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明るい日陰  作者: 猫殿
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わがまま


 あの社交会から数日後、私は普段と変わらず店を開けていた。今になって思えば、あの出来事は夢だったのかもしれない。自室にかけて飾ってあるドレスだけが、あれは現実だったのだと教えてくれているが。


 日を遮っている店内の掃除をしていると、来客を告げるベルが鳴った。持っていた雑巾を片手に顔を上げると、見慣れた顔がある。


「あ、おひさ〜」

「おう」


 気安く挨拶するのはこの宝石店のアクセサリー全般を担当してくれている加工職人のビルだ。今も作業の合間のようで、腰から下は作業着、上は白いシャツに頭にはタオルを巻いている。タオルから飛び出る茶髪がやんちゃさを物語っている。


 「頼まれてたもの出来たぞ」

 「もう?早かったね」


 最近新しい石が手に入ったので、企画書、というかアイデアをただまとめただけのようなごちゃごちゃの資料と、材料を彼に渡していたのだが、さすがはビルだ。あっという間に形にしてしまったらしい。


「こんな感じになったが、どうだ?」

「どれどれ」


  まだ仮の形と彼は言っているが、どう見ても完成品だ。頼んだのは石をできる限り小さく配置してもらい、コストは少なく見栄えが良いように、という無茶振りだった。先日の社交会で見かけたアクセサリーたちは私が想像していたものより大ぶりな宝石はついていなかった。大ぶりなものは下品、という意識があるのかもしれない。大勢の御令嬢を“見る”のは大変疲れたが、今の貴族の流行りを見られたのは良い機会だった。そのおかげで、庶民にも求めやすく今の流行からも外れていないものを考案することができたのだ。


 やはり彼に頼んで良かった。これなら年齢問わず色んな人の手に取ってもらえるだろう。

 

「最高。ビル。これなら文句なし」

「うしっ!それじゃあこれを完成形にまとめてまた最終確認しにくるわ」

「うん、お願いね」


 すぐ工房に帰って作業の続きに取り掛かりたいのだろう、会話もそこそこにビルは店の出口に向かっていた。


「親父さん、まだ旅行中か?」

「うんそうなの。帰ってきてもすぐ王宮に行くだろうから、会えるか分かんないけどね」

「そっかあ」


 早く帰ってこないかな、と考えていたのがバレたのか、ビルは揶揄うように片眉を上げた。


「パパがいなくて寂しいなあ、ジルちゃん?」

「うるさっ、早く帰んなさいよ」


 ふざけるビルを軽く殴りながら退店を促す。私と父と彼の家族は小さい頃からの知り合いなので、もはや家族のようなものだ。やはりいつもの生活が安心する。そう思いながら笑っていると、ビルが店から出た途端に黙る。


「?どうしたの?」

「いや……」


 言葉を濁され不思議に思っていると、ビルが私を庇うように前に立ったのがわかった。後ろ手に私を支えているようだ。


 「あの、この店に何か御用ですか?」


ビルが警戒した声をあげる。店先に誰か居たのか。日が出ているので全く見えていなかった。


「ああ、店主に用がある」


 この声には聞き覚えがある。アルバートさんだ。


「あ、ヴァレットさん?」

「なんだ、知り合いか」

「うん、そうなの。そんな警戒しなくても良いよ」


 ほら謝って、と促すとビルはまだ訝しげにヴァレットを見ながら素直に頭を下げた。


「いや、気にしないでくれ。他の客の用事が終わるまでと思い待っていたのだが、逆に不審がらせてしまったな」


 今2人がどんな顔をしているかわからないが、どうやら喧嘩に発展するようなことはなさそうだ。ビルは貴族を嫌っている節があるので心配したのだが、とりあえずは大丈夫そうか。


