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明るい日陰  作者: 猫殿
9/18

手紙



 「このお店色んな層のお客さんが来るんですね」


 デイビーが空気を変えようとしてくれたのか明るく話しかけてくる。


「はい、貴族の人はもちろんなんですけど、出来るだけ安価で良いものを仕入れているので庶民の人でも買いやすいものが多いんです」


 そう話すと、彼女もアクセサリーが気になるのかチラチラと商品棚を覗いた。


「今度デイビーさんに似合いそうなものを見繕っておきましょうか?」

「お気持ちは嬉しいのですが、職業柄着けられないんですよね……」

「プライベートでもあまり着けないですか?」

「はい、普段外出することも少ないですから……」


 なんともったいない。デイビーさんに似合うアクセサリーなら星の数ほどあるだろうに。

自分が今考えられる限りのアクセサリーを脳内でデイビーに身に付けさせる。絶対に似合う。それは確実だ。


「もうあげます。プレゼントします。デイビーさんに身に付けてもらったらアクセサリーも喜びますよ」


 気持ち悪いことを言ってしまったかもしれないと不安になりデイビーを見るが、特に機嫌を悪くしたような事もなく彼女は嬉しそうに微笑んでいた。やっぱり綺麗だ。宝石屋店主の腕がなる。


「そう言えばリックさんのブレスレット、それどこで買われたんですか?」


 ふと思い出し尋ねると、リックは袖から覗いていたブレスレットを隠してしまった。男の人でアクセサリーを着けている人は珍しいが、全くいないわけではない。特に恥ずかしがることでもないのに。私は不思議に思い首を傾げる。


「どこで買ったかはわからない。人から貰ったものだ」

「なんだ、そうなんですね」


 残念だ。どこで買ったか分かれば偵察に行けたのに。意匠が凝っているのはもちろんなのだが、使っている石が希少なものである。ここら辺では見かけたことが無かった。リックにブレスレットを送った人は中々の富豪のようだ。


 「そんなことより、支払い回数はどうするんですか?」


 リックが話題を逸らすようにグレイに尋ねる。そういえばまだ回数の話をしていなかった。


「それはジルとヴァレット次第だな」

「できれば5回払いでお願いしたいんですが……」

 

 流石に多いだろうか、と不安げにヴァレットの顔を伺うが不服なのかそうじゃないのかの判別がつかない。


「命令なら承ります」


 機械のような返事。冷めているとも取れる目でグレイを見ていた。上司からの命令を待つ部下の様相だ。


「なら5回だな。それ以上護衛を借りられてはこちらとしても困る」

 

 半ば冗談なのだろう。グレイは腕組みしながら尊大に胸を張っている。


 「寛大なご配慮痛み入ります」


 私もふざけて恭しく礼をすると、グレイも我慢できなくなったのか私と目を合わせてクスクスと笑い合った。


 とりあえず5回払いと言う話に落ち着き、ヴァレットにはその数だけ店に通ってもらうことになった。そこまで何回も通わせるのは迷惑かと思ったが、仮面が小さくなった原因がわかればそこで一気に報酬を払ってもらって構わない、と伝えるとヴァレットは感情の伺えない表情で首肯したのだった。

  

 

******



 「まずは今の状態を見させてもらいますね」


 正面に座ったヴァレットに声をかける。今日はグレイからの正式なお使いと言うことなのか、いつもの庶民の服とは違い騎士服を着ていた。正装で使うコートは着ていなかったが、いつもと違いピシッと決まった姿に胸が高鳴る。無造作だった黒髪も少しセットされていた。


 見惚れていることに気づかれぬようにヴァレットをみるが、こちらに向けられる瞳に全く温度を感じない。この前のこともあるのだ。仕方がないか。


「ふう……」


 気づかれない程度の小さいため息をつき、ゆっくりと瞳を閉じた。ヴァレットの輪郭のみが光り、彼の本質が姿を表す。


「あれ?」


 予想していたものとは違う姿に、思わず声が漏れた。彼の本質が仮面を被っているのは変わらないのだが、1番最初に見た時の状態に戻っている。先日見た時は確かに少し欠けていたと思ったのだが。思い違いだったのだろうか。


