全 紫釉《チュアン シユ》救出作戦~少人数で動きます~
鬼園の城にある王の間で、鬼 伊橋は睨みを利かせていた。
彼女の目の前にいるのは、町を巡回していた兵たちだ。全員が両膝を地面につかせ、拱手している。
「阿清から話は聞いたわ。あなたたち、何をしていたの!?」
翳で口を隠しながら、兵たちを見下ろした。スッと立ち上がり、玉座を一度見てから兵たちへと向き直る。
「この町で誘拐など、由々しき事態よ! 何よりも、誘拐された者が問題だわ。これが陛下の耳に入ってしまったら、この町は一瞬で滅びるのよ。いいこと!? 早急に、全 紫釉様を見つけだしなさい!」
覇気のある掛け声で、兵たちへと命を下した。
兵たちはバタバタと、急いで王の間を出ていく。
「……誘拐なんて、冗談じゃないわ。そんな犯罪、許されるものですか!」
玉座に腰かけ、ふうーと深呼吸をした。翳の取っ手を強く握り、苛立ちを顕にする。
「……あの男は、どこまで愚かなの? 自分の娘に手をあげただけじゃ飽き足らず、関係のない全 紫釉様まで巻きこむなんて……」
王の間を出て近くにいる兵たちへ、橋 鈴藤にお菓子をあげるよう命じた。
翳を持っていた腕をだらりとさせ、天井を見上げる。その瞳は怒りに燃えていて、幾度となく細められた。
「権力争いに、子供たちを巻きこむなとあれほど言ったのに! 本当に馬鹿な男ね……橋哥は──」
どこか、憂いを帯びた眼差しになる。それでもけじめは大事だと、まっすぐに前だけを見据えていた。
□ □ □ ■ ■ ■
「──宴、か。確かあの宴って異國の姫だかが、お呼ばれしてたんだろ?」
──また、ここでも銀妃か。いろんなところでたくさん名を耳にするけど……本当に何者なんだ?
茶杯を手に取り、ぐいっと烏龍茶を一気飲みする。真向かいに座る橋 鈴藤を見れば、腫れた頬に布を押しあてていた。
「……その頬、大丈夫なのか?」
「え? ええ。大丈夫よ。だいぶ、痛みも引いてきたし。ふふ。心配してくれてありがとう」
「…………」
彼女の笑顔は、かなりぎこちない。本当は辛くて悲しいのに、それを無理して笑顔を作っているかのように感じた。
けれど爛 梓豪は余計な言葉を飲みこみ「そうか」とだけ言う。
「……あのね阿清。さっきの話なんだけど……宴の席で、数人が殺されたって話は知ってる?」
「いや。初めて聞くな」
首を左右にふった。橋 鈴藤をじっと見つめ、彼女から話の続きが出るのを待つ。
「私も詳しくは知らないわ。ただ、その宴に参加した人たちの何人かは、不可解な死を遂げているそうよ」
「……不可解な死、ねえ」
「ただ、全員がそうじゃないみたい。お父様のように生きて帰ってきた人だっているわ。でも殆どの人が、別人のようになっていたって……」
「よく、知ってるな?」
その場に居合わせたわけでもないはずなのに、なぜ詳しいのか。
爛 梓豪は、持ち前の好奇心旺盛な心で尋ねた。
「老师に助けを求めた後に、老师 が調べたそうよ。お父様とは、盃を交わした義兄妹だもの。老师も、お父様が別人のようになってしまったことに引っ掛かりを覚えていたみたい」
「……ああ」
彼は納得したと、頷く。
「ところで、何で殺されたんだ?」
「確か……皇帝が、銀妃という姫に惚れてしまっていたのが原因って聞いたわ。その銀妃に、邪な気持ちを抱いたからとか……」
爛 梓豪の茶杯の中に、烏龍茶を注いでいった。
彼はそれを遠慮なく受け取り、再び飲み干す。そして意を決したかのように目を細め、彼女の表情を視界に入れた。
「……実はさ。俺が参加してる仙人昇格試験にも、銀妃ってのが関わってるっぽいんだよ」
「……? えっと、どういうこと?」
「実はさ──」
仙人昇格試験で起きたいくつかの出来事を、一通り話す。
話し終えると席を立ち、彼女を寝室まで案内した。そして別れた後、鬼園の城主にして自身の母親でもある鬼 伊橋の元へと向かう。
鬼 伊橋の部屋の前でとまり、軽く扉をたたいた。