 「気にせず入ってきてくだされば……どうぞ、今お茶入れますね。ビル、ありがと、また今度ね」

「ん、またな」


 私が警戒していないことに安心したのか、ビルは大人しく帰って行った。


 「今の男は……」


 まだ店に入ろうとしないヴァレットに問いかけられる。そういえば、彼が他のお客さんに会ったのは初めてか。正確に言えば客ではないのだが。


「私が考えたアクセサリーを加工してくれているんです。かなり腕は良いですよ」


 どこから仕事が舞い込むかわからない。あそこの角を曲がったところですよ、とビルの店の宣伝も欠かさない。


「そうか」


 また返ってくるのは短い返事。ヴァレットは別にアクセサリーに興味はないようだ。


「あの、入らないんですか?」

「グレイ様を呼んでくる。少し待っていてくれ」

「あ、はい」


 どこか別の場所でグレイが待機しているのか。ヴァレットさんもそこで待っていれば良かったのに。そう思ったが、口には出さなかった。あの我儘坊ちゃんだ。きっと他の客がいなくなったらすぐ知らせろとか無理を言ったんだろう。



*******




 ヴァレットがグレイたちを呼びに行ってから数分後、見慣れた面々が店に入ってきた。


「今日は報酬を持ってきただけかと思ったのですが、何か問題でもありましたか?」


 件の報酬を渡すだけなら部下の1人でも寄越したほうが早かっただろうに。なぜか今日はお馴染みの人が勢揃いだ。


 「そのことなんだがな」


 グレイが私の入れたお茶を飲みつつ答える。


「好みの女性が1人もいないっっ!!!」


 持っていたカップをテーブルにカツン!と音を立てて戻す。気に入っている食器なのでやめて欲しいのだが。


「それはそれは、次は国外の社交会まで出かけるしかないようですね」


 呆れた私は半眼で嫌味を言う。失礼だとは思ったが、あれほど頑張ったのに成果がゼロだと私もガックリときてしまう。そして選り好みしているグレイに少々呆れが出てしまうのは仕方がない。


「……もう一度社交会に来い」

「は?」

 

 思いがけない発言に思わず素の返事が出てしまう。


「コホン。申し訳ありません。聞き取れませんでした」


 あえて無機質な声を出す。聞かなかったことにしたい。


「もう、一度、社交会に、来い」


 随分とゆっくりと言われてしまった。一言一句はっきり聞き取れた。聞き取れたが、理解したくない。何も結果を出せなかったからなのか、リックらと並んで立っているデイビーは申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。


 「申し上げたはずですよ。今回の一度限りだと」

 「そこをなんとかっ」


 身分が高い人なので頭を下げることはしないが、眉間に皺を寄せ必死なのはわかる。


「では、妥協案をお出しします」

「なんだ、妥協案とは」


 はあーと深いため息を吐き、私は子供を諭すようにゆっくりと話し始めた。


「グレイ様の本質の特徴から、どう女性と接したら良いかのアドバイスをさせていただきます」

「だ、だが私の気にいる女性はあの大勢の中にもいなっかたんだぞ」

「まずそこですね。女性に求めてばかりで、自分から何かしようとは思わないのですか?」

「う……」


 痛いところを突いたのか、グレイは悔しそうに押し黙ってしまった。


 「どうしてもまだ私の協力を仰ぎたいなら、ぜひ私のアドバイスを素直に聞き入れてくれることをお願いいたします。もちろん報酬も忘れず」


 1番気になっていたことを最後に念押しすると、グレイの後ろに立っていたアルバート以外の護衛たちはプルプルと肩を揺らしていた。護衛たちにも舐められている目の前の男が少し気の毒になる。報酬を出してもらえるなら、惜しみなく協力してやろう。社交会はもう懲り懲りだが。


「分かった……それでいい……」


 拗ねたようにそっぽを向きながらではあるが、グレイは了承の返事を返した。


「では、交渉成立ですね」


 培われた営業スマイルでグレイに握手を求めると、渋々といった体で手を握り返される。


 「それでは、もう一度グレイ様を見てみましょうか」


 まだ少しぶすくれているグレイに体が正面を向くように座り直した。一つ深呼吸をし、瞼を閉じゆっくりと開く。現れたのは、1番最初に見た時と特に変わったところがない赤子。少し不機嫌そうに頬を膨らませている。ほんの少し成長している、ように見えたのだが、気のせいだったかもしれない。


