殭屍《キョンシー》の行く手を阻止しよう
崖に挟まれた道に、殭屍の大群がいる。それは少しずつ前進していた。
「おいおい、嘘だろ!?」
朱雀の力で空に浮く爛 梓豪たちは、殭屍の進行方向を確認していく。
隣で浮く全 紫釉と顔を見合せながら、事態の把握に乗り出した。
「朱雀、俺を、あいつらの最後尾辺りまで運んでくれ」
そう願うと、朱雀はかん高い鳴き声とともに彼をどこかへと連れていく。
連れて行かれたのは、崖に挟まれた道よりもずっと西だった。そこはすでに禿王朝の土地ではなく、他國となっている。
その場所から、殭屍たちは地面から次々と出てきていた。
「……うげっ。とりあえず、戻るか」
殭屍の大行進など、聞いたことすらない。それを目の当たりにしながら、彼は朱雀とともに全 紫釉たちの元へと戻っていった。
「阿釉! 獅夕趙!」
待機している二人に、見てきたことの説明をする。
「……なるほど。他國から侵略してきたということですか」
「侵略かどうかは知らねーけど、国境を超えて来てるのは間違いねーよ」
朱雀を全 紫釉へと返した。
美しい人は頭の上に乗ってくる朱雀に頬を緩ませ、軽くつついている。けれどすぐに表情を強張らせた。
「理由はどうあれ、このままでは蘇州・山塘街が危ないことには、変わりません」
「阿釉、どうするんだ?」
──阿釉のことだから、すでに何かを考えてはいるんだろうな。
全 紫釉の頭のよさは、嫌というほど知っていた。幾度となく助けられたりもした。だからこそ絶大な信頼をよせ、呑気に空中で胡座をかけるというもの。
爛 梓豪は、ふあーと大きなあくびをかいた。
「……外叔父上、それから爛清、殭屍たち全員を、あの崖まで誘導できませんか?」
「崖? できたとしても、何をするんだ?」
意図の読めない提案に、彼は頭を軽くかく。
崖に挟まれた道を見れば、殭屍たちが群がっていた。最初に見たときよりも増えていて、すでに崖を超えて青秀山へと侵入してしまっている。
「簡単なことです。殭屍たちを、あの狭い道へと誘い出す。それだけでいいんです」
銀髪を靡かせながら崖を指差した。
崖を進む殭屍たちは、狭い道に苦戦しているよう。両腕を胸のあたりにまで持ってきて、ピョンピョン跳ねる。その結果、腕が邪魔をして前を進む殭屍に当たったりしていた。
「あそこに殭屍を集め、崖の上から大きな岩を落とすんです。そうすれば、殭屍を一網打尽にできると思います。名づけて、【挟んで落としてご臨終作戦】です」
微妙な作戦名だったけれど、本人は胸をはって語る。
爛 梓豪は、苦笑いしてしまった。それでも愛しい人が考えた名前ならばと、笑って誤魔化す。
全 紫釉の長い銀髪を撫でてあげれば、ふわふわとした柔らかな感触があった。
──牡丹とか躑躅っていう名前があったから、感性はいいはずなんだけどなぁ。
作戦名を思いだし、吹き出しそうになってしまう。けれどここで大笑いしたら、全 紫釉は機嫌を損ねること間違いないのだろう。
そうならないために、言いたいことを胸の内にしまった。けれど……
「ガッハッハッ! 阿釉、お前は名前のつけ方の感性が終わっているな?」
「あんた、空気読めよ!」
「うん? 何を言っている? 空気は吸うものだぞ?」
「そうじゃねーよ。そうじゃなくて……」
「ガーハッハッハッ! 爛 春犂の弟子は、そんなこともわからんのか?」
そう、大笑いしたのは獅夕趙という二つ名持ちの仙人、黒 虎明だ。彼は大剣を右手に持ち、腹を抱えている。
