頑張るのはほどほどに
牀=寝具
馬車の中で派閥争いを起こす者たちとともに、全 紫釉は次なる課題場へと到着した。
そこは友中関と呼ばれる関所で、閑散としている。門番がふたりいるけれど、観光客らしき人たちはまったくいなかった。行商人のような者たちもいるが、関所を通過するだけのよう。
「うわっ。あり得ないほどに静かな関所だな」
全 紫釉が乗るロバを引く爛 梓豪は、何もない関所を軽く見て回った。
閑散としていて、これといった特徴などありはしない。関所と言うわりには警備は手薄で、通行書も必要ないほどだった。
「……この関所は昔から妖怪に襲われたり、滅びかけたりもしてましたからね。観光地にはならないかと」
ふっと両目を細め、ロバから降りる。ぶるぶると顔をふるロバを宥めながら、周囲に視線を巡らせた。
「私たちが入ってきた門は西門です。そちら側は、黄族の領地。そして、向こう側の門の先は、黒族の領地となっています」
「そういえば……こっち側の兵たちは、黄色い房がついている槍を持ってるな」
反対側の門へと出向けば、兵の持っている剣には黒い紐が巻きつけてある。
爛 梓豪は兵たちに何だと質問され、へらりと笑って戻っていった。
「あー……まあ、こんな状態じゃあ、観光も何もないか。……って、あれ? 阿釉、何か顔色悪くないか?」
「……あ、いえ。野宿だったので、あまり寝れてなくて……」
──目的地へ到着するのに丸一日、か。野宿して少しは休んだんだけど……
ふうーと深呼吸した。
それでも妙に肌寒く、視界がぐらぐらと揺れる。足元がふわふわしていて、立っていることが難しかった。
「……? 阿釉、どうし……って、おいっ!」
彼の慌てた声が耳に届く。けれど少しずつその声すらも薄らいでいった。
──ああ。最近、大丈夫だったから油断、して……た…………
全 紫釉の意識は、そこでプツンッと途絶えてしまった。
□ □ □ ■ ■ ■
「…………あ、れ?」
全 紫釉が次に目が覚めたとき、そこには天井があった。
──え? ここは、どこだろう? 確か、友中関に着いて……
視界、そして脳、体すらも上手く動かない。ぼーとしてしまうほどの眠さがあり、両瞼に重さを感じていた。
「──阿釉! 目が覚めたのか!?」
定まらない視界を無理やり声のする方へと向ける。
そこには黒髪の青年、爛 梓豪がいた。両手に桶を持っていて、ホッとしたようにため息をついている。
「びっくりしたよ。阿釉、お前、急に倒れちゃったし……」
全 紫釉が横になっている牀に近よった。ギシッと音をたてながら、牀の隅に腰かける。
心の底から心配しているようで、安堵する様子が伺えた。
「……倒れ?」
全 紫釉はまったく覚えておらず、小首を傾げるしかない。額に乗っている布に手を伸ばされ、それを冷たい水の中に浸けられしまう。
かと思えば、再び額の上に乗せられた。
「そっか。阿釉は覚えてないのか。関所に着いた直後、阿釉の顔色がすっげぇ悪くなってさ。その場に倒れちゃったんだぜ?」
彼の優しい声が、全 紫釉の脳を活性化させていく。次第に思考がハッキリてしていった。
「……そう、ですか」
今、試験はどうなっているのか。ともにいる者たちは何をしているのか。それを尋ねた。
「ん? ああ、それは心配ないよ。阿釉が倒れた後、黄族と黒族が渋々手を取り合ってさ。試験を続行するために、調査に出てるよ」
ニカッと、白い歯を見せた。そして全 紫釉の細い手首を取り、軽く撫でる。
「……阿釉、気づかなくてごめんな?」
いつもの明るい表情ではあった。けれど瞳が少しだけ揺れている。そんなふうに見えてしまう。
彼に対する違和感に気づいた全 紫釉は、どうしたのかと問いかけた。
「阿釉は、こんなに細い腕で一生懸命頑張ってるんだな?」
「……? ……爛清?」
全 紫釉が上半身を起こす。瞬間──
「頼むから、倒れるまで頑張ろうとするなよ。体調悪いなら、最初からそう言えって!」
全 紫釉をギュッと抱きしめた。
「……ごめ、なさい」
まだ頭が上手く回らないようで、全 紫釉の視界は定まらない。それでも彼の香りや暖かさに、ホッと胸を撫で下ろした。
──ああ、爛清が私を心配してくれている。それだけで嬉しい。でも……
彼に腕をほどいてほしいと頼んだ。
爛 梓豪は静かに頷く。そして牀のへと腰かけた。全 紫釉をジッと見つめ、銀の髪を優しく撫でる。
全 紫釉は彼のささくれたった手を軽く握り、自分の頬によせた。すっと両目を閉じ、儚く微笑む。
「……っ!?」
爛 梓豪の顔は、一気に茹でダコのように真っ赤になってった。
「……?」
彼の心の内がわからない全 紫釉は、青白くなった肌のままに語る。
「……もともと私は、体があまり丈夫ではありません。子供の頃はすぐ熱を出したり、喘息に見舞われたりもして……」
「そう、だったのか。でもそれだと、仙人昇格試験受け続けるのって、難しいんじゃねぇの?」
彼の言葉に、全 紫釉は即座に首を左右にふった。
「だからこそ、私は、仙人を目指す必要があるんです」
「え?」
どういう意味だと、彼の瞳は大きく見開かれる。
全 紫釉の深紅色の瞳は揺らぐ。そしてゆっくりと、確かな言葉で、ひとつひとつを伝えていった。