「ヴァレットさん、最近何かありましたか?」


 彼自身の意思で仮面を着脱しているのか、身の回りで起きた出来事で満ち欠けするのか分からない。まずはそこから調べてよう。


 「いや、特に無い」

 「そうですかぁ、うーーん」


 環境が要因では無いとしたら、自分の意思か。だがそれなら一瞬だけ仮面が欠けたのはどういう心境の変化だったのかが分からない。


「ヴァレットさん、今素になることって可能ですか?」


 一か八かでそう尋ねた。


「無理だな」


 予想通りの回答が返ってくる。ここまで完璧に自分を制していると言うことは、幼少からそう鍛えられていて素に戻ることができない、または決して素を出さないという強い意志を持っているかのどちらかだろう。


 元々考えていた、思いきり笑わせたり悲しませたりという作戦は望み薄らしい。だがやってみて損はないはずだ。


「それじゃあヴァレットさん睨めっこしましょう」

「……」


 ヴァレットから返ってきたのは無言。表情は変わらないが乗り気じゃ無いのはひしひしと感じる。


「何事もやってみないとわかりませんよ!」


 なんだか実験をしている感覚があり楽しくなってきてしまった。座っていた椅子を少しヴァレットの方へ引き寄せ、顔を近づける。


「せーの!」


 渾身の変顔をお見舞いした。ほっぺを摘みビヨーンと下に伸ばす。小さい頃はビルと良くこうして遊んでいた。睨めっこで勝つのはいつも私だ。


 店の中になんとも言えない静寂が広がる。私の顔を見つめるヴァレットはいつものように真顔だ。


 「ぶはっ!!」


 先に吹き出したのは私だった。この勝負で真顔を続けるのはハッキリ言ってズルだ。面白く無いわけがない。


「あはっ……フハハハハハ!!ヒッ……んふふふふ……」


 ヴァレットの顔を見続けていられなくて顔を覆ってしまう。


「ず、ずるいですよヴァレットさん!」

 

 手で籠る声でヴァレットを責めた。言われのない罪である。


「楽しそうだな」


 興味なさげに言われてしまい、つい意地になった。絶対笑わせてやる。


「じゃあこれならどうですか」


 こうなればくすぐりしかない。そう思いヴァレットの方へ手を伸ばすが、どこをくすぐればいいか分からない。しかもヴァレットはジッとこちらを見つめている。


 脇、はだめだ。ハードルが高い。首?いやいや、肌に直接触れるのは論外。


 どこを触っても自爆するのは自分だ。手をウロウロと彷徨わせ、結局その手は元あった自分の膝へと帰って来た。気まずくなり下を向く。


 「きょ、今日はもうこれで終わりにしましょう……」


 まだ後4回機会があるのだ。今日焦ることもない。と、自分に言い訳をした。近づけていた椅子を元に戻し気分を落ち着かせる。


「あ、すみません……最後に変化が無かったか確認させてください」

「あぁ」


 大事なことを忘れるところだった。本来の目的は彼の仮面の変化を調査することだ。だが思いも虚しく、ヴァレットの仮面に目立った変化は見られなかった。


「うーーん、流石に1回じゃ変わりませんよね」


 首を傾けて気落ちする。少しは変わっていないかと期待したが流石に1回では無理か。


「あ、これ預けておきますね」


 黙っているヴァレットに用意しておいた鍵を渡す。


「これは?」


 彼の手に握られると普通サイズの鍵がおもちゃのように見えた。


「店の合鍵です。私がいないこともあると思うので勝手に入っちゃってください」


 私が店にいない時にいちいち他の場所で待つのも面倒だろう。支払いが終わるときに返して貰えば良い。


「了解した」


 しばらく鍵を見つめていたヴァレットはそう短く返事をした。




*******



 「これが扉に」

 「あら、ありがとうございます」


 2回目の支払いの日、ヴァレットから手紙が手渡された。品質の良い紙を使っているようで、ほんのり薄青だ。なぜポストに入れなかったのかと訝しみながら受け取り、手紙を裏返す。裏は白紙。差出人不明の手紙か。


