命の尊さ
我爱你=愛している
謝謝=ありがとう
爛 春犂が読みあげた内容は、衝撃的なものだった。
複製体の寿命を伸ばす。その方法が書かれてはいた。けれど……
「……俺の寿命を分け与える、か」
彼はその場に座りこんでしまう。
書物に載っていたのは、知己となる者の寿命を分け与えること。そうすれば複製品は、不老不死に近い寿命を得られる。
そして体の弱さもなくなり、健康体へと変化する。
だった。
──仙人のように、永遠を生きることができるようになるんだろうな。
仙人ともなれば、ほぼ永遠に近い命が得られた。もちろん老いはあろう。けれどそれは、ずっと生き続けていけるということへの代償と考えられていた。
──別に俺は、不老不死とかに興味はない。でも、どの程度、俺の寿命が縮まるのか。それが心配だ。
はあーと、大きなため息をつく。
それでも決断しなくてはならなかった。ずっと考えている猶予もないということも知っていた。
「……やはり、永遠の命が消えるのは怖いか?」
いつになく、優しい声音で爛 春犂が問いかけてくれる。
「……いいえ。怖くはありません。もともと、不老不死には興味ないんで」
「ん? ではなぜ、そのような顔をしている?」
辛く、とても苦しそうな表情だと、男は教えてくれた。
爛 梓豪は静かに首を左右にふる。腰をあげ、椅子へと座った。
「寿命が短くなるってことは、俺は阿釉よりも先にいなくなってしまうってことだ。そうなったら、阿釉を独りぼっちにさせちまう」
ずっと一緒にいたい。死ぬときも一緒。そう決めていた。
けれどそれが叶わなくなり、どう足掻いても愛しい人を置いていってしまう結果しか残らない。
後々……いつ来るかはわからない将来を嘆くか。それとも、今を選ぶか。二つに一つ。
爛 梓豪は胸のうちを師へと吐き、瞳を柔らかくした。そしていつものように、ニカッと笑顔になる。
「……俺、やっぱり先のことを考えるの苦手です。だから、お師匠様」
椅子から体を離した。爛 春犂の横まで進み、礼儀正しく背筋を伸ばす。拱手し、ハキハキとした言葉を並べていった。
「お師匠様にお願いがございます」
「……?」
男が首を傾げているのを目に留めながら、彼は胸のうちをすべて晒け出す。
「約束してください。俺が阿釉よりも先に逝ってしまったら……あいつを、俺の代わりに守ってあげてください。阿釉のそばにいてあげることを、約束してください」
表情は明るく、誇らしげだ。
少し前までの迷いなどないほどに、今の爛 梓豪は決意を固める。
その決意が本物だと知った爛 春犂は、彼に向かって拱手した。
「あい、わかった。爛 梓豪がいなくなった後、私たちは全力であの子のそばにいると誓おう。代わりにはなれぬかもしれぬが、そなたの生き様を語り継ぐことはできる」
「※謝謝。皆様の心遣いに……」
馬鹿弟子ではなく、爛 梓豪。この呼び方に彼は、師が認めてくれたのだの実感した。
静かに顔をあげる。
「感謝を──」
震える声と、頬に伝う涙がとまらない。それでもこの選択は間違っていないのだと、胸をはって言えるのだと呟いた。
──ごめん阿釉、お前を置いて、先に逝っちゃう俺を許してくれ。ずっと一緒にいたかった。どんなときでも、そばにいてやりたいのに……
大切な人を置いていく事実に耐えられず、その場に崩れ落ちる。声にならない声で泣き続けた。
彼の涙が床に落ちるたび、どうしようもない感情に包まれてしまう。
師でもある爛 春犂に「我慢はするでない」と、頭を撫でられた。
□ □ □ ■ ■ ■
爛 梓豪は、全 紫釉が眠る妓山へと訪れていた。その手には蒼い花びらがあり、それを棺の中で眠る美しい人の上に置く。
「……阿釉、もう大丈夫だからな? また笑ったり泣いたりしながら、一緒に暮らそう」
全 紫釉に触れてみれば、氷のように冷たくなっていた。それでも愛しているという気持ちは揺るがない。
額を隠す美しい銀髪を退かし、そっと口づけを落とした。
そして袖の中から数枚の札を取り出す。それを、棺を中心にして壁と床へ貼りつけた。
「これはさ。牡丹たち、四神の霊力を注ぎこんだ札だ。これを四ヵ所……東西南北に一枚ずつ貼るんだってさ」
貼った直後、それぞれの札が淡く光り始める。その中にゆっくりと入り、棺を背凭れにして座った。
「……なあ阿釉、覚えているか? 最初の出会いなんて、かなりあれだったよな?」
それほど時間がたっていないはずなのに、随分と昔のことのように感じてしまう。そう語る彼の瞼は少しずつ重たくなっていった。
「それから、いろんな事件解決して……」
──なあ阿釉、知ってるか? 俺、本当は、妓楼で出逢ったあのときから……
阿釉のこと、好きになっていたんだ。
口には出さず、ただ笑顔になる。眠気に負けるものかと、虚ろな瞳で全 紫釉を見つめた。
無理やり腕を動かし、棺の中にある愛しい人の銀髪を数本外へと垂れ流す。それを手に取り、力なく自身の指に絡めていった。
そんな彼の顔は、ゆっくりと大人びていく。輪郭や目など。二十歳ほどの見た目から、徐々に年を重ねた顔立ちに変わっていった。
「……阿釉、※我爱你」
愛の言葉を伝えながら、爛 梓豪の瞳は閉じていく。
ただ、静寂だけの洞窟は、ゆっくりと光に包まれていった。それはとても温かく、優しい光だった──