黒き族の熱血漢
ひととおり喋り終えた朱雀は、なくなった尻尾を悲しそうに見つめていた。
『わたし、翼宿に何かしちゃったのかしら? 顔も見せてくれないし』
つぶらな瞳で全 紫釉たちを凝視する。翼を大きく広げ、ふうーと疲れた様子で両眼を閉じた。
朱雀の落ちこむ姿は非常にかわいらしく、全 紫釉はついつい構いたててしまう。
「なあ阿釉、翼宿って?」
話の流れにおいていかれてしまっている爛 梓豪が、全 紫釉の袖を軽く引っぱった。
瞳はキラキラとしていて、興味深々のよう。
「そう、ですね。どう説明すするべきか……朱雀の尻尾の話はしましたよね?」
「……ん? ああ。確か尻尾がなくなったから、力が半減したんだよな?」
「ええ。そうです。その尻尾が、翼宿と呼ばれる部分なんです」
翼宿とは、朱雀七星と呼ばれる存在だ。七つの星の元、東西南北それぞれに宿命を背負う存在でもある。
「翼宿というのは、朱雀を現す名です。朱雀などの四神には、身体のそれぞれの部位に名を持っています」
「え? つまりは……どういうこと?」
彼は手持ち無沙汰からか、全 紫釉の髪を弄りはじめた。器用に黒髪の部分を三つ編みにし、持っていた布で縛る。
全 紫釉はそれを咎めることなく、照れたように頬を赤らめた。彼が弄った部分を嬉しそうに撫で、ゆっくりと頷く。
「翼宿……いえ。七星とは、神獣の体の一部を意味します。今回朱雀は尾をなくしていますが、翼宿はその尻尾の部分を意味します」
「へえ……ん? じゃあ、その翼宿はどこに? まさか、尻尾だけが独り歩きしてるとか?」
現実から離れたような絵面を想像してしまったようで、彼は笑いを堪えてしまう。
「絶対、ろくでもないことを想像してますよね? ……ともかく、四神にはそれぞれ七つの宿が存在していす。役割は様々で、なかには心臓を現すものまであるそうです」
目の前にいる朱雀の翼宿は、名前から翼を連想されることがあった。けれどこれは星座の場合で、翼の部分を意味している。
「私が言いたいのは本体ありきの、翼宿です。簡単に言うと星座のことではなく、実態を表したとき……今のような状態を言います」
感情のない瞳と声で語った。
──朱雀の方位は南。火を操り、夏に力を発揮する鳥だ。その力は尾の長さ、数によって違ってくるって聞いたことがかる。
鳥の頭を優しく撫でた。鳥はかわいらしく小首を傾げ、チチチッと鳴く。
「……難しいことは、私もよくわかりません。ただ、翼宿がいないということが、今回の幽霊騒動を引き起こした原因にもなっているのでしょう」
「……な、なるほど?」
彼は口笛を吹かせながら、明後日の方を見ていた。額から汗を流し、なるほどねーと、わかったかのような態度をとっている。
──絶対に、わかってないよね? まあ、私も混乱してるし。
知らないことをすぐに理解しろというのは、無理があるだろう。彼の心に同調しつつ、苦笑いだけが増えてしまった。
腰をあげ、朱雀を頭の上に乗せる。
朱雀に、翼宿の気配がある場所を尋ねた。すると朱雀は、翼を青秀山へと向ける。
全 紫釉たちは頷きあい、青秀山のある方角を直視した。
「……ともかく。このことを、役所の人にお伝えしておきましょう。……どちらにせよ、青秀山に入る必要はあるでしょうし」
朱雀のふわふわな羽毛を堪能しながら踵を返す。そして彼と視線を交わし、肩にかかる美しい銀の髪を払いのけた。
□ □ □ ■ ■ ■
翌朝、ふたりは役所の主の部屋へと訪れた。
男に昨晩起きたことを話し、これからについてを伝える。
「──朱雀の半身を取り戻さない限り、幽霊騒動は続きます」
それを終わらせるためには、青秀山へ行く必要があると口述した。
男は汗をかきながら「まさか、そんなことになっていたなんて……」と、驚いている。
「わ、わかりました。山に入れるよう、手続きをいたします。今日の午後には、通行手形をお渡しできるかと。ただ……」
男の顔中は汗まみれだ。
「今の青秀山は、非常に危険な状態です。凶暴化した霊だけでなく、殭屍までもが徘徊していると聞きます。そのようなところに、おふた方だけで行くのは危険かと」
いくら爛 梓豪が仙人になったとはいえ、殭屍という存在は手にあまるようで……不安視している。
そんな男の言葉に耳を傾け、全 紫釉は考えた。
──無理もない。仙人になりたての爛清では、苦戦するのは必須。修行を重ねた叔父上ですら、一体倒すのに苦労するらしいし。
どうしたものかと悩む。ふと、そのときだった。
廊下の方が騒がしくなり、大きな足音がする。それは徐々に近づいてきて、部屋の前でピタリととまった。
役所の主でもある男は驚き、何事だと付き人に尋ねる。すると扉が勢いよく開けられた。
そして……
「──安心しろ。俺様が同行してやろう!」
身長はゆうに百九十は超えていよう大男が、低い声とともに、我が物顔で現れる。
肩ほどまでに切られた黒髪、切れ長の目。そして左の額から目にかけて、大きな傷があった。
つり目ではあるけれど、比較的整った顔立ちの男のよう。身長を裏切らないガタイのよさを示しているのか、大剣を背負っていた。
黒の漢服に身を包む男は、白い歯を見せては部屋の中を進む。そして全 紫釉と爛 梓豪の後ろでとまった。
「は? えっ!? な、何でここに……うわっ!?」
全 紫釉は驚愕しながら、立ち上がろうとする。
「わっ! ちょっ、え!? ……な、何でここにいるんですか!? 外叔父上!」
大男は全 紫釉の言葉を遮った。その細い体を軽々と持ち上げ、抱っこしてしまう。
──何でここに外叔父上が!? というか、降ろしてほしい。
なぜ、どうしてと問いかけようとするけれど、大男は豪快に笑い飛ばすばかりだった。
「細かいことは気にするな。それよりも喜べ! この俺様が、一緒に山へ行ってやろう」
「はい!?」
抱き抱えられたまま全 紫釉は、ほうけてしまう。
そんな彼をよそに、大男は全 紫釉を自らの肩に乗せた。そして自分を親指で指し、がハハッと大笑いする。
「この俺、黒族の長である黒 虎明こと、獅夕趙が、お前たちの身の安全を保証してやろうぞ──」