試験の相棒は美少女ちゃんでした
阿○
親、兄弟などの親しい者たちが相手を呼ぶときのもの
不思議な雰囲気をもつ美しい少女と出会って数分後、爛 梓豪の耳に太鼓の音が届いた。
聞こえる太鼓の音のなか、試験官たちの声が響く。
「お集まりの、仙人昇進希望の諸君。まもなく、試験が開始されます。広場へと集合してください」
「うっわ! やばっ!」
遅れてしまっては試験が受けられなくなるなと、急いで広場へ向かった。
向かった先にある広場には、たくさんの人たちが集まっていた。
なかでも目立つのが、ふたつの色の華服を着ている集団だった。彼らは互いに距離をとり、左右にわかれて並んでいる。
黄色い華服を着ている者たちは皆、背中に【黄】の文字が描かれている。彼らは仙人たちの世界を二分する権力を持つ、黄族という流派の者たちだ。
黄族は仙人たちのなかでも金銭面で裕福とされている。
──黄族の連中も来てるのか。あいつらは金持ちなのを笠に着て、やりたい放題だって聞くし。
近よるのはやめておこう。そう、結論づけた。彼らと目を合わせないよう、もうひとつの集団へと視線を向ける。
黒い華服の者たちは黒族と呼ばれていた。彼らは金ではなく、地位を獲得している。平たく言えば、それは名声だった。黄族が金がすべてと思っているのならば、彼ら黒族は知名度を大切にしている。
──俺から言わせてもらえば、黄族も黒族も、関わりたくないって思うな。それぞれに大事にしてるものがあるのはわかるけど、それを盾に権力を振りかざす連中だ。そんなやつらは多分、話し合っても無駄なんだろうなぁ。
彼らの上……すなわち当主たちが、あまり仲がいいとは言えなかった。それが配下の者たちにまで影響しているようで……案の定、彼らは互いに火花を散らしては睨みあっている。
ふたつの流派とは無縁の爛 梓豪、そして小さな仙家の者たちは彼らに腫れ物でも触るような視線を送った。
そのとき──
「──集まったようだな」
多種多様な派閥が揃った広場に、ひとりの中年男性が現れる。
青い華服を着た、長身の男だ。
黒髪を頭の上でお団子状にまとめ、そこに簪を刺している。鼻や唇はスッと整っていて、爛 梓豪とはまた違った男らしさを醸し出していた。
広い肩幅に魅力を感じた女性道師たちからは、黄色い声が溢れている。
けれど糸目だからなのか、どこか胡散臭さがある。姿勢はよく、礼儀正しく、威厳すら感じられた。
そんな男を目にした瞬間、爛 梓豪の顔は一気に血の気が失せてしまう。
──げっ! お、お師匠様!? な、何でここに!?
逃げたくても広場を埋め尽くす人々のせいで道すらなかった。掻き分けて逃げることもできず、下を向いて目を合わせないようにするのが精一杯のよう。
──俺、死んだかも。
自分の命が終了するのだと悟り、涙をポロリと流した。
「私は試験の総監督を勤める、爛 春犂と言う」
お手本と言わんばかりに、きれいな拱手をする。そして顔を上げた。
「知ってのとおり、ここで行われるのは仙人になるための昇進試験だ。君たちのような道師から始まり、いくつもの試験に合格して、ようやく仙人を名乗ることが許される。……そこでひとつ、当たり前のことを聞こう」
こそこそと隠れている爛 梓豪に目をつける。彼を指差すなり、名を呼んだ。
「ひょっ!?」
「爛 梓豪、仙人や道師というのはどんな存在か?」
食ってかかりそうなほどに睨む。
爛 梓豪は背筋を伸ばし、額から汗をダラダラ流した。それでも拱手だけは忘れずに、質問の答えを言う。
「仙人、道師は、人にはない仙術と呼ばれるものを持っています。それを使い、悪さをする妖怪から人々を守る。それが我々の仕事……です」
「……及第点だな。まあいい。……さて。諸君たちは仙人になるために今日から数ヶ月間、試験に挑んでもらう。試験の内容は様々で、何をふられるかは私にもわからぬ」
淡々と説明を述べる姿は、歴戦の勇士を連想させた。誰もが爛 春犂の言葉に耳を傾けるほどに、男の姿勢は頼もしく見える。
けれど爛 春犂の視線は、つねに爛 梓豪へと向けられていた。彼を睨むように凝視している。
「……受験者が多いこともあり、今回は相棒とともに歩んでもらうこととなった」
相棒。この言葉に、誰もがざわついた。
「流派関係なく、相棒となった者とともに、数ヶ月間の修行をしてもらう。もしも片方が退場した場合、ともにいる者も、その対象となる」
ひとりではなく、ふたりで合格すること。それが今回の試験の目標だった。
これには誰もが口を揃えて「知らないやつと組むのか?」と、不安な表情をする。なかには「足を引っぱられたら迷惑だ」などと、自分に自信があるような発言をする者もいた。
爛 春犂は修行者たちの声を無視し、片手を挙げる。すると、白服の者たちが数人横に並んだ。彼らは手に箱を持っている。
「うん? 何だ、あの箱?」
「え? あれをどうするの?」
受験者たちが、一気に騒がしくなった。
けれど爛 春犂が両手をたたき、その場を静める。
「よいか? この中に数字が書かれた紙が入っている。同じ数字の者同士で、試験に挑んでくれ」
黄族、そして黒族の者たちから、次々と引いていった。
数分後、爛 梓豪の番が訪れる。しかし彼はどんよりとしながら、背中を丸めていた。絶望を表情いっぱいに現しては、半泣き状態のまま箱に手を入れる。
この原因を作った男を見れば、爛 春犂の眉間にはシワがよっていた。心なしか額には青筋が浮かんでいるよう。
「ひょっ……」
──ああ、俺、死んだわ。
細くて、見えているのかすらわからない瞳に睨まれ、彼は背筋から凍っていった。それでも後ろがつっかえてしまっているため、急いで適当に引く。
紙の中身を見ないまま下がった。とぼとぼと、悲壮感丸だしにしながら少し離れた場所へと向かう。
「お師匠様を負かしたくて、昇進試験受ける決意したのに。まさか……」
その場に座った。膝を抱えてしくしくと泣く。
「そのお師匠様が審査側にいるなんて、誰が知ってたんだよーー!」
起き上がって、近くにある木へと片手を伸ばした。反省の姿勢をとり、再び泣きべそをかく。
「──よいか、諸君。紙には数字が書いてある。同じ数字の者を見つけ、速やかに昇進試験の準備をしなさい」
爛 春犂のハキハキとした、低い声が広場に轟いた。同時に、男たちはその場から姿を消してしまう。
爛 梓豪はやけくそ気味に紙を開いた。するとそこには数字……ではなく、一本の蒼い花が描かれている。
──うん? 数字、じゃないのか? どうなってるんだ?