容赦のない一撃を全 紫釉に食らわせ、爛 梓豪の頭を悩ませていった。
「……や、やっべぇー。こんなに話が通じない人、初めてだよ。って、阿釉……」
全 紫釉を見れば、ぷくぅーと頬を膨らませて、大きな瞳に涙を溜めている。
「あ、阿釉、大丈夫だって。俺は、なかなかにいい感性してるって思うぞ? うん!」
「……! そうですよね!? わかりやすくて、いいですよね!?」
「お、おう!」
──よかった。阿釉の機嫌が、よくなった。悪いままだと、作戦すら行えないだろうからな。
拗ねた全 紫釉もかわいいなと、心の中でほくそ笑む。
「それで阿釉、俺たちはどうすればいいんだ?」
気をとりなおして、全 紫釉を凝視した。
「……殭屍をできる限り、あの細い道に誘導してください」
それは爛 梓豪に。ではなく、黒 虎明へと送った言葉だった。
男の持つ大剣を指差し、今度は蘇州・山塘街に視線をやる。
「外叔父上、あなたの力で、蘇州・山塘街がわに流れてしまっている殭屍を、押し戻すことは可能ですか?」
押し戻す。この言葉に、尋ねられた男だけでなく、爛 梓豪までもが首を捻った。
男は大剣を片手で持ち、軽く空を斬る。瞬きしたのち、全 紫釉を注視した。
「押し戻す、とは。何とも奇妙な言い方だな?」
「ふふ。外叔父上の力を信頼しているからこそ、そう言ったんです」
お互い、一歩も譲る気配のない押し問答を繰り広げる。
全 紫釉は妖艶な笑みで場に圧をかけ、黒 虎明はそれを物ともしない素振りを見せていた。
けれどすぐに、全 紫釉の表情が砕ける。両手をポンッと合わせ、穏やかに笑んだ。
「こうしている間にも殭屍は刻一刻と、蘇州・山塘街へと近づいています。その殭屍たちを外叔父上の力で、この崖……狭い道まで押し返してください」
「……なるほど。つまりはすべての殭屍を、崖よりも町がわへと近よらせるな。ということか?」
「はい。お願いします」
銀髪を耳にかけ、黒 虎明と向かい合う。
男はふっとはにかみ、腕をぐるぐる回した。
「よかろう。この俺……獅夕趙の二つ名は伊達ではないということ。今すぐに証明してやろう!」
黒 虎明はそう答えながら地へと降りていく。
「あっ、外叔父上! 数が数なので、一人では無理だと思います。先ほど町にいる黒無相へ連絡をしましたから、協力してください!」
「心得た!」
野太い声が響くと同時に、男の姿は見えなくなっていた。
残されたふたりは、朱雀の力で空に浮いたままとなっている。
「阿釉、俺たちはどうするんだ?」
素朴な疑問をぶつけた。
すると全 紫釉は髪を押さえながら、崖を指差す。
「殭屍を一斉に潰すため、あの崖の上に行きましょう。左右に一人ずつ待機しまょう」
「……それはいいけど。崖の上からどうやってやつらを?」
少しずつ移動をしながら語らった。
ともにいる全 紫釉は、大きな瞳を崖へと向けている。
「岩があれば一番なのですが、そう都合よく置かれてはいませんからね。でも幸いなことに、崖の上にはたくさんの木々があります」
「うん? ということは、あの木々を斬り倒して、殭屍を下敷きにするってことか?」
「はい」
曇りのない、悪意すら感じられない笑みで、彼の考えを肯定した。
「ひょっ……」
全 紫釉の容赦ない残酷な提案に、爛 梓豪は身震いしてしまう。顔を青ざめ、ぶるっと全身が凍える瞬間を味わった。
──大胆すぎっていうか……まあ、阿釉らしいけどさ。
冷や汗をかく爛 梓豪は右へ。
そして笑顔の全 紫釉は、左の崖の上へと降り立った。




