第6話:放課後暗号クラブ、最後の挑戦!(ジュブナイル)
「充たすものは 五つの環
解くものは 三つの鍵
時満ちて 扉開かん……」
理科室の黒板に書かれた謎の言葉を、陽斗は必死でノートに書き写していた。
「おい、まだ終わってないの?」
同じく放課後暗号クラブのメンバーである瞳が、いらいらした様子で声をかける。傍らの莉子は黙々とプリントに計算式を書き連ねている。
「もう! 男子って遅いんだから!」
「うるさいなあ。暗号は一文字でも書き間違えたら、意味が変わっちゃうかもしれないんだよ」
陽斗がそう言い返した時、廊下から急ぎ足の音が聞こえてきた。
「み、みんなー!」
クラブの新入生・翔太が、息を切らして駆け込んでくる。
「大変だよ! 図書室が閉鎖されるんだって!」
「えっ!」
三人の声が重なる。図書室は放課後暗号クラブの活動拠点だった。昼休みには誰でも使える普通の図書室だが、放課後になると暗号クラブの秘密基地に変わる。それは、二十年前に学校を卒業した暗号クラブの先輩たちが、代々受け継いできた伝統だった。
「それって、いつから?」
瞳が食い入るように翔太を見る。
「来週の月曜日……。耐震工事のためって」
「えええ! それじゃあ、今日と明日だけじゃん!」
莉子が計算を止め、初めて顔を上げる。
「その前に図書室の暗号、全部解かなきゃ」
そうだ。図書室には、卒業していった先輩たちが残した暗号の数々が隠されている。本棚の配置、天井の染みの形、床のタイルの模様……。全てが暗号となって、何かのメッセージを伝えようとしていた。
「よし!」
陽斗が立ち上がる。
「作戦会議だ。これまでに解読できた暗号を整理しよう」
四人はそれぞれのノートを広げ始める。
「まず、本棚の配置から浮かび上がる座標系。これを使うと、図書室の中に大きな『鍵穴』の形が見えるんだよね」
瞳が図を描きながら説明する。
「それと、天井の染みが作る星座。冬と夏で違う形に見える」
莉子が補足する。陽斗は黒板に書かれた謎の言葉を見返す。
「『五つの環』って、図書室の窓の形かな? 窓ガラスには五つの同心円が……」
「あっ!」
突然、翔太が声を上げた。
「僕、気づいちゃった! 『充たすもの』『解くもの』『時満ちて』……。これって、全部、図書室の時計と関係してる!」
「え?」
「どういうことだ、翔太」
「だって長針が動くたびに、ガラスの五つの円が光って見えるでしょ? あれが『充たすもの 五つの環』だよ!」
「そうか!」
陽斗が目を輝かせる。
「それに短針が通る溝、あれ確かに三つあるよね。まるで鍵穴みたいな形してる」
「『解くものは 三つの鍵』ね」瞳が頷く。「でも『時満ちて』は?」
莉子が静かに言った。
「放課後の四時。図書室の柱時計が四時を指す時、西日が差し込んで、長針と短針の影が重なるの。その時だけ、時計の文字盤に何か浮かび上がるよう仕掛けがあるんじゃない?」
四人は顔を見合わせる。
「今、何時?」
「三時五十五分……」
「急いで確認だ!」
四人は走り出す。と、その時。
「おや、まだ残っていたのかい?」
図書室の前で、藤原先生と出くわした。
「実は、図書室の改装について、相談が……」
「改装? 耐震工事じゃないんですか?」
翔太が食い込むように聞く。藤原先生は優しく微笑んだ。
「耐震工事のついでに、少し模様替えもしようかと。古い柱時計も、新しいデジタル時計に替えようと思って……」
「だめです!」
四人の声が重なる。
「その時計には、卒業生からのメッセージが刻まれているんです!」
陽斗が必死で説明する。藤原先生は意外そうな顔をした。
「メッセージ?」
「はい。暗号クラブの先輩たちが、僕たちに残してくれた……」
その時、ゆっくりと柱時計の鐘が鳴り始めた。夕暮れの図書室に、四つの音が響く。
五つの環を長針が巡り、三つの鍵を短針が指す。時が満ちた瞬間――柱時計の文字盤がそっと開く。注意してみていないと見逃してしまうだろう。
その中に一枚の古い写真があった。二十年前の暗号クラブ。藤原先生も、その中にいた。
「やれやれ」
先生は懐かしそうに笑う。
「私たちの仕掛けた暗号を、ついに解いてくれたんだね」
夕陽が差し込む図書室で、時代を超えた暗号が、新たな物語を紡ぎ始めていた。
(了)
このお話から「柱時計」を取り出して次につなげます。