お見合いって何ですか!?
「阿清、少しいいかしら?」
爛 梓豪の首根っこを掴む。そのまま引きずるように、半ば無理やり柱の影に身を置いた。
「……何だよお袋、数年連絡もないままだったのは謝るけど……」
首をコキコキと鳴らす。
女性を見れば、はあーとため息をついていた。腕を組ながら彼を睨み、そんな話はしてないと一喝する。
「え? じゃあ、何だよ?」
「……あんた、あの子。一緒にいる銀髪の子とは、どういう関係なの?」
全 紫釉の関係を聞かれ、一瞬戸惑った。
──阿釉との関係? 試験を受ける相棒だし。初恋の相手……あー、駄目だ。そんなこと考えちゃ駄目だ。阿釉は相棒なんだ。
いつの間にか好きになっていた。
頭をポリポリ描きながら、気まずそうにする。それでも答えを伝えなくてはと、当たり障りのないように口述した。
「えっと……相棒、かな? すっげぇー頭いいし、美人で頼りになるし。ときどき、守ってあげたくなるような涙流すし」
大事な相棒。だけどそこにそれ以上の感情はないのだと、眉を曲げながら伝えた。
女性は無言で彼を見つめる。そして……
「阿清、お見合いしなさい」
女性が放った一言は、彼の心を一気に凍りつかせた。
言われた本人の爛 梓豪は固まる。かと思えば、口から生まれたような彼らしい、五月蝿いまでの質問が飛び交った。
「いや、何でだよ!? いきなりそんなこと言われたって……」
「いつまでも、仙人ごっこをしてていいわけないでしょ!?」
「ご、ごっこじゃねー! 俺は本気で仙人を目指しているんだ。仙人になれば出来ることの幅が広がるし、当主になったときも動きやすく……」
「これは、決定事項よ。お前ごとき子供に、決定権なんてあると思っているの?」
「……っ!?」
珍しく口で負けた彼は押し黙ってしまう。両拳を握り、苦虫を噛み潰したような表情になった。柱の影から顔を出して全 紫釉の手を握り、踵を返す。
女性へ振り向くことなく、そのまま王の間を後にした。
□ □ □ ■ ■ ■
爛 梓豪に引っぱられてやって来たのは、彼の部屋だった。きれいに整理整頓されていて、埃すらない。
いくつかある花瓶、雲の形の飾り窓、全体的に濃い赤みかかった壁や柱。尖った山の掛け軸の前にある祭壇など、富豪の家に相応しいような作りをしていた。漆で塗装された家具たちは、光沢を帯びている。
「入れよ。ここが、俺の部屋だ」
出て行ったときと何も変わっていないなと、呟いた。
そんな彼の背中は、少しばかりくたびれている。背中を丸め、トボトボとした足取りで奥にある牀へと仰向けになった。
「……爛清、どうしたんですか?」
全 紫釉は、珍しく落ちこんでいる彼の頭を撫でる。すると彼は勢いよく上半身を起こし、全 紫釉の膝上へと頭を乗せた。
「え!? ち、ちょっと爛清!?」
「はあー。阿釉の香り、落ち着くー」
慌てる全 紫釉をよそに、彼の腕は腰へと伸びていく。腰に両腕を巻きつけられた全 紫釉は、挙動不審になっていった。
「わ、私の腰は、安くはありません!」
──爛清の腕が私の腰に……頭だって膝に……うう。収まれ、私の心臓!
