表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/120

昇格試験の主催者は偉大な人

「なあ阿釉(アーユ)ー。お前の父上って、誰のことなんだ!? なーなー!」 


 話の輪に入っていきたい爛 梓豪(バク ズーハオ)は、全 紫釉(チュアン シユ)の両肩を掴んで揺らした。教えてくれよとじゃれつきながら粘る。


 全 紫釉(チュアン シユ)は観念したのか、今までにないほどに大きなため息をついた。興味深々に目を輝かせている彼を凝視しながら、薄い唇を開く。


「……今年の試験の内容を決めたのは、どうやら私の父上のようです」


「……?」


 説明する全 紫釉(チュアン シユ)の眉は、どこか申し訳なさそうになっている。

  隣で頷いている爛 春犂(バク シュンレイ)もまた、あきれた様子でげんなりとしていた。


「え? な、何で、ふたりとも面倒くさそうにしてるわけ?」 


 ひとりだけ蚊帳の外状態の彼にとって、この空気は非常にやりづらいとすら感じてしまう。それでも好奇心の方が勝っているため、あえて空気を無視して疑問をぶつけていった。


 全 紫釉(チュアン シユ)は苦笑いをやめない。


「……どこから話せばいいのか。爛清(バクチン)は、どこから知りたいですか?」


「んん? よくわからんが、とりあえず……阿釉(アーユ)の父親って、どんな人なんだ?」


 その場に座った。胡座をかけば、白い仔猫が膝の上に登ってくる。その仔猫を撫でながら見上げれば、そこには恨めしそうにしている全 紫釉(チュアン シユ)がいた。

 

「で? どんな人なわけ? ってか、試験の内容を勝手に決められるってことは、相当地位の高い人なんだろうなぁ」


 膝の上でお腹を出している牡丹(ぼたん)をわしゃわしゃする。仔猫は楽しそうに笑っていた。

 すると眼前に、ムスッとした表情の全 紫釉(チュアン シユ)が座る。仔猫へと手を伸ばし、サッと奪い取られてしまった。

 友だちでもある仔猫を奪われたと思っているのだろうか。頬をぷぅーと膨らませ、涙目になりながら、牡丹(ぼたん)を強く抱きしめていた。上目遣いになった顔は、いささか幼さを覚える。


牡丹(ぼたん)に懐かれたからって、いい気にならないでください」


「んんっ!」


 ──嫉妬でむくれる姿、めちゃくちゃ可愛い。


 顔を隠して悦った。

 すると爛 春犂(バク シュンレイ)から強めの咳払いをされてしまう。

 彼は「ひょっ」と、肩を震わせた。慌てて話題を戻した。


「あ、阿釉(アーユ)、あー、えっと……お前の父親は、どんな人なわけ?」


「うーん。どう答えたらいいのか……一言で告げるなら過保護。違う言い方をするなら過干渉、ですかね?」 


「……へえ。でも、それでなんで昇格試験の課題決めれるわけ? だってあれは、お師匠様と、黄と(こく)族のさんにんで決めてるんだろ?」


 全 紫釉(チュアン シユ)ではなく、自身の師匠でもある男を注視する。

 すると爛 春犂(バク シュンレイ)は糸目を少しだけ開き、嫌そうに息をついた。けれど喋る様子はなく、黙ったままだった。


「本来なら、叔父上たちが決めることです。ただ今回は、父上が介入してしまったと言いますか……」


 非常に言いにくそうにしている。銀の中に潜む僅かな黒髪の部分を指に巻きつけ、口を尖らせていた。

 ちらちらと彼を見ては、両目を瞑る。かと思えば、視線を合わすことなく、泳がせていた。


 それがあまりにも挙動不審すぎるため、爛 梓豪(バク ズーハオ)は黙視だけで男へ助けを求める。けれど男も男で口を割ることをせず、首を左右にふって会話を拒否していた。

 

「…………よし! だったら、細かいことは聞かない」


「え?」


 予想だにしかなった回答だったのだろう。全 紫釉(チュアン シユ)はもちろん、爛 春犂(バク シュンレイ)ですら、きょとんとしてしまった。

 

「そりゃあ、気にはなるけどさ。多分、俺が踏みこんでいいことじゃないんだと思う」


 基本、爛 梓豪(バク ズーハオ)という男は地位を気にしない。むしろ、それの壁を超えてしまうことを良しとしていた。

 位が高かろうが、低かろうが、彼には関係ない。それは人を地位ではなく、一個体として見ているがゆえだった。


 彼が子供のように無邪気に笑えば、全 紫釉(チュアン シユ)の緊張していた表情が緩んでいく。


「ふふ。あなたは本当に、素直と言いますか……」

 

「うん? そうか?」


 全 紫釉(チュアン シユ)の銀髪がさらりと流れた。それを目で追いながら、へへっと鼻の上のむず痒さを覚える。


「……細かなことは言えませんが、ひとつだけ」


 爛 春犂(バク シュンレイ)へと視線を向かわせた。男は肯定したように頷く。


「父上は誰よりも強い。叔父上、そして黄と黒の宗主。このさんにんが束になっても、絶対に勝てません」


 絶対強者のような人だと、苦笑いした。これには男も同意のようで、空を仰ぎ見ながらため息をついている。


「……な、何か、とんでもない化け物なんだな?」


「まあ……間違いではありません。それに加えて、試験の内容に干渉できてしまうような立場となれば、なおさら……」


「そう、だな」 


 ──うーん。ますます、阿釉(アーユ)の謎が深まったぞ。でも、少しでも知れたことが嬉しい。


 わくわくした気持ちと、もっと深くに潜りたいと願う思いを胸の内に留めた。

 

