冬1 異常への気づき
初期リスに湧いた私は辺りを見渡す.
びっくり.人間が1人も居ない.みんな魔物か半人だ.
花火はいない.集合時間ちょうどなのに居ないってことはまだキャラメイクしてるのかな?でも周りに人間が居ないことを考えると,半人と魔物は人間とかとは初期リスが違うのかもしれない.
人間とエルフ,ドワーフと最初から敵対してる可能性があるから十分ありえる.完全に失念していた.
一旦ログアウトして連絡を入れようとメニュー画面を確認するがログアウト項目が無い.
ログアウトができない不具合?そんな致命的なバグを残したまま発売するなんてありえる?いや,ありえない・・・ということはこのログアウトできない状況は仕様?不具合と仕様どちらだとしてもイカれてることに変わりはない.
まだ周りのプレイヤーは気がついていないようだ.どうせすぐに運営から通知が来て全員知ることになる.もしも仕様であった場合この世界から解放される条件はメインストーリーをクリアすることとかであろう.
そうなったら街に売っているアイテムや装備の取り合いになることは目に見えている.さっさと必要なものを揃えてしまおう.いや,さっさと次の街に向かってしまう方がいいか?
街に着く過程で適当な雑魚を倒しながら金策をして装備を揃えた方が効率がいいかもしれない.ただ回復手段がないのは不安だ.いくら雑魚とはいえ無傷とはいかないだろう.ここは未来への投資ということでポーションを大量に買おう.
道具屋はこの街の入口付近にあるからそっちに行こうかな.私は道具屋へ歩いて向かいながら街並みを観察する.目の前にはゲームの紹介PVで見ていた洋風な建物が広がっている.しかし,建物の色合いは見ていたPVよりも若干くすんでいるように感じた.
住人のほとんどは犬や猫の半人のようにみえる.まあ,今このいる場所がそういう地区的なところなのかもしれないけど.住人もみんなパターン化した行動を繰り返す今までのものと違い自立した意思を持って行動している.さすがVR業界に衝撃を与えたゲームだ.
これだけ人間と変わらないNPCだとどうやって見分けるのが最適なのだろう.「あなたはプレイヤーですか?」とか聞いても惚けられたら分からないしな.NPCのふりをしてPKを狙ってくる外道がいるって噂で聞いたことあるから気をつけなきゃいけない.
ほぼ人間と変わらないAIを搭載されているとしても,この世界の常識に則って行動するNPCと現実の常識に引っ張られて行動するプレイヤーでは差異が生まれるはず.
道ですれ違うNPC,端で会話をするNPC,客を呼び込むNPCそして物を買うNPCなどなど.様々な行動をしているNPCを見ていてもこれといった違和感は覚えない.
自分たちをじろじろ見てくる不審者に気がついたNPCが怪訝な目を向けられたが気にしないことにした.どうせすぐにこの街から出ることだし.
そんなことを考えていると私はあることに気がついた.私,この世界の地理が分からない.どっちの方角に向かえば次の街にあるのかも知らないし,どんな環境が広がっているのかも知らない.
予定変更だ.まず情報収集をしよう.この世界のことを知ってからの方が対策とかも立てやすい・・・はず.
「すみません.この街とこの街周辺のこと教えてくれませんか?」
私のことを怪しんでいた主婦に私は話しかける.急に主婦2人の会話に割って入ったせいか驚かれてしまった.
「この街とこの街の周りのことを知りたい?この街のことなら教えられるけど,この街から出たことの無い私たちには周辺のことはさっぱりわからないわ」
「そうね.そういうことを知りたいなら商人に聞くかギルドで聞くことね」
「そうなんですか.じゃあ,そのギルドってところの場所を教えてくれませんか?」
「あんた本当に何も知らないのね.ギルドならあんたの後ろに建っているじゃない」
私は振り返って後ろを見る.そこにあるのは一見なんの変哲もないただの家だ.なんかイメージしていたのと違う.もっとこう他の建造物よりも豪華なものを想像していた私の幻想は砕け散った.
私は2人にお礼を伝える.そしてギルドの扉を開けた.
中は私の想像通りだった.奥にカウンターがあり壁に貼り紙,あとは机と椅子で埋まっていてそこにゴツい男たちが騒がしく喋っている.そんな中の1人が扉前の私に気がつき話しかけてきた.
「ここはハンターズギルドだ.武器すら握ったことのないお嬢ちゃんが来るところじゃねぇよ.
