10.沈黙は金?そんなのはマトモに喋れるようになってから言いやがれ その三
昼過ぎ、掃除も早々に終えた俺はテーブルの上で2冊の本を開いていた。
「"双髪の魔術士伝説"……?」
俺は本をパラパラと捲りながら本のタイトルを呟いた。
片方は、極々普通の英雄譚だ。
主人公が仲間と協力して悪を倒し、ついには魔王を討伐してハッピーエンドを迎えると言う、よくありふれた物語。
特筆すべき点は、主人公が小柄でツインテールな魔術士だってくらい。
俺としては、実体験から一介の魔術士が英雄譚の主人公のようなキラキラしたものには成れないと言う変な自負?があったので、本の内容自体は冷めた目で読んでいた。本物の英雄ってのは、眉目秀麗で質実剛健なアウルみたいなヤツの事を言うんだぜ?魔術士は脇役だ脇役。
ただ世間を知らないアカツキにはこれが眩しく見えていたようである。
特にツインテールの魔術士が杖を掲げている挿し絵のあるページがお気に入りだったらしく、そのページには栞代わりの葉っぱが数枚、念入りに挟まれている。
そしてこのページの挿し絵、ツインテールの英雄の髪の部分には、何度か指で擦ったような跡があった。
「ふむふむ……?」
何か悟った俺は再度ピンク色になった自分のツインテールに手を触れる。
アカツキのこの髪は、凡そ普通の少年の髪とは思えない、異様なまでに念入りに手入れのされているサラサラの長く綺麗な髪なのだ。余っ程この髪を大事していたんだろう。
そしてそっくりだった、挿し絵の英雄と。
「なるほど?このツインテールの英雄……えーっと、"ラフレア様"?を真似て、か」
俺は1人納得して呟く。
この身体になってからずっと、何故男なのにツインテールだなんて少女みたいな髪型にしているのか腑に落ちなかったが、合点が行った。
アカツキは、この"ラフレア様"と言う英雄の魔術士に憧れていたのだ。
「ふーん、本の魔術士に憧れてねえ……?そんなイイもんじゃあないぜ?魔術士なんて」
冷めた言い方をする俺。
大人として現実を知っている俺からすれば、魔術士は憧れだけでやっていけるような職業じゃない。
確かに、花形のアタッカーとして活躍している魔術士も居るには居る。だがそれは火力に勝る火属性や雷属性などの魔術士の、更に上位層の一部だけ。
冒険者におけるメインアタッカーと言えば、だいたいはシーニーのような手数と射程に優れるアーチャーになる。アウルのような雷術と剣技の併用で高い近接戦闘能力と圧倒的大火力を両立してるのも居るが、アイツは例外だ。正真正銘の天才だもの、アウルは。
兎も角、英雄なんて以ての外、地味で地道で陰険で陰湿なのが魔術士だ。特に俺がやっている闇魔術士は。
これをアカツキが知れば、失望してしまうかも知れない。と言っても、もう亡くなってしまったアカツキがそれを知る機会も無いのだが。
「まあそっちは良いとして、だ」
俺は英雄譚の本を横に除けて、問題のもう一冊の本を開く。
「"ディメルの神託書"……ほーおー?魔術学院の上級魔術士向けの参考書じゃねーか、田舎の子供が読んで良い魔術書じゃねえぞ?」
俺が開いた魔術書は、ディメルの神託書と呼ばれる土属性の魔術書だった。
およそアカツキのような田舎の子供が気軽に読むような代物ではなく、貴族のご子息様方が通うような魔術学院の、その中でも上位成績者がやっと手に取って読めるようなレベルの魔術書だ。
『ディメル……土属性か。しかし上級魔術書と言ったか?そんなモノをこの小童は理解出来て居たのか?』
「それがな、記憶を読んだ限りじゃ自力で術式構築までは行ってやがる」
『なんだと?』
「喉の病気のせいで詠唱出来なかったから魔術発動まで行けなかったみたいだ。もったいねー、詠唱出来てりゃ今頃天才扱いでアチコチ引っ張りだこだったろうに」
『ほお……』
俺は竜王にそう告げながらアカツキの死を改めて惜しんでいた。
例え魔術学院に通ったとしても、上級魔術書の術式を構築まで出来る人材はそう多くない。アカツキは魔力の総量こそ人より少ないが、間違いなく魔術の才能はあった。
喉の病気と言う大きなハンデを乗り越える手段さえあれば、土魔術士として大成していた可能性のある器だ。それだけに勿体ないなと俺は思っていた。
『魔術士なんてそんなイイもんではない……のでは無かったか?』
「うっせーな竜王サマ、土魔術士は別なんだよ」
『何故だ?何故土魔術士だけは別なのだ?』
