偽者たちの祭り
「偽者について、私たちは何も知りません。宴の席で、成り代わってしまったのだとすれば……」
飛総主を凝視する。少女のように大きな瞳を瞬きさせながら、じっと見つめた。
「この場で唯一、あの宴の内容を知る彼に聞くのが一番だと思いません?」
にやり。悪巧みをする子供のような笑みをした。
爛 梓豪もそれに乗っかるように、悪い顔をする。よしと膝をたたいて、立ち上がった。全 紫釉の手を握り、一緒に男の元へと向かう。
「飛総主、俺たちは偽者について知りたいんだ。何か知らない?」
拱手しながら、大雑把に問いかけた。目上の者に対しての言葉使いではなかった。けれどこれが爛 梓豪という男なのだと、その場の誰もがそう思ってしまう。
それほどまでに馴染みのある彼の態度は、飛という男の緊張をほぐしていったようだ。強張っていた笑顔が緩み、肩の力を抜いているよう。
「……なるほど。あなたが噂の、爛 春犂直弟子ですか」
男は拱手返しを行った。そして顔をあげ、神妙な面持ちで口を開く。
「私が、直接見たわけではありません。ですが、まずは……」
彼の横を通り、ある人物の前まで向かった。その人物は爛 梓豪の母、鬼 伊橋だ。
彼女を見下ろしながら拱手する。
「鬼園の町で起きた事件。あれについて、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「…………」
そう問われた鬼 伊橋は静かに頷いた。そして全 紫釉が誘拐されたことや、犯人が偽物であったことなどを告げる。
「ありがとうございます。鬼園総主に感謝を」
拱手を済ませ、踵を返した。
「今、お聞きしたとおり、本物に成り代わって悪さをする者がいます。けれどそれは皆、あの宴に参加していた者たちばかりです」
すべての事件の始まりは皇帝暗殺から。そこから何もかもに違和感が生まれ、今にいたる。そう断言した。
「その者たちは皆、本物は死体で発見されたそうです。その場いた官僚、妓女たちですら、偽者とすり替えられたと聞きます」
あくまでも又聞き。それでもいろいろな場所で、宴の後に性格が豹変したという者たちが目撃されていた。信憑性は高いものではないだろうか。
飛総主は、そう答えた。
「私の家は商人でもあります。宴の席用に、肴や酒を用意しておりました。そして当日、宴へそれらの品を持っていくと……」
兵や官僚たちが慌てた様子で、会場を出入りしていた。しなを持ったまま立ち尽くしていると、兵たちにこう告げられる。
”宴は中止だ”と。
「最初私は、なぜだろうと首を傾げてしまいました。けれど後になってわかったのは、皇帝があの場で死んでしまったということだったのです」
そこまで話すと、震えてしまう。爛 梓豪……ではなく、全 紫釉を見るなり、悲鳴をあげた。
「あ、あなたと同じ顔をした、あの姫……銀妃の仕業であること。禿 許張が彼女と手を組んで、大勢の人を殺した。それを、知ってしまいました」
顔を青ざめる。震えながら拱手し続けていた。
「……わかりました。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
全 紫釉は軽く拱手し、飛総主から離れていく。そして席につき、爛 梓豪や全 思風たちに囲まれながら話をした。
「父上、それから叔父上たち。これから話すことは、あくまでも私の想像でしかありません。それでもいいでしょうか?」
隣に座る爛 梓豪を見れば、彼は「思うようにやれ」と、背中を押してくれている。そんな彼に応えるように頷き、父たちを凝視した。
全 思風をはじめ、爛 春犂や黒と黄の長二人。彼らは互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。
「……証拠はありません。でも、どうしても、そう思えてしまうんです」
「……?」
誰もが小首を傾げる。
「母上は、あの宴の席で入れ替わった偽者たちのために造られたのではないか、と──」
精巧な人形のような顔立ちそのままに、静寂の中へと声を混ぜた。光に透ける銀髪を耳にかけ、その美しさと悠然たる仕草に品を乗せる。
