癇癪
いきなり癇癪を起こす所なんか、本当に赤ん坊みたいだ。先ほど見たグレンの本質を思い出すと、大きな声に驚いた自分がおかしく思えてきた。
「落ち着いてください。私は予め申し上げたはずです。怒らないで聞いてください、と」
それを了承したのは当のグレンではないか。静かに諭すように話しかけると、グレイも少し冷静になったのか、机に打ち付けていた拳を大人しく膝に置いた。
「あの方達が護衛だとして、あなたが主人的な立場であるとする方が納得が行くんです。それに、確認を取るようにあなたをチラチラ見ていましたしね」
護衛であろう人たちの中に赤ん坊が居たら誰でも気づく。と言う意見は流石に伝える度胸が無かった。
多分特別な能力が無くても違和感に気づいていただろう。そう告げると、まだ不服そうにしてはいるが、グレイも一応納得したようだった。
「お話を進めましょう。私に聞きたいことがおありだと思いますが」
赤子に話しかけるような口調になってしまわないように気をつけながらグレイに語りかける。丁寧に話しているつもりだが、下手をするとまた逆鱗に触れかねない。
「あぁ。そうだったな」
まだ不服そうだが、このままだと本題にいつまでも辿り着かないままだ。
「先ほどの世継ぎの話だが…」
「ええ、そうでしたね」
なぜかそう言った後グレイは続きを話すのをためらっているようだった。続きを促すように、私は軽く首を傾げる。グレイはチラリとこちらを見た後意を決したように話を続けた。
「私のお眼鏡にかなう者が全く現れない。だからお前に、占い師ジルに探して欲しいのだ」
私は驚きで一瞬動きを止めた。未来の花嫁を探して欲しいと言われたことに驚いたのではない。この男に恥じいるという感情がある事に驚いたのだ。どう考えても失礼すぎるので本人に伝えることはしないが。
「そういう事は出来かねます。言いましたよね、私は見るだけなんです。占い師では無いんですよ」
今までもこう言うことは多々あった。基本貴族ぐらいの身分がある人たちから依頼されることがほとんどだった。だが、出来ないものは出来ないのだ。私の能力は万能ではない。
「いや、出来るはずだ。お前の巷での噂は聞いているぞ。随分とよく当たるそうじゃないか」
そんな噂を流しているのは一体どこの誰なのか。今度店に来た人で怪しいやつがいたら問い詰めてやる。そう決心している間も、グレイは期待に満ちた目でジルを見つめている。
「無理です。私は人の本質を見て、どう行動したらいいか軽くアドバイスするだけなので。未来も見えなければ運命の人も分かりかねます」
「いや、それならそれでいい」
予想外の発言に呆気に取られた。随分と聞き分けがいい。
「では、今回はこれで終了、と言うことで?」
早々に席を立とうとするが、続けて放たれたグレイの言葉に私は腰を浮かせたまま固まってしまった。
「お前を社交界に連れていく」
「……は?」
たっぷり五秒は脳内でグレイの言葉を反芻したが、出てきたのはその一言だった。何を言っているのか理解が出来ない。いや、言っている意味はわかるのだが、脳が理解を拒否している。
「うん、我ながらいいアイデアだな」
咄嗟に思いついた割には最高の考えだ、とグレイは自画自賛している。他人がその発言の結果どう言う気持ちになっているのかは全くお構いなしだ。なんと我儘に慣れきっている人なのか。
「あの、グレイ様……私はまだ了承もなにも……」
「よし、そうと決まれば1番近い日にちの社交界がいつか調べてこなければな」
もう説明することは無い、とばかりにスッキリした顔をしたグレイは意気揚々と店を出ようと、入り口で待っていたものたちと合流する。
「あ、あの!」
小走りで追うが、4人は挨拶も無しにあっという間に店の外に出ていってしまった。外に出てしまわれると、追うのは難しい。
「あぁ、面倒な事になった……」
入り口の扉にもたれながら、深いため息を吐いた。
******
数日後、グレイはまた店に顔を出していた。宣言通り、近く開催される社交会の日程を確認してきたらしい。今回は案内する前に椅子にどっかと座り、私が用意した茶を飲んでいる。ここをカフェか何かだと勘違いしているんじゃ無いだろうか。
「1番近いので、一週間後だな」
「一週間後、ですか…」
いくらなんでも早すぎる。それに私は社交会に着て行くようなドレスなど持ち合わせていない。
「あの、グレイ様、その社交会の件なのですが」
「あぁ、もう参加すると言ってある。安心しろ」
どこに安心する要素があったと言うのか。もう呆れてしまって二の句が告げない。今日も護衛たちが後ろに控えているのだが、先ほどから同情の視線が注がれているような気がする。
「私は社交会には行けません」
計画を嬉々と語っているグレイを遮り、キッパリと言い放つ。グレイはそんな事を言われるとは思っていなかったのか、唖然と口を開けている。断られると言うことに慣れていないのだろう。
「……なぜだ」
絞り出すように聞かれる。なぜもなにも、社交会など庶民が行く場所では無いのは田舎の子供でも知っていることだ。
