第95話 いつかのどこか
穏やかな風の中、愛らしい少女の声が響いている。
「えい! やあ! とお! どうかな、ユリウス?」
少女は木刀を片手に同じく木刀を持っている赤髪の青年に向かって打ち込んでいる。
「はは、まだまだですよアーシャ様。これならどうです?」
青年は少女の打ち込みを軽く捌いて、反対に受け難い角度で緩やかに木剣を突きつけた。
「う、これは難しい。参りました」
少女は一度木刀を納めて、青年に対して礼をする。
「ははは、この前から稽古を始めたにしては随分な上達です。それにしてもどうして剣の練習を始めたくなったのですか?」
「うーんとね、この前またお母様に本を読んでもらったの。そこに格好良い剣士様が出ていたの」
少女、アーシャは目をキラキラとさせて青年に説明をする。
よほどその登場人物に影響を受けたのか、言葉に熱がこもっている。
「ははーん、なるほど。あの人のことですね。いえ私も詳しくは知らないんですが相当の腕前だったと」
青年、ユリウスは腕組みして納得したように頷いた。
「そうなの、物凄いの! むねんむそうなの!」
アーシャは両手を上げてキャッキャとはしゃぐ。
「お、難しい言葉を知っていますね。無念無想、私程度では到底その域には至れませんが、できる限りでアーシャ様にお力添えしましょう」
そう言って青年は改めて木剣を構えなおす。
「! はい、よろしくお願いします!」
少女は元気よく答えて、再度打ち込みを始めた。
それを遠くから眺めている視線が2つ。
「よろしかったのですか? 剣の稽古を始めるのはもうしばらく後でも良かったのでは?」
赤髪の青年と同じ年頃の青い髪の少女が、木陰で佇んでいる女性に声をかける。
木陰には簡易机と椅子が容易してあり、机の上には先ほどまで手に取っていたのか分厚い本が一冊置いてある。
「いずれは学ぶべきことだし、始めたいと思った時がその時なのだと思うわ。いつかはアグニカルカを統べる者として向上心があるのは嬉しいことよ」
女性は、青年と少女の稽古の様子を微笑ましく見つめている。
「そういうものですか」
「そうよ。……ただ、あの刀剣バカみたいに拗らせ過ぎないようには気をつけててね」
誰かを思い浮かべて頭が痛くなったのか、女性はこめかみを人差し指で軽く押さえて傍らの少女に言う。
「は、はい。注意します」
青髪の少女は苦笑いを浮かべながらそれに了承した。
「何事にも限度というものがあるものよ。一つの剣才も、行き過ぎてしまえば世界そのものを斬ってしまうんだから」
女性はそう言いながら、机の上の本を手に取った。
彼女が目を通すのは、星をも斬ろうとした愚か者の話。
罪の在り処すら見失い、荒唐無稽な道にしか救いを見いだせなかった哀れな人形。
しかし、その在り方は、誰の目から見ても美しかった。
陽光の下、カンカンカン、と心地よく乾いた音が響き渡る。
これより語られるは、夢のような理にしか縋れなかった、あるお人形の物語。




