想いを捧げる花
さんにんの子供たちから痛いほどの視線を浴びた全 紫釉は、咳払いをした。平常心を取り戻すため、何度も痰を出す。誤魔化すともいえる行為のそれは、風乱たちをオロオロさせてしまった。
「ね、ねえちゃん、だいじょうぶ?」
風乱は不安そうに顔をのぞきこむ。王師と妹の鈴村は、医者を呼んで来ようと騒いでいた。
子供たちが本人以上に動揺していたためか、自然と全 紫釉の心は落ち着いていく。顔をあげて両目を見開き、大きな瞳をふっと柔らかく細めた。
「──すみません。ふふ、大丈夫ですよ」
──人間は、自分より落ち着かない人がいると冷静になれるって本当なんだなぁ。
おとなしめに微笑む。すっと立ち上がり、母親が持っていたとされる簪を貸してと頼んだ。
子供たちはほんの少し戸惑いを見せる。けれど無邪気な笑顔で、彼に簪を渡した。
「…………」
──この簪なら……想いが残っているこれなら、この子たちを送ってあげられる。
簪についている花をそっと撫でた。そして……
「あなたたちは、たくさん頑張りました。母親という大好きな人を亡くしてもなお、生きるという選択をしたのですから」
儚い見目が微笑みによって、脆くなっていく。糸のように細い銀髪が秋風に靡いた。
すうーと息を吸い、左手を前に出す。両目を瞑って一言「導いて」と、優しい声音を空気に混ぜた。
瞬間、左手に蒼い花が現れる。その花を簪の上に置いた。
「──もう、いいんですよ。頑張るのは……寒い場所にいるのは、もうやめましょう。だってほら……」
簪は淡く、ほろほろとした、儚い光を放つ。その簪が浮き上がり、子供たちの後ろへと向かっていった。
全 紫釉は微笑みを崩さない。慈愛に満ちた眼差しで、子供たちの後ろを指差した。
子供たちは無言で振り向く。するとそこには……
「かあ、ちゃん?」
人の形を成した、光るものがいた。目や鼻といったものはない。けれど女性とわかるような、柔らかな体格をしていた。
それは両手を大きく広げる。
全 紫釉はそれに向かって頭を下げ、子供たちの肩や背中を軽く押した。
「あなたたちには、暖かい場所があるのですから──」
子供たちを見れば、さんにんとも涙を流している。
鈴村は「おかあさぁーん」と、声を出しながら。
王師は下を向いて、唇を噛みしめている。
風乱は溢れる涙を拭いながら声を殺していた。
「……さあ、行きなさい。もう、離れないようにね?」
彼の声が合図だったのだろう。子供たちは一斉に、それへと駆けて行った。
それは何も言わない。けれど子供たちを抱きしめ、暖かな光でさんにんを包んでいった。やがて──
「ありがとう──」
子供たちの声が揃う。
全 紫釉へと手をふりながら、それと一緒に天へと昇っていった。
ざあー……
少しだけ肌寒さのある秋風が、全 紫釉の銀髪を流す。
彼以外、誰もいない。母屋があった場所は、幻だったかのように更地になっていた。
手に持っていたはずの簪は、砂のように砕け散っていく。
「……これでよかった、のかな?」
残った蒼い花を両手で抱きしめた。そのとき──
「いいんじゃないか? 阿釉らしくてさ」
背後から、聞き慣れた声が聞こえる。踵を返せば、そこには黒髪の青年──爛 梓豪──が立っていた。
「よっ! 白無相は、お師匠様に押しつけてきたぜ」
ゆっくりと、屈託ない笑みをしながら全 紫釉の方へと歩いてくる。眼前で立ち止まり、全 紫釉の頭をポンポンした。
「…………あなたは、あの子たちの正体に気づいていたんですか?」
確信のない質問をする。
爛 梓豪は苦笑いして、頬を軽く掻いた。
「気づいてたってか、何となく……かな?」
「……?」
「最初あいつらに会ったとき、違和感があったんだ。でもその違和感が何なのかは、わからなかった」
だけどと、つけ足す。両腰に手を置き、空を仰ぎ見た。