 中身が気になるが、ヴァレットと話し終わった後でも良いだろう。怪しい手紙をカウンターに置き、私は1回目の実験と同じようにヴァレットを見つめた。


「今日は怒らせる実験をしたいと思います。人は怒ると感情を抑制しづらいですからね」


 笑わせる作戦が失敗に終わったので今日は怒らせてみようと思う。と言っても彼が何に怒るのか分からない。


「では行きますよ」


 自分を鼓舞するために深呼吸をする。


「ば、ばーか!あほ!マヌケ!!」


 子供のような悪口をヴァレットに投げた。人を罵倒したことないのだ。これで良いのだろうか。不安になりヴァレットの様子を恐る恐る伺うが、いつもと変わらぬ真顔。


「で、でっかいだけのデクの棒……えーと、髪の毛ボサボサ!……んーと……」


 中身が無い言葉の羅列なのは自分でもわかっているのだが、特にヴァレットに対する悪口が思いつかない。しかも好きな人を怒鳴り続けるというのは思ったより心苦しかった。


「う、ううぅ……私には無理ですごめんなさいい」

「ふっ」


 顔を覆った私の耳に、微かだが笑い声が聞こえた。思わず顔をバッと上げる。


「い、今笑いました!?」


 そう尋ねたが、改めて見たヴァレットの表情に変わりは無い。

 

 「いや、気のせいだろう」


  本人も静かに否定している。いやでも確かに聞こえたのだ。思わず吹き出したような柔らかい声が。


「聞こえましたよ!」

「幻聴じゃ無いか?」

「じゃあ見せてください」


 表情で分からないなら直接見て仕舞えばいい。焦って視界を切り替えようとした時、ガタッと勢いよくヴァレットが席を立った。


「急用を思い出した」

「えっ、待ってくださ……」


 体格に似合わぬ速さで店を出て行ってしまった。どうやら怒らせてしまったようだ。確実に手応えを感じたと思ったのだが、本人が非協力的なら仮面が小さくなっているのかどうかも把握できない。後3回で原因が解明できるかどうか。


 やはり笑わせる作戦が1番効果があるか、いやでも一度目の事を思うと………。1人悩んでいると、カウンターに置いた手紙が目に入った。そういえば誰からの手紙なのだろう。


 手紙を手に取り、一応体から離して開封する。中に何か変なものが入っているとも限らない。


「?」


 だがそれは本当にただの手紙だった。見たところおかしなところはない。恐る恐る便箋を引き出し中身に目を通す。


「親愛なるジル様。突然の手紙で申し訳ない。だがこの想いをあなたに直接伝えるのはどうしても気が引けた。それに、私は口が達者なわけではないので、手紙という形を取らせてもらったことをお詫びしたい。こうした周りくどい方法であなたに伝えたかったことは……」


 つい口に出して読んでいたが、その先の文字に声が小さくなる。なんだこれは。一体どういうことだ。


「ジル、あなたをお慕いしています!?」


 全く意味が分からない。自慢ではないが、誰かに告白されるような覚えは無いしそんな兆しも感じたことがない。


「イタズラね。絶対そう」


 わずかに鼓動を早めた心臓を無視してそう決めつけた。どうせどこかの子供がふざけて手紙を扉に挟んだのだろう。


 それにしてはやけに字が綺麗だが。


 その綺麗な字に惹かれ思わず最後まで目を通す。手紙の続きは私のどこが好きだとかそういうことがつらつらと書かれていた。騙されるもんか、と疑いの目で読み進めていくと最後の差出人の名前を見つけ息が止まった。