俺の独り言を聞いていた竜王が、俺の言質の矛盾を突いてくる。
俺は若干面倒くさいと感じつつも、竜王に説明する。
「いいか?土魔術士は冒険者としちゃ些か地味だが、いざ裏方に周れば農業から鉱業、インフラやらなんやらで引く手あまたなんだ。英雄にゃ程遠いが裏方としては居なくちゃ社会が回らねえくらい重要なんだよ」
『ほう……』
竜王は何か納得したらしい。それ以上突っ込んで聞いては来なかった。
「まあ、今更言っても遅いけどな」
俺は肩を落としながら魔術書を閉じた。もうアカツキは死んでしまったのだ。悔やんでも仕方がない。
『で?魂を分離する方法は載っていたか?』
「流石にそんな禁呪レベルの魔術は載ってねえよ。所詮魔術生の参考書だぞ?」
『ぬう、では今後はどうするのだ?』
竜王は俺の答えに唸り、今後の方針を俺に聞いてきた。
俺は顎に手を当てて考え込む。
「そうだなー……とりあえず村を出てサントルム王国の王立図書館で調べるのが一番手っ取り早そうなんだが……」
『なんだその含みのある言い方は?何か問題でもあるのか?』
竜王は俺の言い方が気になったようで、不審そうに聞いてきた。
「いやぁ……実際問題よ?俺は今金持ってないし、そもそも町に入れねえんだよ」
『何故だ?小童の身体なら町を歩いても不自然ではあるまい?』
竜王は俺にそう問い質す。
「あのなぁ竜王サマよ、通行手形って知ってる?」
『知らぬが?』
「知らぬが?じゃ人間の世界は渡り歩いて行けないんだわ。要は出入りの許可証だよ。それが無いと、普通の町にすら入れないワケ。門前払いだよ?門前払い」
『人型は面倒であるな……門なぞ飛んで入れば良かろうに』
竜王は俺の話を聞き、少し呆れたように答えた。
「勝手に入っても中で衛兵に捕まったら終わりなんだわ。特にこのアカツキの身体じゃ小さすぎて逆に目立つから、確実に目をつけられるし、下手したらそのまま牢獄行きだぞ?」
『衛兵なぞ全てブチのめせば良かろう?』
竜王がとんでもない提案をしてくる。やっぱりコイツはドラゴンだ、人間世界の常識が無い。
「アホかテメー!そんなことしたら即お尋ね者の仲間入りだわ!ぶっ飛ばすぞこのトカゲ野郎!」
『またトカゲと言ったか貴様ぁーっ!?我は竜王であるぞ!?光の化身であるぞ!?』
「うっせえ!何が光の化身だよ!今は俺の金魚のフンだろーが!」
『きっ……金魚のフン……!?』
流石に金魚のフン呼ばわりはショックだったのか、竜王が言葉に詰まってしまった。
こちらも流石に言い過ぎた感があったので素直に謝る。
「あ、悪い、金魚のフンは言い過ぎたわ。しかしだ、人間のアカツキの身体を借りてる以上、最低限、人間のルールに従って行動させて貰うからな?その方が事がスムーズに進むからな?」
『ぬ、ぬうう……仕方あるまい……我は寛大であるからな……人型のルールに則るとしよう……』
俺はそんな竜王の答えを聞き、一先ず胸を撫で下ろした。ここで下手に竜王を怒らせて光弾乱射でもされたら、この村にすら居られなくなる。俺だけなら兎も角、母親のアリシアまで巻き込むことになる、それはマズい。
「まあ、とにかく今は通行手形を手に入れるのが先決だ」
『ふむ』
「で、だ。通行手形を手に入れる方法として一番手っ取り早いのが、冒険者になって冒険者カードを貰う事なんだわ」
『冒険者カード?』
「ああ、冒険者カードだ。冒険者ギルドに登録して冒険者になったら貰える身分証の一種。冒険者特典でだいたいどの国も冒険者カード1枚で通行出来る優れモノ」
『ほお』
俺はそう言って、ついいつもの癖で自分の懐を探ってしまった。
今の俺は冒険者のバクタ・ナガラではなく、村の少年のアカツキな訳で、当然冒険者カードは持っていない。
癖と言うのは怖いもんだ。ついいつもの冒険者カードを探す動作をしてしまった。
『どうかしたか?』
「ああいや、つい冒険者カード無いかなーって探しちまった。ある訳無いのにな」
『ふむ』
「とにかくだ、なんとか村を出る許可を取って、村を出て、冒険者ギルドのある町に行く。それが現状の目標だ、異論はあるか?」
『いいや、無い。貴様に任せる』
「よし、じゃあそう言う事で」
俺はそう言って会話に一区切りつけ、椅子の背もたれにもたれ掛かった。
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