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迫りくる闇

「そもそもさ。何で阿藤(アートゥアン)を、俺と結婚させようとしてるんだ?」 


 はあーと、机に顔を伏せながら、爛 梓豪(バク ズーハオ)は頭を抱えていた。


 爛 梓豪(バク ズーハオ)という青年は基本、明るい。誰とでも仲良くなれて、すぐにその場を明るくさせる性格をしていた。陽気で親しみやすい。

 少しばかりおっちょこちょいな部分もあり、お調子者かもしれない。

 それでも男として……何よりも人として、頼れる存在だ。


「……どちらかと言うと性格云々よりも、あなたの後ろ楯……その地位になるような気がしますね」


「地位? ……あっ! 城主か!」


「はい。おそらくは。その地位を欲する者にとって、あなたと子供を夫婦にするのはとても大切なことになりますから」 


 ──そうなると。自然と、誰がそれを求めているのかはわかる。ただ、なぜ今なのだろう? 彼が帰ってきたこのときを狙ってだとしても、都合よすぎな気がする。


 そう考えながら、すっと瞳を細めた。


「ひょっ!? 阿釉(アーユ)、怖い。その顔、怖いから!」


 そう口にする彼を見れば、珍しく正座をしている。体を震わせながら、涙目になっていた。


「……免疫、つけましょうよ?」


「無理! 美人が怒った顔って、めちゃくちゃ(こえ)ぇんだって! そういう顔見ると、自然と震えが……」


「えー? あなた、おかしくないですか?」


「ない! おかしくないぃー! お袋の怒りに満ちた笑顔思い出すから、嫌なんだよぉーー!」 


「……ああ」


 なるほどと、合点がいく。


 どうやら彼は、実母の怒った顔に恐怖を覚えてしまっているようだ。それは物心ついたときからそうだったようで、治しようもない恐怖なのだろう。


 ──爛清(バクチン)はときどき、私の顔を見ては、涙流してたから何だろうと思ったら……まあ、私が美人かどうかは怪しいけど。あれ? 私が美人? いやいや。私は男らしくないし、むしろ残念な顔なのでは?


 彼を注視した。

 爛 梓豪(バク ズーハオ)は机に伏せながら、滝のように涙を流している。

 そんな彼が情けないやら何やらで、全 紫釉(チュアン シユ)は肩をすくませた。苦笑いし、机に伏せてしくしく泣いている彼の頭を撫でる。


「あなたのそれについては、私ではどうしようもありませんよ。それよりも……」


 友だち作りの天才でもある爛 梓豪(バク ズーハオ)。彼の頭部にあるつむじをジッと見つめる。


 ──あ、爛清(バクチン)はつむじふたつあるんだ。ふふ。


「……ちょっと、阿釉(アーユ)ー?」


「あっ。す、すみません」 


 無意識に、彼のつむじをつついてしまっていた。顔を上げた爛 梓豪(バク ズーハオ)に咎められ、慌てて指を引っこめる。

 乾き始めている銀髪の端を軽く掴み、悪戯してしまったことを後悔した。すると……


「……え? ば、爛清(バクチン)!?」


 彼の指が、全 紫釉(チュアン シユ)の銀髪の中にある黒い一房に触れた。それだけを器用に選び取り、指に巻きつけていく。


「この髪、変わってるよな? 銀ですごくきれいだけど、ここだけ……両端だけ黒髪だし」


 黒髪の部分だけを三つ編みにしていった。結ぶ紐がなかったため、最後は手でとめる。

 意外と長いまつ毛をパチパチと動かし、全 紫釉(チュアン シユ)の髪から手を離した。


「……それは、私の父が黒髪だからだと思います。この髪の色は母から受け継いだもの。けれど父が妖怪であるため、その影響でここだけが黒髪になったと聞きました」 


「へえ……そう、なんだ。なら阿釉(アーユ)


 語り口のまま、全 紫釉(チュアン シユ)の隣に座る。そして気が抜けたように、頭から全 紫釉(チュアン シユ)の膝の上に落ちていった。


「ば、爛清(バクチン)!? な、何をして……」


「あー。阿釉(アーユ)は本当に、いい匂いがするなぁ。落ち着くー」


「……っ!?」

 

 彼は全 紫釉(チュアン シユ)の膝を軽く撫でている。

 その行為に、全 紫釉(チュアン シユ)は全身から火照っていった。


 ──爛清(バクチン)が私の膝を枕にして……わ、私の膝で……


 はわわと、かつてないほどに動揺する。耳の先まで真っ赤に染まった。高鳴る心臓を落ち着かせようと、自身の足裏をつねって精神を保つ。


「…………なあ、阿釉(アーユ)


 仰向けからうつ伏せに変え、楽しそうに鼻歌を披露した。両足を軽くバタつかせ、全 紫釉(チュアン シユ)の長く美しい銀髪を指に巻きつける。さらさらと流れる髪の毛を見つめながら、うーんと唸っていた。


阿釉(アーユ)の両親ってもしかしなくても、俺の親よりも偉かったりする?」


「……そ、れは……」


 彼の問に、全 紫釉(チュアン シユ)はどう答えたらいいのか悩んでしまう。


 ──この町の城主に命令できる存在は、ただひとり。冥界の王だけ。私がその息子という事実を知れば、彼は逃げてしまうだろう。

 