 アドバイスするとは言ったが、本質がこれでは私もどうしたらいいか。頭痛がし始めたこめかみを軽く揉みながら、私はふとグレイの隣に座っているヴァレットを見た。最初に見た本質と何かが違う。どこだろう?気になりまじまじと見つめる。サングラスのおかげで私が今どこを見ているかバレていないだろう。着替えをのぞいているような罪悪感を覚えながら、好奇心を抑えられなかった。


 ヴァレットの本質はまっさらな仮面を着けている男だった。それは今も変わらないのだが、その仮面が少し小さくなっている。まだまだ顔が見えるには程遠いが、それでも確実に変化していた。何が彼に影響を及ぼしたのだろうか。持ち前の好奇心がうずうずして落ち着かない。


 顎に手を当て思考の海を泳いでいると、流石に怪しんだのかグレイに「ちゃんと見ろ」と注意されてしまった。赤ん坊に注意されてしまうとは。


「すみません、あまりにも変化が無かったもので、困り果てていました」


 さらりと嘘をつく。もう一度瞬きをし、視界を元に戻した。


「悪かったな」


 グレイがまた少し不機嫌になる。少し意地悪な言い方をしてしまっただろうか。だが直接解決の方法が思い浮かばないのも事実だ。


「とりあえずは色々な人に出会い話をするべきですね。男女関係なく。遠回りに見えるかもしれませんが、急がば回れ、です」


 腕組みをしたグレイがこちらをジロリと睨む。不服だがそうするしかないのは自分が1番わかっているのだろう。


「また相談しに来る」


 不貞腐れた態度でボソボソと私に伝える姿は、体が大きいだけの子供に見えた。世の女性は可愛いと思うのかもしれないが、私から見たらただの厄介な我儘貴族だ。できるなら今回だけで関係を終わらせたかったのだが、まあこうなってしまっては諦めるしかないか。


「前回分の報酬は置いていってくださいね」


 私は帰り支度をしているグレイに笑顔でそう催促した。


****** 



 先日“協力する”と言ったまでは良かったのだが、その日以降グレイは毎日のように店にやってきた。こんなに頻繁にくるなら気軽に了承しなければ良かった。


「ですから、話してみないと何もわからないではありませんか」

「だがもう見た目から気に入らんのだ、話す気にもならん!」

「そんなことを言ってたら一生結婚なんて出来ませんよ!」


 向かい合い座りながら、もはや怒鳴り声のような会話の応酬が続く。


 「ふうーー、一旦落ち着きましょう」


 椅子に座り直し冷め始めたお茶を口に含んだ。グレイも喉が渇いていたのか、ぐいっと一気にお茶を煽った。


 護衛の三人は、というと、相変わらずグレイの後ろに綺麗に並び背筋を正し立っている。庶民の私からすると自分は座っているのに誰かがそばに立っているという状況はとても落ち着かない。