「入りなさい」
「はい」
彼は扉を開き、拱手する。その姿勢を保ちながら、頭を上げることなく淡々と橋 鈴藤との会話内容を伝えた。
すると頭上からため息をつく声が聞こえたので、顔を上げる。
そこには鬼 伊橋がいた。椅子の膝かけに肘を置いて、青ざめたような、絶望したような顔色をしている。
心配になった彼は「お袋、大丈夫か?」と、顔をのぞきこんだ。瞬間、女性の両手が彼の首の後ろへと回される。そしてふくよかな胸部のある体に、顔ごと埋められた。
「んー! んー!」
──お袋、相変わらず豊満なことで。本当に百歳超えてんの? ってか、それよりも苦しい……
抱擁とは言い難いそれは、爛 梓豪から空気を奪っていく。苦しくなってジタバタとすると、ようやく解放された。
「ぜえ、ぜえ……何するんだよ、お袋! 危うく窒息死するところだったぞ!?」
ぎゃあぎゃあと、文句垂れる。
「……ごめんなさいね。我が子の温もりを、改めて感じたくなっちゃったのよ」
ほほほと、悪びれた様子もない。それどころか、この程度で苦しみを訴えるなど、貧弱そのものだとカツをいれてきた。
爛 梓豪はボサボサになった髪を手でとかす。恨めしい視線を向け、強めに咳払いをした。
「おふ……母上、少しばかり聞いてほしいことがあります」
「……その前に、私から謝罪させて。あなたたち子供を、大人の醜い争いに巻きこんでしまったわ。本当に、ごめんなさいね」
権力争いに子供を巻きこんでしまった負い目からか、今の彼女からは覇気というものが感じられない。美しく気高いままではあるけれど、眉が下がってしまっていた。
爛 梓豪は肩をすくませ、軽く苦笑いする。そして優しく、ゆっくりと首をふった。
「母上のせいでは御座いません。母上は、今も俺たちの味方でいてくれる。そうでしょ?」
「……ええ、そうよ。でも、女の子を怖がらせてしまった。関係のない全 紫釉様を、危険な目に合わせてしまっている。そして阿清にも、そのことで苦しみを与えてしまっているわ」
泣きそうなほどに目尻が潤んでしまっている。爛 梓豪の頭を撫でる手は、城主としてではない。母親の優しい温もりそのものだった。
爛 梓豪はそんな母の手を取り、静かに握る。そして持ち前の明るさで、白い歯を見せながら笑った。
「大丈夫だって。俺たちはもう、大人の庇護が必要な子供じゃないんだ。お袋が気に病むことはないよ」
仙人になる道を選び、ひとり旅立った。それが何よりの証だと、自ら証明してみせる。
「……ふふ。まだ子供だと思っていたけど、いつの間にか、こんなにも大人になっていたのね」
彼の無邪気とも言える笑みに、鬼 伊橋は絆された。ありがとうと、軽く彼を抱き締める。数秒後、そっと離した。真剣な面持ちで爛 梓豪と向き合う。
「阿清、よく聞いて。今回の誘拐は間違いなく、阿藤の父親が絡んでるわ。ただ、誘拐された全 紫釉様がどこにいるのか……」
「それなんだけどさ。阿藤が、思い当たる場所を教えてくれたんだ。自宅の東側に、最近建てた別宅があるらしい。建てたのに使ってる痕跡すらなくて怪しいって、阿藤が言ってたんだ」
そこに全 紫釉が捕らわれているのではないだろうか。
爛 梓豪は、教えられた場所に行ってみると告げた。
当然鬼 伊橋は、ひとりでは危険だと注意を促す。けれど……
「いや。兵を引き連れて大勢で行くと、かえって怪しまれる。俺、ひとりで行くよ」
──大事な阿釉が待ってるんだ。大勢で押しかけて、場所を移されたりでもしたら大変だ。それに、必ずそこにいるという保証もない。
早く、この手で触れたい。髪も、吐息も、あの美しくて儚い姿すらも、彼は一人占めしたいと願う。
そして決意の固さを瞳に乗せた。
「……わかった。気をつけて行ってくるがよい。ただ、ひとりだと本当に危ないわ。護衛をつけましょう」
「護衛?」
そう言うが早いか、鬼 伊橋は、スッと横に移動する。するとそこから、小さな影が現れた。




