幸せはふたりの手で
洞房=新婚生活を送る寝室
朱い婚礼衣装に身を包んだふたりは、ゆっくりと部屋の奥へと歩いていった。
そんな彼らは元々見目がいいため、着飾っただけで黄色い声が飛び交う。
爛 梓豪は母親譲りの黒髪と、切れ長の瞳。整った目鼻立ち、大きな肩幅、すらりと伸びた手足など。黙っていればいい男を貫く様は、実に見事だった。
そして主に、女性からの声援を集めている。
花嫁の全 紫釉は陽に溶けるほどの薄い色素を持つ髪で、非常に神秘的だった。さらには女性のように美しい顔立ちに加え、儚さと蠱惑な色香を醸し出している。
こちらは、男性の喉を鳴らすほどだ。
どちらもが美しく端麗な姿で、それぞれの特徴がよく出ている姿に仕上がっている。
そんなふたりは互いの顔を見合せ、頷いた。
式場の奥まで進んで足をとめ、数回拱手する。
耳を済ませば会場の外からは、爆竹の音がしていた。この國禿では、結婚式で爆竹を鳴らす風習がある。それは妖怪が住む町も関係なく、民衆が愉しく行っていた。
「はは。外じゃあ、すっげぇお祭りだな」
「ふふ。そうですね」
爆竹のおかげか。ふたりの強張っていた表情は、自然と和らいだ。
「……にしても、予想以上に参列者いるな」
今回の式に参列しているのは鬼 伊橋だけではない。
親の欲望に巻きこまれた橋 鈴藤をはじめ、位の高い貴族たちが参加していた。
そして何よりも、今回の事件の首謀者でもあろう男──牛の角を生やした妖怪──が、参列している。男は悔しそうに唇を噛みしめ、憎悪丸だしの表情をしていた。
それに比べて全 紫釉がわは、白無相と白月しかいない。
「阿釉の方は、ふたりだけ? いいのか?」
彼の疑問はもっともだった。
いくら急遽決まったこととは言え、新婦がわの参列者がふたりだけというのは悲しいものがある。敵を欺くための式だったとしても、これではバレるのも時間の問題なのではないだろうか。
そう、質問する彼へ、全 紫釉は首を軽く左右にふって否定した。
「多分、バレないと思いますよ?」
少し困ったように眉をよせた。
「ん? 何でだ? ……あれ? お師匠様来てたのか。ってか、あれは誰だ?」
ふと、参列者を見ていた彼の視線は止まる。
全 紫釉も一緒になって視線の先を注視した。
白月たちのいるがわの反対……爛 梓豪の参列者だ。そこにはもうふたり、見知った顔がいる。
──叔父上、髪の毛ボサボサ……連絡受けて、急いで駆けつけたのがわかる。
申し訳ないなと、全 紫釉は心の中で苦く笑った。
「叔父上についてですが、私の叔父上ということは秘密にしてあります。必然とあなたの参列者になるのは仕方ないことかと」
ひとりは実叔父の、爛 春犂だった。男の糸目は少しばかり開いているよう。じっとふたりに視線を送っていた。
「……ひょっ! お師匠様、いたのか。ってか、額に血管浮いてる気がする」
背筋が凍りついてしまったようで、彼は身を震わせてしまう。
──爛清のせいではないのに...…後で、しっかりと叔父上に弁解しておこう。
男の表情を見るに、爛 梓豪が怒られるのは必然だった。このままでは彼がかわいそうだと思い、手助けをすることを決める。
「なあ阿釉、お師匠様の隣にいる人、誰か知ってるか? 俺のがわってことは、城の関係者なんだろうけど……」
「…………」
結婚の儀式を執り行いながら、ふたりの視線はその人へと注がれていった。
爛 春犂の隣には、誰よりも背の高い男がいる。長い黒髪を三つ編みにした、切れ長の瞳を持つ美丈夫だ。品のある出で立ちや伸びた背筋から、高貴な存在ということが伺える。
爛 春犂と同じ青い服に身を包んだ男は、肩幅が非常に広かった。
そんな男はふたり視線が合うなり、目元をふっと緩ませる。
──うーん。急なことだったから来れないと思ってたのに……来てしまったか。