「あの、皆さん座っていただくことはできませんか?」


 三人に向けて問いかけるのだが、一様に困った顔をするだけだ。忘れていた。彼らの行動の決定権はグレイにあるのだ。


「立っていると邪魔か?外にやるか」


 単純にこちらを思っての提案だと思うのだが、外に居たら居たでまた立ちっぱなしになるのだろう。そんなことをされると更に気が散ってしまう。


「え、流石にそれはやめて頂きたいです。ただ座っていただけると助かるんですが……」


 護衛の役割の観点から、立っていた方が主人を守りやすいのはわかる。わかるのだが。


「すみません、近くに人が立っている状況に少し違和感が……」


 遠回しに言ったが、正直怖いのだ。なんだか見張られているような気分になる。


「そこまで嫌なら、仕方ないな」


 グレイが三人に座れと手で示す。デイビーとヴァレットはすぐに従ったのだが、リックはまだ躊躇っているようだ。


「リック」


 デイビーが声をかける。


「命令ならば従いますが、座っていてはグレイ様をお守りするのが遅れてしまいます」


 グッと顎に力を入れながら喋るさまは、まさに騎士然としている。だが対するグレイは呆れた様子だ。


「お前は座っていては私を守れないというのか?そこまで無能だと?」


 嫌な言い方をする。だがグレイはリックの扱い方を心得ているらしい。


「そ、そんなことはありません!どんな状況だろうと守って見せます!」


 あまり店内で大きな声を出さないでもらいたい。私は先ほどの自分のことなど棚にあげてそんなことを思っていた。良いから早く座ってくれ。


 三人が座ることでテーブル周りはすっかり狭くなってしまったが、この方がさっきよりは落ち着く。右回りに、私、デイビー、リック、グレイ、ヴァレットの順で座っている。


 グレイたちが来ることは分かっていたので、椅子を何脚か用意しておいて良かった。


「改めて聞きたいのですが、私が“見た”人の中で特に気になった人はいらっしゃらなかったんですか?」

「居たには居たんだが……」


 どうにも煮え切らない。続きを話す気が無くなったのか、グレイはデイビーの方をチラリと見やった。


「その方達のお写真をお見せしたのですが、どの方を見ても……」


 デイビーが次いで発言するが、こちらも言葉を濁すばかりだ。


「好みではなかったと?そういうことですか?」


 グレイにそう投げかけてみると、図星だったようで目を逸らし口を尖らせている。


「しょうがないだろう。そればかりは……」


 呆れた私はついため息をついてしまう。


「まずは話してみないと、その人となりは分からないものですよ」

「それは、分かっている……分かっているが」


 イヤイヤをする子供のようだ。本人がこれでは永遠に相手など見つからないだろう。


「うーーーん、ここまでくると、私にも良いアイデアが思い浮かびません……」


 私は腕組みをして唸りつつ、この前の社交会を思い出していた。着たことのないドレスに、上品なベール。色鮮やかな人々の喧騒。夜の美しい庭。


 そういえば庭でヴァレットさんと話したなあ。そこまで反芻して、私の頭にピンとあるアイデアが浮かんだ。


「あっ!!」


 いきなりの大きい声にグレイが肩をビクッと揺らす。


「大きい声を出すな」

「良いことを思いつきましたよ。これならグレイ様でもいけます。たぶん!」


 苦言を呈すグレイを気にせず続ける。それに大きい声なら先ほどグレイも出していたのだ。おあいこだろう。


「なんだ、その良いアイデアとは」

「グレイ様のお力を持ってしたら簡単だと思うのですが」


 無駄に前口上を付ける。だがあながち大袈裟ではないかもしれない。


 「随分と嫌味だな」

「この案に乗るのだとしたら、少しばかりお金がかかるんです」


 私は、たった今思いついた計画をグレイに説明した。お金はかかるが、実施するのはそう難しいことじゃないだろう。


計画はシンプル。女性の見た目が気に入らないのなら、見えないようにしてしまえば良いのだ。先日ベールを付けたことが良いきっかけになった。


 俗にいう仮面舞踏会、みたいなものになるのだろうか。全員が仮面やベールをつけて仕舞えば顔はわからない。その上本心が出やすくなることもある。今回のグレイの悩みを完全に解決してくれるだろう。



「なるほどな、それならいけるかも知れない」

「社交会を開催する人に許可をもらって仮面やベールを配る、というのは大変かも知れませんが、そこはグレイ様のお力を存分に発揮していただいて」


 アイデアを出すだけ出したら後は丸投げだ。それを成功させるか失敗させるかは、グレイの財力のみぞ知る。


◦「よし、早速取り掛かるか。もう次の社交会まで時間がない」


 来店した時とは打って変わって、帰る時のグレイの表情は晴々としている。これで上手くいくと良いのだが。


 意気揚々と去っていくグレイにひらひらと手を振りながら、私は計画の成功を祈っていた。最初は厄介で面倒臭いお貴族様だ、と思っていたが、関わるうちに少し手のかかる弟のように感じ始めている自分に気づく。本質を見たから、というのもあるのだろうか。どうか彼が幸せにたどり着きます様にと思わずにいられなかった。


ありがとうございました!

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