出会いは再び
翌日、爛 梓豪は陽が昇らないうちに崑崙山へと向かった。前日に時間切れで受けつけをできなかったから、今日こそはと挑戦するためだ。
「……うわっ! 結構早く来たと思ったのに、こんなにも並んでんの!?」
修業者たちの列が、先が見えないほどに並んでいる。彼は渋々その列の最後尾についた。
そわそわとしながら待っていると、列は少しずつ動き始める。
「修行者の諸君。身分を証明するのもを持参のうえ、並んでください」
そう言われ、並ぶ者たちはざわついた。
それは彼も同じなようで……
──ああ。そういえば、お師匠様に言われてたな。身分証明が必要になるから八卦鏡使えって。でも今あれがないし……俺は試験を受けられないだろうし。後ろ楯があるっちゃあ、あるけど……
やたらと使用してはいけない。そう、決められていた。理由は様々だけど、主にひとつ。それだけをあげることはできた。
──俺が、妖怪たちの住む町の跡取りという事実。それを伝えれば多分、八卦鏡もなして通れるだろうさ。だけどこれは、最終手段だ。お袋が城主で、俺がその息子ということは伏せておけって、お師匠様にも言われてるし。
困ったなと、腕組みをした。
そうこうしていると、受験生たちの列が動く。やがて彼の番になった。
頂上付近にいる白い服の集団は、彼を訝しげな眼差しで見つめてくる。
「名前と、流派を告げなさい」
「え、と……名は爛 梓豪です。流派は……ありません」
簡潔に名乗った。けれどその瞬間、白い服の者たちが一斉にざわつく。
「え? な、何で驚くんだ?」
──まさか、悪評が広まってるのか!? 修行のサボり常習犯とか、手に入れた金をすべて酒につぎこむとか。いざというときにドジを踏んで、役にたたないやつとか。はっ! ま、まさか……
「やっべえー! 美女を前にすると、俺の茸が元気になるってバレてる!?」
「…………君、馬鹿だろ?」
悶々としながら口にださなくてもいいような情報を洩らす爛 梓豪に、白い服の者たちはあきれてしまった。
彼の後ろに並ぶ受験生たちも、爛 梓豪を見て苦笑いしている。
しかし彼はそんなのを気にすることなく白い服の者の腕を掴んで、秘密にしてくれと必死に頼んだ。
「……いや、秘密も何も……君自身が言ってしまっているだろう?」
情けない者というよりは哀れみの視線が、彼に降り注ぐ。
「ひ、ひょーー!」
墓穴を掘った自覚はあるようだ。顔を真っ赤にして、両手で隠してしまう。そのまま列から離れ、山を降りて行こうとした──直後、彼の視界に蒼い物体が現れ、体がふわりと浮いた。
蒼く、それでいて儚いような……そんな花とともに。
「え? え!? ……は、はぁ!?」
いったい、何が起きたのか。浮いている爛 梓豪ですら驚くそれは、周囲の者たちを硬直させていった。
「ちょ……ええ!? な、何で俺、浮いて……うわぁーー!」
浮いたまま、頂上付近の上を飛んでいく。白い服の者たちの上を通りすぎ、門を越えた。そのまま無造作に地面に落とされる。
「へぶしっ!」
顔面から打ちつけ、鼻血が流れた。それを華服の袖で拭う。
「な、何……え?」
ふと、影が落とされた。顔をあげると、キラキラと輝く糸が視界に入ってくる。彼は、無意識のうちに糸を手にした。けれど、糸は彼の手から離れていく。
その糸の先を辿ってみた。するとそこには、黒い衣の者が立っている。爛 梓豪を見下ろしながらため息をつき、懐から何かを取りだして彼へと投げた。
彼は慌ててそれを受けとめる。
「ちょ……って、これ……」
手にしたそれは、なくしたはずの八卦鏡だった。
木製のそれは右上の角が少しだけ欠けていて、表面には四匹の動物が彫られている。上に亀、右に竜、下に鳥、左に虎が描かれていた。表面を少しだけ回してみればキュルキュルという、錆びついているような音がする。
爛 梓豪は驚き、見上げた。
「…………っ!?」
──……あれ? この子、確か妓楼で……
黒い衣の下からのぞくのは、町にある【梅名楼閣】で一緒の部屋にいた青年だった。
爛 梓豪は衣の下からのぞく、その見目に胸の高鳴りを覚える。
不思議と、ぞんざいな扱いをされても嫌な気持ちにはなれない。むしろ、胸の奥がカッと熱くなっていくのを感じた。
そして無意識に立ち上がり、相手の腕を掴む。
「……す、す、きだ」
何を口走ってしまったのか。彼自身が制御できないままに、黒い衣の者を見張った。
──やっべえ。俺、何やっちゃってんのさ!? たった二回しか会ってない人の腕掴まえて。挙げ句、こ、告白とか。
心臓が高鳴る。手はもちろん、華服で隠れた背中すら、汗でぐっしょりだった。それでも口がとまることなく、本当なのか嘘なのかもわからない言葉を発していく。
「好きだ!」
「……っ!?」
爛 梓豪の声は、その場の静寂を断ち切った。彼の声に驚いた鳥たちが飛びたち、周囲を歩いていた白い服の門下生が立ち止まるほど。
本人ですら何が起きたのかすらわかっていない様子。告白した後に急いで手を離して「あっ、ご、ごめん!」と、慌てふためく。
けれどここでめげないのが、爛 梓豪という男だった。たがが外れたように、遠慮なしに黒い衣の者を見つめる。
──俺、何やってんの? でも、何でだろう……この子を見てると何か……
顔のにやけがとまらなくなっていった。右手で口を隠し、耳の先まで赤くなる。
「ば、馬鹿なことを言わないでください! 私は嫌いです!」
「あっ……」
自分の気持ちに混乱していると、相手は走り去ってしまった。
「……いや、俺、本当に馬鹿だよな。ってか、何であんなこと言ったんだろう?」
──はは。嫌いって、ハッキリ言われちゃったよ。
わずかばかり、胸の奥にチクッとした痛みを覚える。それの正体すらわからないままだった。