「私は一般市民です。参加資格はありません。それに、社交会に着て行くものも生憎持ち合わせておりませんし」
生憎、と言うところを強調して伝える。少し嫌味に聴こえていると良いのだが。
「あぁなんだそんなことか。ドレスはこちらで用意する。報酬もはずむぞ。何も心配するな。それにお前は占い師として参加するんだ。一般市民ではない」
グレイはあっさりとのたまった。退路を全て塞がれた私はもう何も言い返す気が起きなかった。
「左様ですか……」
「週末までにドレスを見繕わなればな。早速明日、うちの護衛を貸すから仕立て屋に行くといい」
グレイが後ろに立っている護衛たちを顎で示す。まさかドレスを一から作るのか。貴族の発想は恐ろしい。私はもうなるようになれ、と言う気持ちでグレイの言葉に頷く機械のようになっていた。
「と、言うことで明日はヴァレットが迎えに来るからな、準備をしておけよ」
「あ、はい……」
確か遠い国の童話にこんなお話があったような…。半分話を聞いていなかったジルは最後の言葉だけを拾い、辛うじて返事を返した。
「あれ、ヴァレットさんが迎えに?ドレスならデイビーさんの方が分かるのでは……」
不思議に思い問うてみる。
「私は先に仕立て屋に行っています。色々と打ち合わせとしておかないと間に合いませんからね」
背筋をピンと伸ばしてデイビーが答える。グレイの命令に奔走し慣れている感がすごい。私は思わずキリッと引き締まったデイビーさんに見惚れた。強い女性って好きだ。
「そうなんですね。ではヴァレットさん、明日はよろしくお願いします」
「あぁ」
短い返事が返ってくる。数日前に話した時はもう少し饒舌だった気がするので、あの時のは演技だったのかもしれない。やはり心に仮面を付けている人は何を考えているのか解りづらい。
「あいつは誰の前でもああなんだ。まったく、お前にどうにかして欲しいくらいだな。息が詰まる」
呆れた態度でそう言うグレイだが、どっちもどっちだな、と私は2人を交互に見やった。
「本人に心を開く意思が無ければ私は何も出来ませんよ」
「そうなのか、不便だな」
失礼なことを言うグレンに思わずジルは冷たい目を向ける。
「そういえば」
今更気づいたことに自分でも自分の事が嫌になりつつ、グレンに疑問を投げた。
「私は社交会に行って何をすればよろしいのですか?」
本当に今更だ。まあ聞くタイミングもなかった様なものなのだが。
「それだがな、お前には御令嬢たちの本質を見てもらい、その中から良さそうな者を選ぶ、と言う作戦だ」
私賢いだろう、と聴こえてきそうなほどグレイは胸を張ってドヤ顔を披露している。
「何を持って良さそう、と判断したら良いのでしょう……」
「それはまぁ…あれだ。優しそう、とかか?」
質問に質問で返されても困ってしまう。
「グレイ様の好みなどが分からなければ誰が良さそうな人か分かりません。それに、本質と、グレイ様との相性が良いかどうかはまた別のお話ですし…」
もっともな事を言われたグレイはウグゥ、と喉を詰まらせている。護衛たちも主人に気付かれない程度にうんうんと頷いていた。
「それでも良いんだ!着いて来い!」
また我儘を言っている。こんなに幼稚では誰もお嫁に来てはくれないのでは?私は一気に不安になってしまった。もしグレイの相手が見つからなければ、こう言うことがずっと続くのだろうか……。
並んでいる護衛たちも心なしか遠い目をしているように見える。本来ならグレイの周りの者がなんとかしなければいけない事だろうに。立場故に誰も彼に口出し出来ないのだろうか。
私は諦めを多分に乗せたため息を吐き、グレンに条件を突きつけた。
「一度だけです。良いですか?一度だけ着いていって、御令嬢たちの本質を見ます」
「なんだ、一回限りとはケチだな」
本来なら出張営業などしていないのだ。これでも特別譲歩しているつもりなのだが、グレイは不満らしい。
「それともう一つ」
「まだあるのか」
「私は最初から申している通り、見るだけです。それをグレン様に伝えはしますが、最終的に決めるのは貴方です。それは御了承ください。結果がどうであれ、私に責は無いと」
出張までして働いて最後に文句を言われてはたまらない。ここはハッキリさせておかないと。私は普段より二割ましに鋭い目つきでグレンを見つめた。
「む…良いだろう。社交会で見てもらうのは今回一回きり。誰を嫁にするか決めるのは私だ。お前に責任は無い」
思ったよりあっさり条件を飲んでくれて、ホッと胸を撫で下ろした。これで断られていたら厄介な貴族とかなり長い付き合いになっていた所だった。
「ではそろそろ行くか。明日また同じ時間にヴァレットを寄こす。またな」
冷めてしまったお茶を飲み干すと、グレイ御一行はぞろぞろと店の外に出ていった。
特に騒がしい訳では無いのだが、あの人たちが来ると一気に体力を持っていかれる。私は定位置の椅子に戻り、ぐったりと体をカウンターに預けた。
ありがとうございました!