「偽者たちの始まりが母上だとしたのなら、すべての辻褄が合います。銀妃がどのような手法で、もう一人の自分を造ったのかは知りませんが……それが元となり、成功したから、宴の席での偽者たちも造れるようになった。そう考えると、しっくりくると思いませんか?」
銀妃が複製品を造った。その結果、もう一人の自分は造ることが可能だとわかったのだろう。
全 紫釉の母は有り体に言えば実験台。言い方を変えると、試作品として産み出されたのではないだろうか。
そしてそれは、銀妃という女が禿を混乱させるため。國を内側から滅ぼすための計画という可能性もある。
下手をするとヤマト國そのものが、目論みに加担している可能性があった。國ぐるみでの実験は無事成功。
そして今まさに、禿は混乱を極めてしまっている。
「ただの予想でしかありませんが、彼女がこの國のあちこちに姿を見せては乱していた。そして皇帝の息子の禿 許張と手を組み、偽者を放つ」
それだけで、この國はあっさりと崩壊していった。これは事実であり、現在進行形で滅びへと向かっている証拠ともいえる。
全 紫釉から放たれた疑問の数々に、爛 春犂たちは言葉を失っていった。
けれど一人だけ。冥界の王たる全 思風だけは、口を挟む。
「……確かにそれなら、いろいろなものに説明はつく。だが、なぜだ? やつらが、この國を混乱に陥れようとする理由がわからん。領土は狭くとも、衣食住を始めとしたあらゆる技術では、右に出る國などないはず」
冥王としての品格を残しながら胡座をかき、整った顔を少しばかり歪めた。子持ちには見えないほどの若々しい外見に似合わずな威厳を放ち、眉間を押さえる。
これには全 紫釉ですら押し黙ってしまった。
沈黙という空気が流れる。そのとき──
「──狭いからだったりして」
酒瓶片手にしている爛 梓豪の口から、そう洩れた。彼は何となく、思ったことを口にしただけのよう。
皆の視線が一気に向いたことに慌ててしまっていた。
「い、いや、だったさ。ヤマトって國はかなり狭いんだろう? 阿釉から聞いたけど、この國の十分の一以下って話じゃん? そんなに技術とかが進んでるんなら、広い土地が欲しくなるってもんだろ?」
当てずっぽうならぬ、考えなしに言っている様子だ。
けれど全 紫釉たちは、彼の言葉にハッとしていく。
──確かに、爛清の言うとおりかもしれない。私たちは固く考えすぎていたのかも。
彼の何気ない一言が空気を変えた。それは一重に、爛 梓豪という人物が持つ、明るさのおかげなのかもしれない。
全 紫釉は改めて、彼を好きになってよかったと実感した。隣で皆の驚き様に戸惑う彼の手に触れ、大丈夫だと安心させようとする。けれどそのとき──
飛総主がふらりと立ち上がった。
何だと、誰もが彼を注視する。そんなおり、飛総主の体がぐらぐらと揺れ始めた。両目は血走り、顔全体が土気色になっていく。
近くにいた者たちからは悲鳴があがっても、飛総主がとまることはなかった。やがて糸で操られたかのような動きをし、ぐりんと両目を白だけにしてしまう。
『……ふ、ふふ、ふふ』
全 紫釉と爛 梓豪は、彼から聞き覚えのある声を捉えた。
「……その声、まさか銀妃!?」
『ふふ。ええ、そうよ。こんなかたちでごめんなさいね。どうしても伝えておきたくなっちゃって……』
飛総主とは違う、真逆のかん高い声が響き亘る。
銀妃は我関せずに、用件だけを伝えてきた。
『明日の未の刻、わたくしたちは禿へと進軍を開始するわ。もちろん、あなたたちの複製品を連れて、ね』
会合場が、焦りとともに大きくざわつく。それでも彼女はお構いなしに、用件を伝えていった。
『でも、わたくしも鬼ではないわ。ある条件を飲めば、わたくしは進行をやめてあげる』
ふふっと、飛総主の体で、不釣り合いなまでの妖艶さを現す。すると飛総主の指が動き、ある人物を差した。
その人物とは、全 思風の後ろ、そして爛 梓豪の隣にいる、全 紫釉だ。
『そこいにいる贄を引き渡せば、少なくともわたくしは、撤退してあげるわ──』