 下手をすれば、いままでのように気さくに話しかけてくれなくなる。

 彼の性格上、身分を重んじる部分が少なからずあり、膝をついてしまうだろう。


 ──嫌だ。私は、あなたと対等でいたい。爛清(バクチン)の笑顔も、声も、何もかもを私だけが……


「──こら、阿釉(アーユ)! 眉間にシワがよってるぞ?」


 独占欲を心の奥から掘り出してしまったとき、彼に眉間をつつかれてしまう。少しだけ強めにぐりぐりされた。 

 頬を膨らませ、爛 梓豪(バク ズーハオ)の体を軽くぽかぽかとたたく。


「ちょ……何をすんですか!?」


「あはは。いつもの阿釉(アーユ)だな」


 全 紫釉(チュアン シユ)が何のことかと尋ねる前に、彼は体を起こした。ぐーと背伸びをして、一度大きなあくびをかく。

 黒く艶やかな髪を(なび)かせ、両腰に手を置いた。


「俺が余計なこと言っちゃったから、阿釉(アーユ)を悩ませたんだよな? ごめん」 


 彼は困惑した様子で眉を曲げる。そして、勢いよく顔を上げた。


 全 紫釉(チュアン シユ)は彼につられ、立ち上がる。ほんの少しだけ、自身よりも背の高い彼を見つめた。


「……いいえ。黙ってしまう私が悪いです」


 首を左右にふり、微笑む。爛 梓豪(バク ズーハオ)の手を取り、大きくて男らしい指を目に入れた。


 ──ふふ。彼の指は、私と全然違う。私は顔や体格も母そっくりで、女性みたいなのになぁ。


 年が近い同性でもある爛 梓豪(バク ズーハオ)と、こうも違うものなのか。

 改めて、自分の弱々しさを実感した。そして彼の手を離し、礼儀正しく座る。


「……あなたがお見合いを断って、私を選んでくれたこと。すごく嬉しいです」


 儚く、されど凛々しく。美しいままに頬を赤らめ、花のように細い笑みが溢れた。


「……っ! お、おう!」


 全 紫釉(チュアン シユ)の儚い姿に、彼の顔は一気に赤らんだ。


 □ □ □ ■ ■ ■


 翌日、休暇二日目の朝を迎え、ふたりは白月(パイユエ)を引き連れて町へと繰り出す。


 人、そして妖怪。どちらもが共同し、鬼園(グゥイエン)で生活をしていた。

 人々が求めるのは甘いお菓子から、日用品など。妖怪たちも似たようなもので、銀や金()片手に買い物を楽しんでいる。



 そんな町中で、全 紫釉(チュアン シユ)たちは買い食いや見学をしていた。


「──ここは、町で一番賑わってる賭博市場だ。ほら。あっちに大きな建物があるだろ? あそこで賭け事を楽しむんだ」


 爛 梓豪(バク ズーハオ)が指差した場所には、(あか)色の屋根と柱で作られた豪華な建物がある。人通りが激しく、建物全体は見えなかった。遠くからでも屋根や柱が確認できることを踏まえると、かなりの大きさということが伺える。


「……お金、すぐになくなりそうですね」


 黒い衣を深く被りながら、彼の指先にある建物を凝視した。

 すると隣から、はっはっはっという彼の笑い声が聞こえてくる。


「あそこで賭けるのは、何も金銭だけじゃない。人や妖怪によって違うけど、大体は物だな」


 がさごそ……爛 梓豪(バク ズーハオ)は華服の袖に手を突っこんだ。そしてそこから取り出したのは、何の変哲もない布である。


 全 紫釉(チュアン シユ)は小首を傾げ、彼に視線で尋ねた。


「あそこで賭けるのは、こういった物だよ。無名の職人が作った(つぼ)とか、曰くありげな札とか。ともかく、自分の持ち物を賭けるんだ。ただし! 命を抵当に入れるのは禁止だ。それをしちゃったら楽しくないし、恐怖で賭けどころじゃなくなるからな」


「……線引きは、ちゃんとしてるんですね?」


「当たり前だよ。あそこは、亡くなった親父が残し……っ!?」


 ふたりが和やかに語らいでいるとき、突然、市場が騒がしくなる。地響きをたてながら何かが近づいてきていて、町の市場には同様が走った。

 そしてそれは、数えきれないほどの牛舎だった。


「は!? 何で賭け牛車が……阿釉(アーユ)!」 


 たくさんの牛車、そして慌てだしてしまう市場の人たち。悲鳴すら聞こえ、しっちゃかめっちゃかだ。


爛清(バクチン)!?」


 人混みに押され、爛 梓豪(バク ズーハオ)全 紫釉(チュアン シユ)は、どんどん離れていってしまう。


 はぐれてしまうことを恐れた全 紫釉(チュアン シユ)は、彼がいるであろう方向へと腕を伸ばした。


「……っ!?」


 その瞬間、全 紫釉(チュアン シユ)の口を何かが押さえてくる。それはどこにでもある布だった。


「……ち……ん」


 大切な彼の名を呼ぶことが許されないまま、意識を失う。その体が前に倒れこむ寸前、誰かの腕に捕まえられてしまった。


 意識を失った全 紫釉(チュアン シユ)を腕に抱くのは……


 牛の角が生えた大男だった──

  

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誘拐!?牛の角が生えているという事は妖怪なのかしら。アーユも政治に巻き込まれちゃうのかな。。。心配です( ´ : ω : ` )
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