全 紫釉《チュアン シユ》救出作戦~再会~
爛 梓豪が建物へ侵入していたとき、捕らわれの身となっている全 紫釉が目を覚ました。
「……ふみゅう?」
しょぼしょぼと、眠たい目をこする。上品なまでのあくびをかき、動かない脳を無理やり覚醒させた。
「まだ、眠い……」
町を観光していたとき、誰かに眠り薬のようなものを嗅がせられてしまう。その後の記憶はなく、目が覚めたらここにいた。
頑丈な扉のある部屋のようで、たたいてもびくともしない。窓もなく、唯一外と通じているのは煙突だけ。
今が昼なのか。それとも夜か。それすらもわからないまま、全 紫釉は過ごしていた。
「暇すぎて寝ちゃってた。その間に、誰も来なかったみたいですね」
部屋にある唯一の出入り口。扉の方を見た。そこでは何本もの蒼い花が咲いている。
──誰かが扉を開けて中へと入れば、あの花は踏み潰されているはず。花が無事ということは、やっぱり誰もここには来てないってことになる。
「…………うーん。もしかして私は、放置された? そもそも、なぜ私を?」
誘拐までしたのか。何の得にもならないということを、自身は知っていた。
ボロボロになった牀の上で、品よく正座する。普段使いしている黒い衣がどこかへいってしまったということも忘れ、水色の華服の袖の中を探った。そこから、食べかけの饅頭を取り出す。それを少しだけ口に入れた。
「……ふふ。爛清がくれた饅頭、美味しい」
涙で視界が滲んでいく。それでも泣いてはいけない、頑張らなければと、涙を拭った。
──昔の私は、こういった状況になったら諦めていた。相手の思う壺であっても、抗うことなんかしなかった。でも……
今は違う。
爛 梓豪という青年が教えてくれたのは勇気。諦めない心と、前を向くことを思いの力に変える。
それは、目には見えない不思議な力だった。
窮地に立たされているというのに、ふふっと微笑むことができる。
──きっと彼は、私を迎えに来てくれる。だったら……
呑気に寝ている場合ではない。決意を瞳と唇に乗せ、重い腰を上げた。
そのとき、煙突付近から、何かが落ちてくるような……ドスンっという音がする。その音に混じるのは聞き慣れた猫の声だった。
「牡丹!? それに、躑躅まで……!?」
牡丹は、自慢の白い毛並みが埃や煤まみれになってしまっている。躑躅は黒い蝙蝠だったため、目立った汚れはない。
そして二匹とも目を回していた。
「……ちょっ、大丈夫!? ……こんな悪戯……あれ?」
二匹に近づく。ふと、気づいた。白い仔猫……牡丹が、ひとつの書簡を背負っている。
それを外して中身を見れば……
【阿釉、絶対に助けるから】と、筆で文字が書かれていた。
「これは爛清の字……」
書簡をそっと抱き、静かに「はい」と答える。その目には涙を溜めていた。
しばらくすると二匹を、煙突から帰らせる。そして目尻に溜まる涙を拭い、牀の上で正座をした。両手を握り、祈りを捧げる。
「──花よ。蒼き花よ。私は、花の主なり」
両手が蒼く輝いた。銀髪の中にある黒い部分は、うっすらと青に染まっていく。足元には淡い輝きを放つ光が現れ、仄かに温かった。
全 紫釉は慣れた様子で両目を閉じ、透き通る声で語り尽くす。
「彼に、私の声を届けて──」
──お願い。未熟で、この力を上手く操れない私だけど。今日だけは……今だけは、彼に届いてほしい。爛清の声が聞きたい。
美しく、それでいて儚い。女神のように神々しい姿で、花に願いをこめた。
『…………ゆ』
「……っ!?」
爛 梓豪の声が聞きたい。そう願った瞬間、花が応えてくれたようだ。
顔を上げれば、そこには待ちに待った人の姿がある。とは言っても、そこにいるわけではなく、幽霊のように姿を見せているだけだった。
それでも逢いたいと願った、大好きな爛 梓豪の姿だ。
全 紫釉は喜びながら唇を噛みしめる。
お互いが触れられない。それを知りながらも、ふたりは手を合わせた。
「爛清、私は無事です」
『……そっか。よかった。俺は今、阿藤の父親が建てた分館にいる。阿釉がそこに捕らわれているかもって情報を手に入れたから、潜入してやったぜ』