さっさと家に帰りな.それともなにか依頼かい?」
「いえ,私はただこの街と周辺の情報を聞きに来ただけですよ.ここって相談窓口的なところは無いんですか?」
私の発言を聞いていた男たちは笑い始める.そいて,明らかに馬鹿にしている男どもが席を立って私に近づいてきた.
「ここは何でも屋じゃないんだ.まあお嬢ちゃん顔は良いからこれから俺らといいことしてくれたら教えてやってもいいけど?」
「結構です.そんなに欲求不満なら風俗でも行けばいいんじゃないですか.そんなお金も無いなら諦めてお仲間同士で慰め合えば?」
「んな・・・?!」
この世界のNPCってこんなテンプレセクハラしてくるのか.いや,人が生み出したものを学習させているからテンプレしかできないのか.
そんなことよりもこれどうしよう.NPCとはいえさすがにムカついて煽ってしまった.まだレベル1の私がこんな屈強な男×4と戦って勝てる未来が見えない.
・・・・・・・逃げるか.幸い私の真後ろはさっき入ってきた扉だ.素早く逃げれば建物の外に出られる.
「このガキがあんまり舐めた真似してると痛い目に合うぞ?」
「ハンターズギルドってことは貴方たちハンターでしょ?寄ってたかって弱い者いじめですか?ハンターの品位を疑いますね」
「弱い者いじめだ?この世は弱肉強食なんだよ.弱い奴は奪われて当たり前ってことをその体に刻み込んでやるよ」
狼男Aが私の手首を掴もうとしてくる.これはもう限界だな.今すぐ外に逃げよう.
私は狼男Aの股を蹴り上げる.今まで何度も痴漢を撃退してきた私の渾身の一撃が入ったことにより男の象徴を抑えて蹲る.
「ざまあねぇな.あんまり女舐めるなよ」
私は狼男Aの取り巻きが硬直している間に外に出た.追ってくる気配はない.はぁ,時間を無駄にしてしまった.次向かうとしたら商人か.当初の目的通りに道具屋に向かってそこで情報収集するか.
***
強烈な蹴りを受けて動けなくなっているバカを見て必死に笑いを堪える.一風変わった装いをした鳥の半人に絡んで反撃を食らって一撃で沈められるその姿はあまりにも滑稽だった.あの一撃は蹴りなれていないとできないな.
鳥の半人がこの世界で珍しいから何か悪いことでも考えたんだろうが,相手が強敵過ぎて固まっちゃった仲間も情けない.せめて反撃するなり追いかけるなりすればいいものをビビッて動けないその姿を見ていると更に笑えてくる.
「・・ふっ・・・・ふふ・・・」
やばい,堪えられなかった.情けない五人衆が僕のことを見てくる.その顔が僕の笑いを更に誘発してくる.てか怒るなら僕じゃなくて蹴ってきたさっきの女か弱い自分自身でしょ.
呆れも感じながら雑魚五人衆から目線を外し席を立つ.いやー,面白いものが見られた.それにしてもさっきの女,気になるな.この街と周辺について知りたいなんてまるでこの街で突如生まれたのか,それとも記憶喪失にでもなったかのようだ.あの馬鹿五人衆についても知らない様子だったし本当に何も知らないのだろう.
少し探りを入れてみるか.ついでに少し気になってることを教えてあげるか.そっちの方が信用を得られるだろうし.
僕は未だに蹲っている男ゲルの横を通る.少し小突いてやろうかと思ったけど可哀そうだから止めてあげるか.
「おっと,足が滑ったー」
わざとらしい棒読みでそう言った僕は転んだように見せながらゲルの頭に向かって肘を叩きつける.僕の肘がクリティカルヒットしたみたいでゲルは動かなくなってしまった.
そんなゲルと僕を取り巻きが僕を怯えた顔で見てくる.そんな顔で見ないでよ.虐めたくなっちゃうじゃないか.内心湧き上がってくる熱い感情を抑えて笑顔を見せる.
「じゃあ僕は出かけるから後片付けよろしくね」
「はい,わかりました.ハルさん・・・・」
取り巻き四人はゲルを奥の医務室に運び始める.そんなことには興味もない僕はギルドの外に出てあの女を探す.そして,この街の出入り口の方へ歩いている姿を目に収めた.
「ミツケタ」
僕は彼女に見つからないように追跡を始めた.