汗ばむ手のひらを握る。高鳴る鼓動を隠せないかと、冷静な判断を失っていく。それほどまでに彼からの接近は、嬉しさを生むものだった。
「……なあ阿釉」
全 紫釉の腰に両腕を巻きつけたまま、顔を美しい人の胸に埋める。少しだけ、ほんの少しだけ、元気をなくした声が、全 紫釉の心に突き刺さった。
そのおかげで冷静さを取り戻す。軽く深呼吸をして、情けない声をだす彼の頭を再び撫でてあげた。
「はい。どうしました?」
子供をあやすように、優しい声で接する。
「……俺がお見合いするって言ったら、お前はどうする?」
「……っ!?」
それは、答えに詰まる質問だった。
本音を言えば、お見合いなどしてほしくはない。ずっと自分だけを見ていてほしい。愛を語るのも、好きと言う口も、何もかもを一人占めしてしまいたかった。
けれど彼は、それができない地位にいる。鬼園という町の、次期当主だ。町のことを考えると、気持ちを優先するということはできないからだ。
──そんなの。私は嫌だ。彼以外の人と恋人にもなりたくないし、爛清が誰かのものになるのも嫌だ。だけど……
そこまで考えた全 紫釉は、唇を強く噛みしめる。苦しくて泣きたくなる心を押さえ、ため息をついて平常心を保った。
「……それを決めるのは、私ではありません。あなたですよ、爛清」
冷たい声で切り捨ててしまう。
爛 梓豪はムッとした表情をして腕をほどいた。起き上って、牀から離れる。
「……阿釉は、俺のこと嫌いなのか?」
「……っ!? そ、そんなわけないじゃないですか!」
全 紫釉は慌てて否定した。髪が乱れるほどに首を左右にふりる。
口には出さないけれど、誰よりも爛 梓豪を好いていた。お見合いという単語が出ただけでも心がズキッと痛むほどに、彼を愛している。
そんな彼の口から出た言葉は、大きな瞳に涙を浮かべてしまうほどに辛かった。
爛 梓豪はギョッと両目を見開く。全 紫釉の隣に座り、バツが悪そうに「ごめん」と、謝った。
ギシッと、牀が僅かに軋む。
全 紫釉は、突然生まれた気まずさに戸惑った。どうすればいいのかわからず、銀髪の中に混じる黒い部分を指に巻きつける。
──変な空気になっちゃった。爛清はいつもより口数少ないし。目を合わせてくれない。
それでもこんな暗い、重苦しい空気は嫌だと、意を決して口を開こうとした。直後、爛 梓豪が立ち上がり、頭を思いっきり描き乱す。
「うがあー! やっぱり沈黙なんて無理だ!」
「……え?」
芝居でもうつかのように地団駄を踏んだ。やがて全 紫釉に神妙な面持ちを見せ、満面の笑顔に変える。白い歯を見せたかと思えば「決めた!」と、声を荒げた。
「阿釉、俺、お見合いしてみようと思うんだ」
「え? ……は? …………はあーー!?」
あまりにも自然に告げられた言葉に、全 紫釉は驚きを通り越してしまう。腰をあげて、いいこと思いついたぞと鼻高らかにしている彼へと近づいた。
ガハハと笑い飛ばす彼の両肩を揺すり、両目を血走らせる。
「ちょっと爛清!? あなた、何を考えているんですか!?」
ガクガクと彼の肩を揺らした。
爛 梓豪は無邪気に笑うだけのよう。
──冗談じゃない。爛清が、私以外の誰かと情人になるなんて。
気が気でない全 紫釉は何度も彼に、考え直すよう説得を試みた。けれど彼の意思は強いようで、全 紫釉の言葉を受け流していく。
「そうと決まれば、相手が誰なのか確認が必要だな。お袋に聞いてくるか」
そう言って、全 紫釉の制止を振り切って出て行ってしまった。
残された全 紫釉は頭を抱える。
──嘘、でしょ。いったい何を考えているんです? あの人は……
途方に暮れてしまった。
彼の行動は、理解に苦しむのも確かだろう。けれどそれ以上に、自分の意気地無しな心に苛立ちを感じていった。
はあーとため息を溢す。どんよりと思い詰めながら、涙を堪えた。
いつの間にかそばにいる子供を手招きし、膝の上に乗せる。子供の頬をむにむにと触りながら、しばらくの間、物思いに物思いに耽た。そして……
「……決めた! 何としても、阻止しよう!」
子供の手を軽く握り、揚げさせる。そして、お見合い断固反対宣言を掲げるのだった。