第二試験開始
無事に第一試験を合格したふたりは、次の段階へと進んだ。
合格者だけが残され、少しの休憩を挟んだ後に集合をかけられた。
「──うーん。あまり、減ってないな?」
爛 梓豪は周囲をキョロキョロとし、集まった同期たちを見る。
第一試験での不合格はあまりいなかった。毎年、それなりに出ると言われていたようだが、今年に限って少ないなと呟く。
それを聞いていた全 紫釉は、軽くため息をついた。
「仕方ありませんよ。今回は予想外のことが起きてしまったので」
「ああ、皇帝暗殺に関わってるかもって奴のことだっけ?」
全 紫釉は静かに肯定する。見上げた先にある青空を眺め、太陽の光に目を眩ました。
「……叔父上にそれとなく聞いてみたのですが、私たち以外にも、銀妃という名を耳にした人たちもいるそうです」
「銀妃って……俺たちの依頼でも、その名前出てたよな?」
「はい」
名前と、銀の髪を持つ絶世の美女。そして異國の者ということ。銀妃という者については、それ以外の情報はいっさいなかった。
その名を口にしていた白無相を問い質しても、誰もが知るそれ以上の情報は持ち合わせてはいなかった。
「ってことは何か? 白無相は、その銀妃って奴に弄ばれてたってこと?」
両目を見開き、嘘だろと驚いてしまう。
全 紫釉は彼の言い方に苦笑いを覚えた。
──その言い方は、ちょっと違うと思う。
けれどそれを胸の奥に閉じこめ、軽く咳払いした。
「利用されただけの可能性はありますね。もっとも、とうの本人の白無相は、何とも思ってないみたいですが」
基本、妖怪は図太い。黒無相のように気弱な者もいるが、それは本当に少なかった。
彼らのような妖怪のことをよく知る全 紫釉は、疲れからため息をつく。
「ともかく。私たちにできることはありません。叔父上はもちろん、私の父上も動いてくれるそうですから、そこはあの人たちにお任せしましょう」
全 紫釉が今やらなければならないことは、仙人になるための試験を受けること。それを放棄してまで、銀妃という存在を追う理由などなかった。
全 紫釉は、ごく当たり前のことを口にする。
爛 梓豪は口を尖らせ、ぶーぶーと地団駄を踏んでいた。
「……まあ確かに阿釉の言うように、俺らじゃ何もできねーもんなぁ」
「そういうことです。それよりも……あっ。第二試験の説明が、始まるみたいですよ?」
修行者たちがいる場所の前には岩がある。その上に糸目の男、爛 春犂が乗った。両手を後ろで組み、修行者たちを見下ろしている。
全 紫釉や修行者たちは、一斉に拱手した。
「少し時間が押しているゆえ、挨拶は抜きにしよう。さっそく、第二試験の内容を発表しよう」
男はサッと右手を挙げる。すると白服の者たちが現れ、次々に名前を呼んでいった。
名前を呼ばれた修行者たちは、白服の前に一列に並ぶ。
全 紫釉と爛 梓豪のふたりは同じ人に呼ばれ、列の後ろへと向かった。
「なあ阿釉、これって何するんだと思う?」
「さあ? 叔父上たちは何を考えいるのか。私にはわかりかねます……って、何ですか? その顔は」
前に並ぶ爛 梓豪の頬は、いつも以上に緩んでいる。しまりのない口と瞳で、ニヤニヤとしていた。
「え? 気持ち悪っ……」
「気持ち悪いとか言うな!」
彼の不可解な表情に引いてしまう。
それを爛 梓豪は一喝し、強めに痰を出した。両腰に手をあて、えっへんと鼻高らかに胸をはる。
「俺が思うに、今度は団体行動な気がするんだよな」
「……え?」
聞いてもいないことをペラペラと語りだした。それは周囲にいる修行者ちにも届き、一気に騒がしくなっていく。
それでも彼はお構い無しに話を続けた。
「だってさ、よーくかんがえてみろよ。二次試験に合格したのは、ざっと数百人。こんなにいるのにまた相棒と! 何て言ってたら、次も殆ど残るんじゃないのか?」
人指し指を立て、ひらひら左右にふる。
「……確かにそう、ですけど……」
──別に、多く残ってもいいのでは? 最終的にはもっと減るだろうし。あー、でも……確かに二次も大勢残ってしまったら、簡単な試験って思われるのかも?
彼の言うことに信憑性などありはしなかった。それでも不思議と、そうなのではないかと思えてきてしまう。
全 紫釉は腕を組み、大きな瞳を名一杯広げた。唇を尖らせ、頭をゆっくりと左右に動かす。
いつの間にか頭の上にいる蝙蝠の躑躅、肩には仔猫の牡丹が乗っていた。その動物たちも全 紫釉と同じように頭を揺らし、こてんっと首を傾げる。
「んんっ! 阿釉がかわいい!」
動物と一緒に動く全 紫釉の姿は、さながら小動物のよう。彼だけでなく、周囲にいる男女からも「かわいい」という声が出ていた。
「…………?」
──あっ、牡丹と躑躅のことかな? ふふ。どっちもかわいいもんね。褒められて当然!
飼い主として自慢できるなと、無意識に胸をはる。
そうこうしていると、岩の上にいる爛 春犂が両手を強くたたいた。
誰もが男へと意識を持っていく。
「並んだようだな……よいか、お前たち。そこの馬鹿弟子が先ほど予測したように、それぞれの列にいる者たちは皆、同じ集団となる。第二試験はその者たちとともに、一緒に行動するように。ただし!」
細すぎる瞳をスッと開いた。
「集団で行動する以上は、皆道連れ。ひとりでも脱落者が出たら、その集団は即落第。今年の試験は終了し、昇格はないものとする」
そこまで告げて、男は岩の上から降りる。白服の者たちに何かを伝えると、どこかへと行ってしまった。
男がいなくなったこの場は、一気に騒然となる。なぜなら同じ集団の中に、黄族と黒族の者たちが混ざっているからだ。それはひとつの集団だけではない。八つある集団すべてに、人数はバラバラではあるが、集まっていた。
黄と黒。彼らは互いに啀み合いながら、常に争っていた。それは今も例外ではなく、お互いの流派を罵ってはさげずむ。
そんな彼ら、彼女たちの間に挟まれるのが小さな流派の者たちだった。ほとんど名を知られていない流派だったり、爛 梓豪のようにそれを持たない人もいる。
「……あー、そうか。啀み合ってる流派同士も混ざるのか。こりゃあ、一筋縄じゃいかねーなぁ」
爛 梓豪は小さな流派の者たちとともにため息を溢した。
「普段から仲悪いですからね。彼らは。いきなり足並みを揃えろ! というのは、無理がありますよ」
──とは言え、このままでは落第するのも必須。さて。どうしたものか……
爛 梓豪に相談を持ちかけようとした直後──
「ふざけるな! 我ら黄族が、金にものを言わせているだけの流派だと!? 貴様ら黒族は、力任せの野蛮な連中じゃないか!」
「なっ! 我々が野蛮だと!? ふざけるな!」
全 紫釉と同じ集団の黄と黒。その一部が、暴動を始めてしまった。それに釣られてか、他の集団の者たちまで言い合いを開始してしまう。
「うっわぁー。どうすんの? これ……」
普段、明るくて呑気な爛 梓豪ですら、お手上げのよう。
「……しょうがないですね。爛清、それからあなた方。少しいいですか?」
全 紫釉は暴動に参加していない者たちを集め、ある提案を持ちかけた。