どう爛清に説明したものかと、悩んでしまった。なぜならこの男性の方が、爛 春犂よりも厄介だということを知っているから。
それを彼に伝えていいものかと、ため息しか洩れてこなかった。
数時間後、式は滞りなく終わる。参列者たちに見送られながら、ふたりは手を繋いで式場を後にした。
□ □ □ ■ ■ ■
※洞房と呼ばれる寝室は、山に面した洞窟の中にある。そこへ訪れたふたりは、さっそく盃を交わした。
結婚衣装を身に纏いながらの盃は、妙に甘く感じる。
全 紫釉は頬を赤らめながら、そう思ってしまった。
「……便利なところがありましたね?」
「ん? ああ、この洞窟か? 詳しくは知らねーけど、お袋と親父が結婚したときに使ってた洞房らしいぜ」
生活に必要な、最低限の家具は揃っていた。寝具は大きく、有にふたりは寝られるほど。調理器具をはじめ、一通りの食材も置いてあった。
「……準備、いいですね?」
「はは。お袋は口では怒ってたけど、めちゃくちゃ張り切ってたからなぁ」
結婚式の段取りから、この洞房まで。鬼 伊橋はせっせと用意をしていたと話す。
「親というものは何だかんだと言って、子の幸せを願っていますから。鬼 伊橋も母親として、そうなのでしょうね」
「んー? そういうものか?」
全 紫釉は向かい側に座る彼を見つめた。
爛 梓豪は楽しそうに、酒を杯へと注いでいる。最終的には瓶の先ごと口に入れ、ぐびぐびと呑んでいた。舌舐めずりをしては鼻歌を披露し、胡座をかきながらダバダバと呑み干す。
「相変わらず、お酒好きなんですね? ……それよりも爛清、橋 鈴藤の父親、この後どう出ると思いますか?」
豪快な彼の行動には苦笑いだけで済ました。そして表情を固くする。
「うーん。どうだろうなぁ。ってか……」
酒瓶をダンッと音をたてて置いた。
「やっぱり親父さん、俺の知ってる奴と全然違う。お袋も、親父さんの違和感には気づいてるみたいでさ。独自に調べてはくれてるっぽい」
「そう、ですか。そうなると今後は、あの男の出方次第、ですかね?」
「だろうな。こっちから仕掛けるにしても、何をどうすればいいのかわからねーし」
頭を掻きむしる。せっかくきれいに着飾った頭の飾りを取り、朱の衣を脱いでいった。
全 紫釉も彼につられるように頭の飾りすべて、衣は一枚だけ脱ぐ。
「……一応確認しますが、ここでは一週間私と過ごす。そう、でしたよね?」
──正直、一週間もふたりきりというのは……私の心臓が持たない。もちろん彼は、私を友として接してくれるだろうけど……
それでもフリではなく、本当に夫夫として。妻としての、何かを期待してしまっていた。
「お、おう。そう、だったな。ふたりだけ……お、俺の理性が持つことを祈る!」
「……え?」
理性というのは、どういうことだろう。何気なく、聞き返す。
すると彼は顔を赤らめ、そっぽを向いた。頬を掻きながら、チラチラと全 紫釉を見てくる。
「だ、だってさ……俺、阿釉のことが好きなんだぜ!? 好きな人と、ふ、ふたりきりで……その……」
全 紫釉へ妻としてのナニを求めるかもしれないと、声を小さくして言った。
それを聞いた全 紫釉は、一気にボボッと顔を真っ赤にする。汗ばむ手をぐっと拳状にして、高鳴る鼓動を抑えようと必死になった。
──い、意識されている!? つまりは私を、本当の意味で愛して……
さらに顔が赤くなってしまった。心の中で、躍りだしたい気持ちを抑える。左の手の甲をつねり、高鳴る鼓動を抑えようと必死になった。
そのとき、洞房の扉をたたく音がする。
ふたりは顔を見合せ、頷いた。
爛 梓豪が腰をあげて扉へと向かう。そして扉を開けた──瞬間、彼の顔にはゴツゴツした男の拳と、翳が飛んできた。
彼の体は悲鳴をあげる前に、ふたつの力によって吹き飛ばされる。
「ひょーー!」
勢いよく洞房の奥へと吹き飛ばされた爛 梓豪は、その場で目を回してしまった。