〈あれっ?えっ?ちょっ?〉


 そしてついには思考の一部すら誰かに乗っ取られたの如く動き出し、脳内で勝手に術式を構築し、口と喉が詠唱を始めた。


「暗黒の大天使アスモデに願う、深淵を彷徨う闇人たちよ、現し世に顕在し、其の(かいな)で光を奪い取れ……」


 気づけば術式を構築し終わり、詠唱のそのほとんどを終えていた。


『貴様、いったい何をするつもりだ?』


 竜王の問い掛けを聞いて、俺は一瞬我に返り……理解した。


 〈ああ、アカツキの記憶が、怒ってるのか〉


 アカツキの記憶を持つ俺は、アカツキの大事にしていたモノ、取り分け、ツインテールの英雄とその本をアカリに馬鹿にされたと思い、プッツンキレてしまっていたのだ。

 となれば、もう止められ無かった。


「【厄介者の手(ヌーサンスハンズ)】」


 俺の詠唱の締めの句と共に、黒い触手の魔術は発動する。


 テーブル下の空間に、小さくもおどろおどろしい魔法陣が出現し、1本の真っ黒い触手が出現する。

 ニュルっと伸びたその触手は床を這い、あっという間にアカリの足に絡みついた。


「え?ひゃあああっ!?」


 アカリが困惑しつつも大きな悲鳴を上げた。

 急に自分の太ももに真っ黒い蛇のようなモノが絡み付いて来たのだ。そりゃあ悲鳴の1つくらいは上げる。

 だが、絡み付いて来たのは黒い蛇では無い。もっと悪質なモノだ。


「やっ!?何!?何コレ!?黒い蛇!?ちょっとっ!?何なの!?」


 黒い触手は太ももを伝い、にゅるりとアカリの上半身にも絡みつき始める。


「って嘘おおっ!?コラ!どこ触ってんのよ!?って入ってくんなあああっ!?」


 触手はあっという間に服の中にも潜り込み、彼女の柔肌を直に締め付けて行く。

 これだけならちょっと破廉恥なイタズラ止まりだったろう。だけど、俺の記憶の中のアカツキは、アカリを許そうとはしなかった。


「あっぐっ!?」


 触手がアカリの身体を容赦なく締め上げて行く。お前は許さない、苦しめ、僕のように苦しめ……と言わんばかりに。


「苦しっ……やっ、やだっ!あああーっ!?」


 一瞬で自由を奪われ身動きの取れなくなったアカリは、困惑と恐怖の表情を浮かべたまま、逃げる事すら出来ずにただただ悲鳴を上げる。

 ミシミシとアカリの身体から骨の軋む音がする。もう少し、もう少し圧迫すれば、この生意気な女の身体は……


『……闇魔術士、それ以上はそのメスが死ぬぞ?』

「……はっ!?やっべ!?」


 竜王に止められて、俺はやっと我に返った。

 急いで触手の出力を下げ、アカリの身体への締付けを緩める。


「あっ!?はーっ……はーっ……」


 アカリがペタンと床に崩れ落ちた。彼女は涙を浮かべた恐怖の表情をしている。


『いったい何なのだ?』


 竜王の冷静な問い掛けで我に返った俺は、ようやく己の愚行を悔いたのだった。


「かっ!解除解除っ!」


 俺は慌てて触手魔術を解除して、アカリの拘束を解いた。

 アカリの服の隙間から見える白い肌には、触手に締め付けられたアザがクッキリと残っていた。骨折こそしていないようだが、だがしかし、アカリが受けた精神的ショックは計り知れないだろう。


 〈やっべ……ついカッとなってやり過ぎちまった……謝らないと……〉


 俺はアカリに謝ろうと咄嗟に立ち上がろうとした。そこがテーブルの下だと言う事を忘れたまま。


「ごめ……痛ってえ!?」


 部屋にゴンッと言う大きな音が鳴り響いた。俺がテーブルに思いっきり頭をぶつけた音だ。

 なんともドジな話だが、慌てていた俺はやってしまった。

 しかし、アカリにとってこの音と俺の声はただのドジには聞こえなかったらしい。


「ひっ……いやあああーーっ!?」


 アカリはビクッと身を縮こませた後、耳をつんざく程の大きな悲鳴を上げて家を飛び出していった。


「あっ、あっれぇ……?」


 テーブルから這い出た俺は、逃げ去って行ったアカリを見て、首を傾げていた。


『あっれぇ?では無いぞ、たわけが。何がしたかったのだ貴様は?』


 呆れた口調で竜王が問うてくる。俺は目を泳がせながら適当に答えた。


「いや、まあその……アカツキ少年の記憶がですね……?」

『小童の記憶が何だと?』

「あぁ~……いや、そのぉ……」

『人型のルールに従えと言ったのは貴様であろう?それとも、今のが人型のルールであると?』

「あっ?あ〜……ごめんなさい……」

「全く……舌の根も乾かぬ内にコレとは……先が思いやられるわ」

「ごめんなさい……」


 俺は竜王に叱られて、ガックリと項垂れた。

お読みいただきありがとうございます。

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