命を繋ぐために
知己=自分の考えや気持ちをよく知っている人。理解してくれる人など。
※親友とはまた違った存在
望むことが書かれていることを願い、爛 梓豪は両目を強く閉じた。上がる心拍数と、滲む汗。それらを我慢しながら、男からの返答を待つ。
そんな彼を見ながら、爛 春犂は書物を閉じた。
「…………お前が探して来たこの書物。間違いなく、これだ」
「え!?」
よく見つけたなと、男に褒められた。
彼は少しだけ緊張していた頬が緩む。けれどすぐに真剣な面持ちになり、軽く拱手した。
「お師匠様、俺ではその書物の内容を理解できません。教えを講じてもらいたいと思います」
すっと顔を上げ、整った顔に困惑を被せる。
爛 春犂を見れば、男は書物の中身に魅入っているようだ。
彼は、黙ってそれを読み終わるのを待ち続ける。
やがて爛 春犂は書物を彼へと渡し、踵を返した。右手を腰の後ろがわへと置き、ゆっくりと足を進ませる。
彼に、ついてこいと促した。
近くにある椅子へと腰かけ、彼へと座るように諭す。
爛 梓豪は言われたとおりに腰かけた。
「銀妃は言ってました。昔この國に、複製品の技術を記した書物を献上したと。けれどこの國には、そんなの伝わってません。どういうことなんでしょう?」
「……禿よりも昔のことゆえ、私も詳しくは知らぬ。ただ……」
そばにある紙に手を伸ばし、墨のついた筆で何かを書いていく。
そこに書かれたものは塩や水などの日常品、そして、見たことのないような品々だった。
「……?」
これは何だろうかと首を傾げる。
すると爛 春犂は筆を置き、それらについての説明を始めた。
「これらは、複製品を造るために必要な資源だ」
「へー……あれ? でもお師匠様、俺、ここに書いてあるの、知らないやつばかりですけど?」
指差したそこには、マグネシウムやレアメタルなど。聞いたことのないような単語が並べられていた。
「うむ。これらは、この國では手に入らぬ品物だ。おそらくだが、この本が使われずに忘れ去られてしまったのは、これらの品物が原因であろう」
「ん? んん? どういうことですか?」
意味がわからず、頭を抱えてしまう。
──阿釉なら、わかりそうかもだけど。俺は頭使うの苦手なんだよなぁ。
こればかりは適材適所だ。そう、諦めた心で話を聞いた。
「なに、簡単なことだ。この國では採れない資源ばかり。他國から輸入しようものなら、膨大な金額が動くだろう。そうなってしまえば、國自体が貧乏になるだけだ。だからこそ先人たちは、この書物を必要のないものと判断したのだろうな」
「……あー……きれいごと言っても、結局は金ないとですしね。俺も、貰った給料のほとんどは酒につぎこんでて、毎回月末になると厳しくて……」
「お前、そのような馬鹿な生活をしておったのか?」
「ひょっ!」
目の前に座る男の額には、うっすらと血管が浮かんでいる。
この男を苦手とする彼は、身震いしてしまった。涙目になりながらうつむき、ひたすらごめんなさいと謝る。
「……まったくお前は。まあいい。それよりも話を戻すぞ? 國が滅びるぐらいなら、複製品など造る必要はないと判断したはず。それ以降は、忘れられたという状態のようだな」
「り、理由はわかりましたけど……阿釉を助ける方法、載っているんですか?」
声帯の奥底から涌き出そうになるのは、助けたいという言葉だけ。その言葉だけに望みをかけ、神妙な面持ちで爛 春犂からの答えを待った。
「……この書物によれば、複製体から産まれた子は、阿釉と似た症状になるらしい。ただ、方法はあるようだ。※知己の霊力を借り、体の中にある細胞を安定させることができるそうだ」
「……っ!」
──体の中の細胞? それって、元となる銀妃から造られた、遺伝子? とかいうやつのことか?
書物の内容に希望を持ち、男へそう尋ねてみる。
「落ち着きなさい。書物には、まだ続きがあるようだ」
師に諭され、彼はおとなしくなった。そして黙って話に聞き入る。
「造られた存在は、高い確率で陰の気に蝕まれる。それは遺伝子が突然変異を起こし、つねに、体中に強力な霊力が送りこまれているからだ。極まれに、その力に影響を受けない者もいるが、それは本当に低い確率でしかない」
静寂が包む空間に、男の低い声が響いた。
「それを防ぐことはできず、死を待つのみとなっている」
爛 春犂が紡いだ言葉に、彼は絶句してしまう。逸っていた気持ちが一気に転落。希望をなくしてしまったのだ。
ふらりと、力なく立ち上がる。そして八つ当たりと言わんばかりに、近くの棚を強くたたいた。
──ここまできてこんな……
明るさが取り柄のはずの彼だったけれど、このときばかりは落胆してしまう。けれどその瞬間、爛 梓豪の頭に一冊の書物が落ちてきた。彼は小さく「痛っ!」と、嘆いた。
頭をさすり、書物を睨む。しかし……
「…………あの、お師匠様、この書物って……」
手にしたそれを男へと渡した。その書物には【複製品を修復する方法】と書かれている。
「…………」
爛 春犂は静かにそれを読んでいった。呼吸、そして書物を捲る音以外のものは耳にすら届かない様子で、目を凝らしている。
爛 梓豪はコピーという単語だけを頼りに、一粒の希望を願った。
──頼む。頼むから、助ける方法であってくれ。俺は、大切な人を失いたくないんだ。
緊張からくる汗ばむ手を華服で拭く。
やがて、男が書物を閉じた。こめかみを押さえ、目の疲れを取ろうとしている。
「馬鹿弟子よ。よく聞きなさい。複製体として産まれた存在は、短命とされている。さらにはその複製体との間に産まれた子供の場合、以下のことが起こりやすくなるそうだ」
懐から白紙を取り出し、さらさらと書いていった。
・体が弱く、倒れやすい
・両親のうち、複製体がわの方の体質を強く受け継いでいる
これらが当てはまる者は、短くて二十年。長くても三十歳までに命を落とすとされている。
「三十歳って……もう、十年もないんじゃ……」
声が震えてしまった。拳をぐっと強く握り、何もできない悔しさに唇を噛みしめる。椅子に深く座り、そのまま力なく、ずるずると床へと崩れていった。
──阿釉、阿釉、ごめん。無力な俺でごめん。
もう、言葉すら思いつかない。希望が、ことごとく打ち砕かれていったのだ。前向きに明るく振る舞うことも忘れ、その場で膝を抱えてすすり泣く。
するとカタンッという音が聞こえ、師の大きな手が頭を撫でてくれた。
「気落ちするのはまだ早いぞ?」
「……?」
ぐすっと、鼻をすすりながら顔を上げる。
爛 春犂を見上げ、小首を傾げた。
「言ったであろう。この書物は、複製品を蘇らせるための本だと。この本にはまだ、続きがある。そしてそれは、阿釉の命を救うことになる。けれど……」
少しの間、言い淀む。それでも伝えたいようで、細い両目を静かに開いた。
「お前にとっては、残酷なものとなろう。それでもよいか?」
「…………っ!」
爛 梓豪は涙を拭く。そして勢いよく立ち上がり、男へと拱手した。
「はい! その方法、教えてください!」
何がなんでも取得したい。その気持ちで、胸をいっぱいにしていった。爛 春犂の服の袖を掴み、必死になって内容を知りたいと訴える。
「……わかった。いいだろう」
彼の手を退かし、近くにあった木製の階段へと腰かけた。書物をめくり、淡々と読みあげていった。