「ヴァレットよ…り……」

 

  その名前を見つけた瞬間膝の力が抜け床に座り込んだ。まさか、そんなはずがない。だって好きだと言った時もあんなにそっけない態度だったではないか。私に対する好意など感じたことはない。


 だがもしこれが本当にヴァレットからの手紙だったとしたら。そう思わずにはいられなかった。私は一度手紙を封筒にしまい、早々に寝る準備をした。


 寝る前にベッドに寝転がり、手紙を何度も読み返す。


「ふふ……」


 まるで恋を始めて知った少女のようにソワソワと気持ちが落ち着かない。手紙を大事に胸に抱えベッドの上で何度も寝返りを打った。胸が甘い感覚で満たされていくのが心地いい。


 しばらく1人で興奮していたが、そのうち疲れてしまったのか自然と瞼が下がり眠りについていた。



******




 「こ、こんにちは……」


 今日は3回目の支払いだ。ヴァレットはまた正面に座り大人しくお茶を飲んでいる。私は彼を目の前にすると落ち着かなくて何度も髪の毛を触る。自分に変なところは無いかと気になってしまって変な汗が滲んだ。


 「今日はどんな実験なんだ」


 対するヴァレットは全く表情を崩さず態度もいつもと変わらない。だがあの手紙の内容はとても情熱的だった。仮面を付けているので外側に出ないだけなのか?


「ま、まずは見てみますね」


 落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせ視界を切り替える。あの手紙を書いたということは、少しは仮面が小さくなっているのでは無いかと希望が膨らんだ。


「え?」


 間の抜けた声が店に響く。


 彼の本質は何も変わっていない。


 「そ、そんなはず……」

 「どうした」


 ヴァレットが訝しげに尋ねてくる。自分の本質を見た人が焦っているのだ。不審がるのは当然だろう。


「いや、手紙のこともあったので流石に変化が見られると思ったんですが……」

「手紙?」

「え?ヴァレットさんが書いてくれた……」

「なんの話だ?」


 サァーと身体中の血液が一気に足元に落ちていく音が聞こえる。やはりイタズラだったのだ。期待していた自分がバカバカしい。なんで彼から告白の手紙をもらえると思い上がってしまったのか。そもそも好かれてもいないではないか。


 先ほどヴァレットを目の前にした時とは別の理由で頭に血が上る。顔が熱を持ったように熱い。同時に瞼がチクチクと痛み、涙が義眼を覆い始めた。


 「す、すみませ……」


 泣いている所を見られたくなくて、私は自室に繋がる奥の扉へ走る。彼に情けない姿を見られたくない。入ったままの勢いで後ろ手に扉を閉め、背中からズルズルともたれかかった。


 「ふっ…うう……」


 声を押し殺し涙をひたすら拭う。我慢しようとすると更に溢れてきて擦っている目が痛い。


コンコンーーー。


 背中越しに扉がノックされた。慌てて立ち上がり身嗜みを整える。


「大丈夫か」

「は、はい。すみません、少し体調が優れないので、続きはまた今度でお願いできますか?」


 鼻声に気づかれないように早口で言い切る。今日はもう終わりにしたい。鏡を見てはいないが、今の私が酷い顔をしていることは明白だ。


「……分かった。また来る」


 言葉が終わると同時に靴音が遠くに消えた。深く聞かれなかったことに安心し、ほっと息をついた。安心すると同時にまた涙が目に溜まる。


 もう終わりにしよう。支払いは後2回残しているが、グレイに伝えて残りの分をまとめて払ってもらうことに決めた。こんなに苦しい思いをするとは想定していなかったのだ。期待をしていなかったからこそ仮面の調査をしようと思えたのだが、こうなると話は別だ。自分勝手だが、こればかりは仕方がない。


 私は急いで手紙をしたため、グレイに支払い方法の変更を伝えた。

ありがとうございました!

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