第3話:出汁の定理(SF)
第三百二十六回連星系人類学研究会。発表者の量子人類学者・久遠木アキラは、会場の空気が凍り付くのを感じていた。
「つまり、諸星の皆様。私が発見した『出汁の定理』によれば、我々の宇宙における文明の発展には、必ず『おでん』に類する料理が出現する可能性が95.7%存在するのです」
会場からどよめきが起こる。
「根拠を示せ!」
低音宇宙物理学の権威、サエグサ教授が立ち上がった。
「はい。まず、私がアルファ・ケンタウリ系で発見した、通称『浮遊する根』をご覧ください」
スクリーンに投影された立方体の中で、白い物体が静かに漂っている。
「この『根』は、ケンタウリアンたちが重力波発生装置で処理した後、特殊な調味液に72時間漬け込む食物です。見た目は我々の『大根』に酷似していますが、これは偶然ではありません」
アキラは次々とデータを示していく。
「シリウス系の『沈殿するタンパク質塊』、ベテルギウス近郊の『膠質生命体の凝固物』……。これらは全て、驚くべき共通点を持っています」
会場の緊張が高まる。
「それは、『出汁』という概念です」
アキラは、三次元グラフを展開した。
「文明が発展過程で必ず直面する『効率的な栄養摂取』と『集団での共食』という課題。その解として、約78.9%の確率で『出汁を取る』という行為が発生します。さらに興味深いことに、その出汁に『具材を入れて煮込む』という発想は、実に92.3%の文明で観察されるのです」
「しかし!」
サエグサ教授が反論する。
「それが何故、おでんなのだ?」
「重要な指摘です」
アキラは深くため息をつく。ここからが本題だった。
「『おでん』の本質は何でしょうか? それは……具材の『独立性』と『調和性』の同時達成にあります」
会場が静まり返る。
「各具材は、出汁に浸されながらも個性を保ちます。しかし同時に、出汁を通じて他の具材と味わいを共有する。この『個と全体の矛盾的共存』こそが、実は文明の根幹を表現しているのです」
アキラは決定的な証拠を示す。三次元ホログラムの中で、地球のおでんと、各星系の「おでん的料理」が重なり合っていく。
「見てください。具材の形状比、出汁との接触面積比、調理時間比……。これらは全て、黄金比の三次元的発展形である『宇宙比』に収束します」
驚愕の声が上がる。
「つまり、『おでん』は単なる料理ではない。それは、文明が必然的に到達する『存在の調和解』なのです」
サエグサ教授が静かに立ち上がった。
「君は、この理論が導く最終的な結論に気付いているのかね?」
「はい」
アキラは覚悟を決めて答えた。
「もし我々が、未知の文明と出会った時……。最初に確認すべきは、彼らの『おでん』なのです」
会場は完全な静寂に包まれた。全ての研究者が、この理論が銀河考古学を根底から覆すことを悟っていた。
それから一年後、人類は初めて異星文明と遭遇した。そして彼らが最初に差し出したのは、あたたかな「なにか」の入った器だった。
(了)
このショートストーリーから量子人類学者・久遠木アキラを取り出して次につなげます。