第7話:静寂の時を刻む(現代もの)
その柱時計は、古びた木の家の玄関に掛けられていた。黒く磨かれた木製の枠は年月を経て艶を失い、小さな傷が至る所に刻まれている。しかし、時の経過を感じさせるその姿には、不思議な品格が漂っていた。
その家には、昭和の時代から一人の老人が住んでいる。彼の名は村山敬介。かつては時計職人として生計を立て、国内外の名だたる時計を修理してきた名人だった。しかし、彼が引退してからというもの、この柱時計だけが家に残り、静かに時を刻み続けている。
老人の娘や孫は、何度かこの柱時計を新しいデジタル時計に替えようと提案したが、彼は頑なに拒んでいた。「この時計には、俺の全てが詰まっているんだ」と、村山はいつもそう言うだけで、それ以上は語ろうとしなかった。
ある日のこと、村山はいつも通り朝の光が差し込む居間に腰を下ろし、柱時計の音に耳を傾けていた。カチッ、カチッと、規則正しく響く音は、彼にとっては子守唄のようなものだった。彼はふと目を閉じ、その音に身を委ねる。すると、まるで遠い記憶の奥底から、ある光景が浮かび上がってきた。
——若かりし頃、戦後の混乱の中で、村山は恋人と出会った。彼女は薄暗い小さな時計店で働いており、黙々と時計の修理をしていた彼にそっと寄り添い、励ましてくれた。二人は言葉少なに、ただ一緒に時を刻む時計の音を聴いていたものだ。貧しく、未来の見えない時代だったが、あの頃の彼にとっては、彼女の存在がすべてだった。
だが、彼女はある日突然、病に倒れ、そのまま戻らなかった。彼は残された彼女の遺品であるこの柱時計を、泣きながら修理し、再び時を刻ませることに成功した。彼にとってそれは、彼女がこの世に残していった最後の「息吹」のようなものだった。
柱時計の音が止まることなく続く限り、彼女はまだこの世に存在しているような気がした。だからこそ、この時計を手放すことはできない。村山はそれ以来、この音と共に過ごし、年老いた今でもその音に安らぎを見出しているのだ。
ふと、柱時計が深い音を響かせて「午後三時」を告げた。村山は目を開け、時計を見上げる。その瞬間、彼の胸の中に暖かな感情が込み上げてきた。彼女がまだそばにいる……そんな気がしたのだ。
その晩、村山敬介は静かに眠りについた。翌朝、娘が様子を見に来たときには、彼は安らかな表情のまま、この世を去っていたという。そして、不思議なことに、彼が息を引き取ったその瞬間、柱時計も音を止めていた。
それはまるで、彼の命が時計と共に終わったかのように、静寂の中で時が止まっていた。
このお話から「安らかな臨終」を取り出して次につなげます。