それは恋? それとも……
牀が軋む。
白にも近い髪色の者が、もぞもぞと動いた。目をこすりながら、ぼーと、牀の上に座っている。
「ふみゅう? だぁれ?」
ふらふらと頭を揺らし、舌足らずな口調で言った。
「え? ……ああ、えっと。俺は………」
「ああ。姐さんたちが言ってた人?」
どうやら、まだ寝ぼけているようだ。瞳をトロンとさせながら、頭を振り子のように揺らす。視線すら定まっていないようで、どこを見ているのかわからない。
そんな美しい人を前に、爛 梓豪は困惑した。
──えー? この子が、相部屋の? いや。何て言うか…………
自由人。そんな言葉が思い浮かぶ。
これはどうすればいいのかと、頭を抱えてしまった。それでも寝床にありつけれるだけ嬉しいなと、割りきる。
寝ぼけ続けているであろう人の前に正座し、軽く拱手した。
「此度は寝床の提供、ありがとうございます。俺の名は…………」
ぐううー。
「…………え?」
名乗ろうとした矢先、目の前の美しい人から盛大な音が聞こえる。それはお腹の音のようで、美しい人は腹部をさすっていた。
爛 梓豪は肩の力を抜く。そして腰をあげ、何か食べ物を貰ってこようと伝えた。
しばらくして彼は、大量の食材を持ってきた。それらを机の上に置き、美しい人に与える。
すると美しい人は一瞬でそれらを平らげた。
「はは。よっぽど、お腹空いてたんだな?」
「ふうー……はっ! あなたは誰ですか!?」
「え!? 今さら、それ言う!?」
「わ、私を殺したところで、何の得にもなりませんよ!?」
「……いや。何でそんな物騒な話になるのさ!?」
「ご、ご飯で餌づけなど……卑怯にもほどがあります!」
「お願いだから、普通の会話させて!」
会話ができないとはこのことか。爛 梓豪は初めて頭痛を覚えた。
あはははと苦笑いする。はあーと、ため息をついた。
「えっと……妓女たちから話は聞いたよな?」
「……ああ。この部屋で寝泊まりするという話ですか? 別に構いませんよ?」
目の前の美しい人は眠そうに大きなアクビをしたかと思えば、今度は体を牀へと預ける。そのまま寝入りそうな勢いがあるが、かろうじて瞼は開いていた。
「私、すごく眠いので、これ以上は起きてられません」
「あ、そう……」
どうやらこの薄い髪色の人は、爛 梓豪があきれてしまうほどに自由人のよう。好きなときに起きて食べて、そしてまた寝た。
それはあまりにも自由で、彼がどう接していいのか迷うほど。
──や、やりづらい。一緒の部屋になった以上は、少しでも相手のことを知ろうとか思わないのか? それに何より、あまりにも無防備すぎふだろ!?
これはどうするべきか。珍しく頭を抱えてしまった。
「……いや。眠るにしてもさ、少しは警戒しろよ」
美しく流れる白い髪に目をやる。
ふと、無意識に、彼の手はその髪に向かった。指に巻きつけてみようとするけれど、するりとほどけてしまう。白だと思っていたら、銀色に輝いていた。両端の一部分のみ黒髪という珍しさはあったものの、それよりも銀に目を奪われてしまう。
「銀色の髪、か。珍しいな。もしかしてこいつ……異國人?」
誰に聞くわけでもない問いをしてみた。瞬間、眼前で眠る美しい人が、ゆっくりと寝返りをうつ。その姿は美しさの中に儚さを混じえていて、とてもかわいらしかった。
男か。それとも女か。聞いてみないことにはわからないような見目をしているこの人に、爛 梓豪は釘づけになる。
腰を上げ、ジッと見つめた。
──すっげえ。こんなにきれいなやつ、初めて見た。今までも、整った顔立ちの人は結構見てきたけど……この子は、それの非じゃない。人形みたいだ。
触れてみたい。その柔らかそうな体を、そっと抱きしめてみたい。
そんな邪な気持ちが芽生えていった。それでも、突然そのようなことはできるわけがない。気持ちを堪えながら喘息した。
「……こんなに美人なら、恋人とかいるだろうな」
そう呟いたとき、胸の奥からチクッとした痛みを感じる。
「…………?」
唐突に訪れた痛みに、首を傾げるしかなかった。
「……風邪でもひいたか?」
「…………あの」
「ん?」
自問自答をしていると、牀から声をかけられる。
見れば、銀髪の美しい人が恥ずかしそうに華服で顔を隠していた。両目が見える程度に顔をひょっこりと出し、少しばかり瞳を潤ませてている。
「そ、そんなに見られると恥ずかしいのですが……」
少女のように大きな瞳で、彼を凝視していた。
「……っ!」
爛 梓豪は全身をカッと熱くさせる。耳の先まで林檎のように赤くなった。
──や、やっべぇ。この子、めちゃくちゃかわいいんだけど!?
「ひょっ……ひょーー!」
その姿があまりにもかわいく、それでいて儚さがある。爛 梓豪の心の中で、目の前にいる銀髪の美しい人を守りたいという気持ちが生まれていった。
けれど口にすることなどできず、慌てて背中を向ける。
「わ、悪い」
──んんっ。こんなにかわいい子と一緒の部屋にいれるなんて。俺、超、ついて……あれ?
ふとした瞬間、ある事実にぶち当たった。それは、牀にいる人が同性とは限らないということだった。
──お、女の子だったらヤバい。いや。男でも、この見た目は……
「めちゃくちゃ好みなんだよなぁ」
はあーと、盛大なため息を溢す。
明日、もしも試験の受けつけを逃せば、またここで過ごすことになるのだろう。もしそうなれば今日のように、この美しい人と同席しなくてはならないのだろう。
爛 梓豪という男は、気さくで人見知りをしない。むしろ、誰とでも仲良くなれる素質を持っていた。それは本人も自負していることであり、自慢できる唯一のこと。
ただそれは、意識してしまうかもしれない人には通じなかった。
──こ、こんなきれいな子と、ずっと一緒にいられる……のか? いやいや。それはダメだ。俺の理性が崩壊するし、この町に来た意味がない。
仙人昇格試験へ挑むために来たというのに、きれいな人に現を抜かす。これがどんなにダサくて、情けないことか。
爛 梓豪はわかっていた。
「……よし!」
両頬を強くたたく。
「寝るか!」
邪な気持ちにならないためには、寝て過ごすことが一番。そう思い、床に転がって目を瞑った。