最終試験開始
鬼園での休暇を終えた翌日、仙人昇格試験が始まった。
全 紫釉たちは崑崙山へと向かう。他の道師たちと一緒に待ちながら、ともに気持ちを確かめ合っていた。
ただそれは、端から見れば、人目も憚らずにイチャイチャしているだけのようで……
「ふふ。爛清、前髪跳ねてますよ?」
「うえっ!? 本当か!?」
全 紫釉は彼の前髪に触れ、そっと直してあげた。ふふっと微笑み、彼の子供っぽい部分に酔いしれる。
「阿釉は本当に気が利くな。きっと、いいお嫁さんになれるぞ?」
「お、お嫁さんだなんて……そ、それに私はもう、あなたと結婚して、ます、し……」
「ひょーー! 阿釉が、めちゃくちゃかわいい!」
耳の先まで真っ赤になる全 紫釉は、もじもじとした。ゴニョゴニと言葉を詰まらせ、しまいには頬を火照らせて柔らかく微笑む。かと思えば大胆に、彼の頬に唇をよせた。
彼はそんな全 紫釉の姿が愛らしいとすら言い、嬉し涙を流している。銀の髪を指に巻きつけ、そのまま口づけた。
最終的にふたりは人目もなど気にすることなく、お互いのよいところや好きになった場所などを語り尽くす。腕を組みはしなかったけれど、一週間ほど前とは比べものにならないほどに距離感がおかしくなっていた。
休暇の前、人前でこのようにふたりだけの世界に入ることはしばしばあった。けれどこのように、無駄に触れ合っては素直になる。このようなことは一週間前まではなかった。
特に全 紫釉という、美しい人物の代わり様がすごかった。
「ば、爛清、皆見てますから……」
酒に酔うように。火照った頬と、優しい笑顔を彼に見せている。
「ん? じゃあこれ終わったら、ふたりだけで抜け出そう」
「……っ! は、はい!」
全 紫釉のあまりにも素直な返答に、周囲の者たちはざわつきはじめた。
そんな他者の中にひとり、勇気を振り絞って手を挙げる者が現れる。
黄色の服を着た青年だ。青年の名は黄 珍光。黄族の中では比較的まともで、唯一話の通じる人物でもある。肩ほどまでの黒髪を揺らしながら、ふたりに近よっていった。
「爛兄、全兄」
気さくに話しかけてくるのは、黄 珍光だ。片手をふりながらふたりのそばまで行き、ニコニコと笑顔で話してくる。
「ん? おお、阿光か」
「ふたりとも、何かあったんッスか? 何か一週間前よりも距離が近いってか……何でそんなにべったりなんッスか?」
黄 珍光は若干、引き気味だ。周囲の者たちの気持ちを代弁したからなのか、皆が頷いている。
しかし当の本人たちは平然としていた。
爛 梓豪は全 紫釉の肩を抱き、左手で腰を引きよせている。
全 紫釉はそれに怒る様子はなく、むしろ顔を赤くして嬉しそうにしていた。
「……いやいやいや。全兄、その態度はあからさまッスよ」
どう反応したらいいのかと、黄 珍光は困りはててしまう。その場にいる者たちに助けを求めようとしたようだけれど、皆そっぽを向いてしまった。
「あんたら酷いッスよ!」
変なことに首を突っこんだのかもしれないと、周囲に当たり散らす。すると爛 梓豪に肩をたたかれた。
「聞いて驚くなよ? 俺たち、結婚したんだ」
「へえ……結婚ッスか。そりゃあ、おめで……ん?
え? けっ、こん?」
「そう。俺の故郷で祝言あげたんだ。な? 阿釉?」
全 紫釉の頬に軽く口づけをする。
全 紫釉は耳の先までトマトのように真っ赤にさせ、縮こまってしまった。そして彼の言葉を肯定するように頷く。
「いろいろあってさ。俺と阿釉は、晴れて夫夫になったんだよ」
えっへんと、鼻高く話すした。
するとその場にいた者たちすべてが「えー!?」と、驚愕の声をあげる。
女性のなかには爛 梓豪を狙っている者もいたようで、泣いてしまう人もいた。
男性は全 紫釉の美しさに惚れて、好意を抱く者もいる。未だに全 紫釉を女性と思いこんでいる者もいて、爛 梓豪に怨み節を放つ人もいた。
男女ともに人気があるふたりのようだが、肝心の彼らはお互いのことしか見えていない様子。周囲が阿鼻叫喚になっているというのに、ふたりだけの世界に入っていた。
爛 梓豪が全 紫釉の細腰を強く抱き、髪を指に巻きつける。
「阿釉、俺から離れるなよ?」
「は、はい」
彼の頼もしい声につられ、全 紫釉は溶けたような微笑みでいっぱいになった。
──き、緊張する。ああ。爛清の心臓……鼓動から、緊張が伝わってくる。
これが愛するということなのかと、全 紫釉は改めて実感した。
そのとき、太鼓の音が鳴る。次々と白服の者たちが現れ、横一列に並んだ。そして糸目の男、爛 春犂が岩の上に登る。
全 紫釉たち修行者たちは、経緯を払いながら拱手した。
「皆のもの。面を上げよ」
爛 春犂の低くて太い声が轟く。
「第二試験、ご苦労であった。今から名を呼ばれた者を合格者とし、最終試験へ挑む権利を得られる。早速発表しよう」
全 紫釉、爛 梓豪、そして黄 珍光のさんにんは、無事に合格。それ以外にも数十人が次へと挑む権利を得ていた。
「第二試験に落ちた者は、早々に山を降りられよ」
約二十名近くが肩を落とし、泣きながらその場から消えていく。それを確認した爛 春犂は、強く咳払いをした。
「……さて。最終試験の内容を発表する」
誰もが唾を飲み、静まり返る。
「最終試験の内容はふたつ。ひとつは筆記試験。そしてもうひとつは技術並びに、実技試験とする。試験は明日からだ。今日は勉強するなり何なりしなさい」
淡々とした口調で提示すると、踵を返してどこかへと行ってしまった。
残された全 紫釉とは、互いの顔を見合せる。そしてふたりはへらりと笑い合った。
かと思えば、同時にその場にしゃがんでしまう。
「……ひ、筆記試験!? 嘘だろーー!?」
「実技……もとい、体力試験かぁ」
爛 梓豪は覚えるのことが苦手なのか、ずっと「筆記試験は嫌だ」と唱えていた。
そして全 紫釉もまた、実技という難題に頭を悩ませてしまう。
「阿釉! 俺に勉強、教えてくれ!」
藁にもすがる思いのようで、全 紫釉の肩を揺らしていた。
「……教えるのは別に構いません。それで、あなたが合格できる確率が上がるのならば、嬉しいですし」
──問題は、私自身の体力だ。実技となると、自ずと体力勝負になる。そうなってしまえば私は……
確実に落ちる。
それでもここまで頑張ったのだから、最後まではやってみよう。そう思えるくらいには、自身の体と向き合えてはいた。
ただ、限界というものは確実にある。
全 紫釉は自分の合格は早々と諦め、全力で彼の昇格に力を注ぐことにした。