鼻を高くしながら、ニカッと白い歯を見せた。
「……あなたからの手紙、受け取りましたよ」
『お? 届いたのか? 牡丹たちに頼んで正解だったな。ということは、ここのどこかに幽閉されてるってのは間違いじゃねーな』
「はい。ただ、窓がないので、どの部屋かまでは……」
正座したまま、彼を見据える。
すると彼は首を左右にふって、大丈夫だと胸をはった。
『安心しろ。俺が近くまで来てるんだ。絶対に助けだしてやる』
うっすらとした姿の彼は、つねに何かをしているよう。腰を曲げたり、手を伸ばしては視線を下に向けてもいた。
全 紫釉は、彼の謎すぎる行動に小首を傾げる。
『よっと! ……あー、ここは違ったか』
「…………? あの? いったい何をしているんですか?」
不思議な行動をとり続ける彼に、たまらず尋ねる。
『んー? ああ、たくさんある扉開けたりしてるんだよ。ひとつひとつ開けて、阿釉の居場所を確認してんだ。ただ……』
「…………?」
彼の動きが止まった。飄々とした表情を消し、真剣な面持ちになる。
『この建物、外から見たら三階建てぐらいだったんだ。でも今俺がいるのは、その三階。おまけに、最後の部屋だ』
すべての部屋を確認したはずなのに、全 紫釉の姿がない。そのことに、頭を悩ませてしまっているようだっだ。
そんな彼を見つめながら、全 紫釉は考えてみる。
──三階建ての家で、爛清は最上階にいる。さらには最後の扉も開けている。だけど、私を見つけることができていない。ということは……
うがーと、八方塞がりで叫ぶ彼に、あることを告げてみた。
「……地下、あるいは屋根裏という可能性があります」
彼から貰った書簡を触る。大きさの違う字が並んでいることから、爛 梓豪の大雑把な性格が現れていた。
それを視界に入れながら、クスッと微笑する。
『……真逆の位置だな。両方探るには時間が足りない。どちらかを探ってる間に、阿藤の父親が来てしまう可能性あるし』
「……私がいるこの部屋、声や音がすこしばかり残響している気がします」
全 紫釉は大きな瞳で彼を見据えながら、口を開く。
『ざ、んきょう?』
初めて聞く言葉だよと、彼は腕組みしながら唸った。
「やまびこは知っていますか?」
『ん? ああ。山で【やっほー!】とか叫ぶと、声が返ってくるってやつだろ?』
「そうです。それは反響と言います。反響は、音や声を反射させる現象です。例えば、壁に石をぶつけたとします。そうすると、石は返ってきますよね?」
『……ああ、そうだな……あっ! そうか。壁を山にして、石を声で例えるとやまびこになるってやつか!?』
「ええ。多少、強引な例えにはなりますが……それで残響というものですが、やまびこのような音や声を、区別することができません。どっちも同じようで少し違う。これは、結構重要な気がします」
──ただ、これらがある場合、それなりに大きい部屋ということになる。
この部屋以外の大きがわからないため、比べようがなかった。そのことを伝える。
『うーん。よくわからないけど、普通よりも大きな部屋ってことか?』
「恐らくは……」
これ以上の情報もなく、ふたりは手詰まりになってしまった。
それでも全 紫釉は小さな希望を持って、彼にあることを伝える。
「爛清、これらのことを踏まえて言います。どこかに結界が貼られていて、見えないようにしてしまっている可能性も視野に入れてください」
『け、結界かぁ……そうなると、俺じゃあ無理だな……あっ!』
背中を丸めて脱力してしまった。ぱあーと笑顔になったかと思えば、全力で落ちこむ。
そんな喜怒哀楽が激しい爛 梓豪らしさが、全 紫釉の心を救っていった。彼を見つめながらふふっと微笑む。
「……爛清、白月と合流してください」
『うん? 何でだ?』
疑問を浮かべる彼をよそに、全 紫釉は決意を笑みとした。
「白月……いいえ。黒無相、そして白無相。このふたりの力があれば、結界を破ることは可能です」
自信に満ちた笑みを浮かべる。そして白と黒だからこそできる大技かあるのだと、端麗な顔に不敵な笑みを乗せた。