紙をヒラヒラと、天に翳してみた。それでも何も変わらない。
周囲を見れば同じ数字の人たち同士、手を組んでは会話をしていた。黄族と黒族が相棒になっている人たちもいて、彼らは睨みあってはそっぽを向いている。
「……はあー。何かよくわからないけど、俺は落ちたってことでいいのかね? ……って、ひょーっ!?」
踵を返した矢先、目の前に黒い衣の者が立っていた。突然のことに爛 梓豪は驚き、足を滑らせて尻もちをついてしまう。
そんな彼へ、眼前にいる者は手を伸ばした。
「け、気配消して現れんなよ!?」
バクバクと飛び出しそうな心臓を、冷や汗で隠す。
「……それ」
「え?」
言葉足らずな相手が指差すのは、相棒となる者の数字が書かれた紙だった。
「同じ柄ということは、あたなが私の相棒なのですね」
どうやら、この紙に書かれているのが数字ではないことを知っているよう。淡々と、少しだけ小声で語る者の手には、爛 梓豪と同じ花が描かれた紙があった。
「ひょー! 俺が、美少女ちゃんと! やったぁー!」
「……私は男ですよ?」
「いやぁ。こんなに可愛い子と……ん? え? ……お、とこ?」
爛 梓豪は驚愕する。しまいには「ひょーー!」という声をだして、落ちこんだ。
「はい。私の名は全 紫釉、これから数ヶ月間、あなたの相棒として、ともに試験に挑みます」
爛 梓豪の動揺など知らないと、目の前に立つ者は黒い衣を脱いでいった。
陽の光に透けるのは白い髪。キラキラと光沢を帯びていることから、白ではなく銀に近い色なのだろう。けれど、髪の左右の一部は漆黒だった。
細く薄い眉、長いまつ毛は影を落とす。少女のように大きな瞳はくりくりとしていて、苺のような深紅だった。
シュッとした鼻筋や薄い唇をはじめ、全体的にとても端麗な顔立ちをしている。
雪のように白い肌に合わせるように、体格は非常に細身だった。
そんな線の細さがある者は美しく、そして儚い見目をしている。
風に誘われて落ちてくる紅葉が似合うほどに、脆い儚さがあった。
「…………」
爛 梓豪は言葉を失う。けれど心は正直なようで、全 紫釉へと手を伸ばした。
「めちゃくちゃ可愛い……」
「……あなた、人の話聞いてます?」
あきれたようなため息をつく全 紫釉に、彼は遠慮なく手を握る。
──うわ。めちゃくちゃ細いな。それに、すっげえ、いい匂いがする。
引き気味な全 紫釉にめげることなく、より、距離を縮めていった。
爛 梓豪の心臓は不思議なほどに高鳴っている。笑顔を隠れ蓑にして、体が火照り続けていた。
──な、何か俺の心臓、すごく早くなってる気がする。それに熱くなって……
抱きしめて、愛してあげたくなる。
目の前にいる美しい人を見れば見るほど、胸の高鳴りが強くなっていった。けれど人懐っこい笑みでそれを隠す。
「こんなにきれいな子と組めるなんて、夢みたいだ。これから宜しくな、※阿釉」
「阿釉?」
「そ。一緒に行動するんだから、名前だと堅苦しいだろ? あ、俺は爛 梓豪、爛清でいいぞ」
頬を軽く掻いて少しだけ照れた。
「はい。よろしくお願いします。爛清」
全 紫釉は戸惑いを見せる。けれど心を決めたらしく、柔らかな笑みを浮かべた。それはとても儚く、美しい。
「……っ!? お、おう!」
瞬間、爛 梓豪の心臓はいやなくらいに高鳴っていく。全力疾走した後のような鼓動の早さを覚えた。
声にならない声で、目の前の美しい人に見惚れていく。
──え? お、俺、どうしたってんだ? 阿釉を見ると……
全身が熱くなる。
これの正体がわからないまま、彼は昇進試験への一歩を踏み出した。