愛する人
黒無相と白無相の助けを借り、爛 梓豪は万物の頂上の最奥に到着した。
そこには砦以外何もなく、妙に静かだ。
「あいつらの行為を無駄にしちゃいけないからな。絶対に阿釉を見つける!」
息巻きながら、砦の中へと入る。
中の壁は外と違い、土を固めただけのよう。道幅は狭く、天井は少しばかり低い。奥には硝子のない窓が一つあるだけで、他には何もなかった。
「……おいおい。何だよここ。銀妃が上にいるから、ここが本拠地だって思ってやって来たのに……違うのか?」
キョロキョロと周囲を見渡す。
──阿釉を使って複製品を造ってるって言ってた。そうなると、これ以上時間はかけられない。阿釉の体に負担がかかりすぎてるし。
引き返す余裕はあっても、時間は残されていないのかもしれなかった。体の弱い全 紫釉のことを想い続けながら、靴音をたてて砦の中を探索する。
壁をたたいてみたり、床を踏みつけたり。思いつく限りのことをしてみた。けれど砦は、うんともすんとも言わない。
次第に苛立ちが募っていく。
「……くそっ! どうやったら、阿釉の元に行けるんだよ!」
壁を殴った。何も変わらないまま、数分その場で立ち尽くす。
──考えろ。考えるんだ。阿釉に頼ってばっかじゃ駄目なんだ。自分で……俺自身が考えて、答えを見つけなきゃ駄目だ。
頼りになる相棒はここにいない。だからこそ、自分だけで超えていかなきゃいけない。
爛 梓豪は、そう決意した。両頬を軽くたたき、笑顔を取り戻した。
「天井があるってことは、上は違う。だったら、下……地下ってことになるけど……」
──地下か。どうやって道を開ければ……あ。そう言えば、前に阿釉から教わったような?
記憶力があるようでないような。そんな自らの脳を全回転させた。
『いいですか爛清、床の仕掛けというものは、実は結構単純なんです』
美しい顔の愛しい人が指立てして、爛 梓豪に教えていく。
『まずは壁を見てください』
頭の中で全 紫釉の中性的な声を再生させていった。そして壁に手を触れる。
『壁の中で、他とは違うものがあるはずです。例えば色だったり……たたくと、そこだけ音が違っていたりもします』
愛する人の言葉を脳裏に浮かべながら、壁を見てはたたいていく。すると硝子のない窓の下の壁だけ、音が妙に空んでいた。
『違う音がしたら、そこだけ空洞になっているはずです。それを押してみてください』
爛 梓豪は腰を曲げ、壁をぐっと押してみる。瞬間、ガコンっという音が響いてきた。
何だと振り向いてみれば、中心付近の床がゆっくりと左右に開いていく。そこから現れたのは、地下へと続く階段だった。
「……これ、か。阿釉、知識をありがとう」
剣を握り、愛しい人の姿を思い浮かべる。そして意を決意し、階段を降りていった。
真っ暗で何も見えない道を、壁を伝って進んでいく。明かりをつけてしまえばいいことなのだが、敵が潜んでいた場合は見つかってしまうだけだ。
それを防ぐために、仙人としての霊力を視力に注ぎこんでいく。そうすることで暗闇でも、ある程度は見えるようになっていた。
しばらく進むと、大きな扉に気づく。彼は剣を構えながら、扉に触れた。
「……やっぱり、開かないか。そりゃ、そうだわな」
そう簡単に開いてしまったら、敵が殭屍を放ってまで人を遠ざけている意味がない。
これは腕がなるなと、剣を置いて華服の袖を捲った。
「とは言え、開けれないんじゃなぁ……うん?」
ふと、扉の近くにある提灯に目がとまる。その提灯は左右に一つずつ置かれていて、右がわだけ灯りがついていた。
「何で片方だけ? ……ってか、この提灯。よく見たら花柄なんだな。それにこの花、阿釉がよく使ってる花だ」
花に興味はなく、名前など知らない。けれど愛しい人が使っているものならば、今度聞いてみるのもいいだろうなと、ほくそ笑んだ。
視線をと提灯へと向け、うーんと小首を傾げる。
「多分だけど、左側の提灯にも明かりをつけたら開く仕組みな気がする。でも、そんなに単純なものなのか?」
よし、やってみるか。思い立ったが吉日を決行した。懐から札を取り出し、霊力を注ぐ。すると札は明るく光った。
急いで明かりを左側の提灯へと移す。
「……まあ、そうだろうな」
けれど、何も起きなかった。
もっと他に何かがあるのではと、彼は二つの提灯を見比べてみる。ふと、その提灯に描かれている花の色に注目した。
「あれ? この花、右のやつは朱い。左のやつは青いな」
──青い花と言えば阿釉だけど。……そう言えば、あの銀妃は朱い花だったよな?
右がわの提灯を見つめる。すると提灯の中に何かが浮いているのが見えた。
じっくりと観察してみると、それは朱い花びらのよう。
「焔の中でも燃えないって……本当に不思議な花びらだよな? ……あれ? ちょっと待てよ。こっちに花びらがあるなら……」
左の提灯にもあるのかも。そう思い、のぞいてみた。けれど花びらの影はなく、ただ焔がゆらゆらと揺れているだけのよう。
──焔の中にある朱い花びら。……あっ! もしかして!
袖の中を探った。そして一枚の布を取り出し、広げる。そこには蒼い花びらが一枚だけあった。
「これ、俺の故郷で阿釉が捕まって助けに行ったとき、映像として俺の前に現れたんだよな」
懐かしさに浸る。けれどすぐに真剣な面持ちにへと切り替え、蒼い花びらを提灯の中へと突っこんだ。
すると微かな音をたてて、扉が開いていく。
「……よし!」
剣を急いで持ち、戦闘態勢で突入した──
けれどこの場には敵陣営は、一人もいない。いるのは、山盛りになったたくさんの人間と……
「……っ!? 阿釉!」
液体の入った箱に入れられ、眠っている全 紫釉の姿があった。
彼は急いで駆けよる。箱をドンドンとたたき、何度も全 紫釉の名を呼ぶ。けれど美しい人は、眉一つずつとして動かなかった。
──くそっ! 阿釉を、この箱から出さないと。
どうやって外に出すのか。それに悩みながら、周囲を見て回った。
全 紫釉が入っている箱いがいにも、いくつかのそれはある。どの箱にもひとのようなものは入ってはいた。けれど腕や足といった、体のどこかしらが欠損した状態だ。
──多分、こいつらは阿釉を使って造り出されたんだろう。欠損具合からして、造ってる最中なのかもな。
人に限らす、生命を擬似的に造り出すことに心が痛まないわけではなかった。それでも一番大切なのは全 紫釉だからと、剣を強く握る。
そして造りかけであろう者たちに「ごめん」と言いながら、箱を剣で破壊していった。中の液体が、箱が割れた部分から噴き出してくる。そして中身の造りかけの命も、外へと飛びだすように床へと落ちた。
最後に残った全 紫釉の入った箱も破壊する。そして倒れてくる美しい人を両手で受けとめた。
「遅くなってごめんな阿釉、ずぐに帰ろう」
水でびしょ濡れになった全 紫釉の体を抱きしめる。首にそっと指を当て脈を確かめた。
「……っ! 何でだよ! 何で……」
全 紫釉の肌は真っ青だ。唇は紫で、体そのものは死人のように冷たい。
「せっかく助けることができたのに! 何で……」
おきることのない全 紫釉の体を強く抱きしめた。
「何で、息してないんだよ──」