 全 紫釉(チュアン シユ)は彼の表情の変化を悟ったようで、ふふっと微笑む。


「話を戻しますが、私の父上が今回の試験を選んだのは間違いありません。ただ父上は結構大雑把なところもあるし、言い出しっぺの癖にそれ以降は丸投げしてしまうという……」


「気まぐれな親父さんだな」


「よく、言われます。叔父上もその点については、常に怒ってますし」


 ふたりして爛 春犂(バク シュンレイ)を見つめた。

 男は腕を組みながら額に青筋をたてている。「いつも、あの男の後処理をしなければならない」と、怒りを顕にしていた。

 

 それを見た全 紫釉(チュアン シユ)は苦笑いし、爛 梓豪(バク ズーハオ)は「ひょー!」と、怯える。


「あ、阿釉(アーユ)! とりあえずその辺りは、お師匠様たちに任せよう。それよりも、俺たちはこれからどうするか。それを考えようぜ! な!?」


 あからさまな話題逸らしをした。全 紫釉(チュアン シユ)の両手を握り、無駄に顔を近づけては鬼気迫る勢いで捲し立てていく。


「え? あ、はい」 


 全 紫釉(チュアン シユ)は何の疑いもなく、純粋に了承していた。けれど握られた手が気になるようで、視線は常にそこに向けられている。


「……ん? どうした阿釉(アーユ)……って、うわっ! ご、ごめん!」


 爛 梓豪(バク ズーハオ)はそれに気づき、慌てて手を離した。耳の先まで真っ赤にして、手汗を華服の袖で拭う。


 ──阿釉(アーユ)の手、すごく細かった。いい匂いもしたし。やっぱり、いいなぁ。


 そう考えた瞬間、ドクンっと、心臓が高鳴った。


「……うーん?」


 前にも似たようなことがあったと振り返りながら、全 紫釉(チュアン シユ)を見つめる。


 全 紫釉(チュアン シユ)の顔色は悪くない。雪のように白い肌は、いつもと変わってはいなかった。けれど、表情が少しばかり柔らかくなっているようにも見える。

 手を見つめながら微笑む姿は、儚くて美しい女神のようだった。



「……っ!」

 

 その姿に魅とれてしまう。

 勢いよく立ち上がった。謎にかいた汗を飛ばすように、華服をパタパタとする。

 

「そ、それよりも! これからどうする!?」 


 時間というものは待ってはくれなかった。彼らがどれだけ悩んでいたとしても、終了の時間は迫ってくるもの。

 課題を変えるか、そのまま続行とするか。それは、ふたり次第となっていた。


「変えることも可能だって、お師匠様は言ってた。だけど今から新しい問題に向かったとしても、制限時間までに終わるかどうか」


 それならば、ある程度進んでいる子供たちからの依頼を続行した方がいい。 

 そう、迷いのない瞳で語った。 


「……確かにそうですけど。でも、國の紛争……さらには、妖怪たちの思惑にすら、巻き込まれる恐れがあります。叔父上はそれを危惧して、別の課題をお薦めしてくれてますし……」


 焦燥感(しょうそうかん)があるのだろう。いつもより早口で、少しだけ高い声になっていた。

 不安が表に出てしまっているようだ。


阿釉アーユ……」


 そんな相棒の不安を汲み取る。

 けれど、それだけでは駄目だと彼は知っていた。不安というものをそのままにしたり、受け入れてしまうこと。それが後々に、後悔へと変わるという事実。


 ──昇格試験は来年もある。今年じゃなくてもいい。阿釉(アーユ)は、國のいざこざに巻きこまれたくないようだし。だけど……


 爛 梓豪(バク ズーハオ)はそれを懸念(けねん)しながらも、全 紫釉(チュアン シユ)の気持ちを一番に考えてみた。

 それでも自分の目標を失いたくはないと、思いの丈をぶつけてみる。


「なあ阿釉(アーユ)


 風が木々を凪らった。

 紫色の華服の袖がふわりと揺れる。


「俺はさ。子供たちが、どんな気持ちであの依頼を出したのか。それを考えてみたんだ」


「え?」


 目の前にいる銀髪の美しい人は、驚いたように両目を見開いていた。

 それでも気持ちを、想いを伝えたいからと、微笑みながら話す。


「あの子たちは皆、親に甘えたい盛りだ。だけどその親はもういない。あの子たちだけで、生きていかなきゃいけないんだ。それを考えると、どうしても、結末を知りたくなっちゃうんだよな」


 照れながら頬を掻いた。


「もしかしら誰かに引き取られて、その先で離れ離れになるかもしれない。それは、母親の死因を知らないまま生きるにはかなりツラいと思う」


 大人になったとき、彼らはどう思うだろうか。

 あのときもっと、強く死因を探っていたら。なぜ、引き下がってしまったのだろう。大好きだった母親の死の真相を、もっと深く求めていれば……

 そんな後悔が生まれてしまうかもしれなかった。 


「もちろん、全員がそうとは限らねーと思う。だけど、後悔する可能性は高いんじゃないか?」


「……それは、そうですけど」


 乗り気ではない全 紫釉(チュアン シユ)を前にして、彼は立ち上がる。どうするつもりなのかと問われた爛 梓豪(バク ズーハオ)は、裏表のない笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