「……だけど、次に会ったときに気づいたんだ。こいつら影がない! ってさ。それで、もしかしてって思ったんだ」
「……そう、ですか」
──彼は、意外と鋭いのかもしれない。
他意はない、純粋な褒め言葉を心の中で呟く。
不思議と、爛 梓豪という男の心を近くに感じられた気がした。ふと、そのとき、彼はおもむろに華服の上着を抜ぎだす。
突然の行動に全 紫釉は驚き、何をしているのかと止めに入った。けれど全 紫釉は力が弱いようで、服を引っぱっても彼はびくともしない。
爛 梓豪は全 紫釉のことなどお構い無しに、腕まくりをした。そしてどこからともなく出した鍬を握る。
「……な、なぜ鍬? あっ! 爛清!?」
「阿釉、ほれっ」
「え? ……わっ!」
彼は無造作に何かを投げた。それは小さな鈴だ。
彼にこれは何かと尋ねれば、後をついてきてと言われてしまう。仕方なくついて行けば、荒れ地の入り口に立たされた。
「…………はい?」
意味がわからず、顔をひきつらせる。ずんずんと進んでいく彼の背中を見送るしかなく、耳元で軽く鈴をふってみた。けれど、鈴はうんともすんとも言わない。
──? 壊れてるのかな?
「あの、爛清? これ、壊れて……」
「阿釉! 阿釉はそれを持って、この荒れ地をぐるっと回ってみてくれ」
「え? あ、はい」
言われるがまま、てくてくと荒れ地を歩いてみた。爛 梓豪を見れば、彼は鍬をもったまま視線を送ってきている。
──よく、わからない。これに何の意味が……あれ?
そのときだった。手に持っている鈴が、ふっても鳴らなかったそれが、今は静かに美しい音色を奏でている。
「え!? な、鳴ってる!? 何で!? さっきは、ふっても鳴らなかったのに!?」
「よっしゃあー! 見つけた!」
彼は我先にと、鈴を持つ全 紫釉の元へと飛んできた。そして退いてくれと頼んだ後、鍬を地面へと突き刺す。
「あ、あの爛清? そろそろ教えてくれてもいいのでは?」
理由すらも教えてもらえず、言われるがままになっていた。けれどそれをよしとはせずに、彼の奇行に付き合いながら眉をよせる。
爛 梓豪は一心不乱に鍬で地面を掘っていた。
そんな彼を訝しげに見つめながら、頭痛を覚えてしまうなと悩む。その瞬間──彼の手はとまる。
鍬を地面に転がし、腰を曲げた。そして、狂ったように両手で地面を掘っていく。
「ほら、見てみろよ──」
「……っ!?」
彼が掘った場所にはボロボロになった布があり、一緒に白い何かが見えていた。
見えていたそれは人間の骨だった。
小さく、まだ子供のよう。それがさんにん分、寄り添うように埋まっていた。
「……これは、まさか……」
「ああ、あの子たち……風乱と王師、それから妹の鈴村だ」
両手をパンパンとして砂を払う。整った顔に寂しさのような瞳を乗せ、骨となった子供たちを見つめていた。
「お師匠様に今回のこと相談してたとき、黒無相が現れてさ。いろいろと話してくれたんだ」
「そうですか。あの子が……」
全 紫釉の口は微かに緩む。左手を前に出し、ふっと笑んだ。すると手のひらが淡く輝きだした。やがて、白い菊の花が現れる。
それを子供たちの骨の前に置き、自らは正座した。
「……お師匠様がさ、この子たちの母親の墓の場所を探してくれたんだ。一緒に埋めてあげよう」
彼もまた、正座する。
ふたりは物言わない骨を前に、三回礼拝を行った。そんな彼らの視界を、たくさんの紅葉が遮る。
「なあ阿釉、カカオが絡んだ事件は、一応解決した。でも、謎はまだたくさん残ってる。だけどさ……」
いつになく強い秋風がふたりの髪を、大きく揺らした。
「俺たちは、できることはした。だろ?」
「はい」
ふたりには笑顔が戻る。
顔を上げれば、紅葉が舞っていた。ふわふわと、そして強く。遠くの空まで飛んでいった。




