仙人とは何なのか。授業の始まりです
全 紫釉が有力な情報を掴んでいた頃、爛 梓豪は子供たちと歩いていた。
「あ、そうだ。俺の名前、教えてなかったな。爛 梓豪だ。よろしくな」
ニカッと、白い歯を見せて笑う。
人好きのする笑顔に絆されたのか、子供たちは笑い返した。そして負けじと自己紹介をしていく。
「おれは風乱、こっちは弟の王師と、妹の鈴村だ」
「おおー! さんにんとも、立派な名前だなあ」
子供たちの頭をわしゃわしゃした。妹と弟はきゃっきゃっと笑い、爛 梓豪に懐いていく。
彼は鈴村を肩車しながら歩いた。
歩いていくうちに、街を囲う城壁に差し掛かる。この街は高い塀で囲まれており、東西南北に設置されている四つの門からしか出入りできないようになっていた。
門のそばには、常に兵が立っている。
「……よし、子供たち。お勉強の時間だ!」
「えー」
風乱は嫌がり、王師は頷く。唯一の女の子である鈴村は、彼の肩の上で楽しそうにしていた。
「まあまあ、そう嫌がらずに。じゃあまずは一問目」
外壁に手を伸ばす。土壁のひんやりとした冷たさと、ザラザラとした手触りが爛 梓豪の瞳を細めさせた。
子供たちを見て、軽く咳払いをする。
「この外壁は、何のためにあると思う?」
そう言われたさんにんの子供たちは、外壁へと視線を走らせた。次男の王師は「ぼく、しってるよ」と言って、手を挙げる。
「えっと……外からこうげきされないようにって、むかしいた王様さまがつくったんだよね?」
「お? よく知ってるなぁ。偉い偉い」
王師の頭を撫でた。
子供は嬉しそうに笑う。
爛 梓豪が視線を外壁へと向ければ、子供たちも釣られて凝視した。
「昔この國は、内戦が多かったんだ。その意味でも外からの攻撃を防ぐために、この外壁が作られたって話だ」
ただしと、右の人差し指を立てる。
「この町では内戦よりも、妖怪からの攻撃を防ぐ意味合いの方が強い。その証拠に……」
今いる場所から少し歩いた先に、木箱がたくさん積まれているところがあった。彼らはそこの頂上まで登る。
「……おっ。ここからなら、結構よく見えるんだな。崑崙山脈」
街を囲う外壁よりも高い山が見えた。透明な水の膜に覆われていて、少しだけ浮いているようにも見える。
「あの山は崑崙山脈って言って、今よりずっと昔……この國ができるよりも前の時代にあった、妖怪と人間の戦争の場所でもあったんだ」
國のどこを指しても、この町ほど妖怪の驚異に怯える場所はなかった。言い方を変えるなら一番妖怪との距離が近く、仙人たちに声が届く。
妖怪、そして仙人という存在たちの姿を、どの場所でも目撃できる。
それがこの町の利点でもあり、警戒すべき点でもあった。
「あの山で今、仙人になるための試験が行われていてさ。俺は相棒と一緒に、仙人まで上り詰めて見せる!」
拳を握り、決意を瞳に乗せる。
子供たちからは頑張れよと言われ、彼は笑顔で頷いた。
「で! ほら、昼間八卦鏡落としたとか言ってただろ? あれは仙人になるために必要な物だったんだ」
「あー、あれなぁ。兄ちゃん、あれは見つかったのか?」
「……一応、探してたっていう痕跡だけはほしいかったんだよ。そうすりゃあ、怒られな……ああ、いや。結局、なくしたってことで怒られる……」
ぶつぶつ。子供たちに聞こえないような小声で、悪知恵を働かせようとする。けれど……
「兄ちゃんさ。そんな逃げることばっかかんがえてるから、おとしたりするんじゃねーの?」
「ぎくうっ!」
子供に正論をつかれてしまった。
子供たちの彼を見る眼差しは、情けない者を哀れむ瞳になっている。ヒソヒソと、彼のような大人にはなりたくないなと、傷を抉るように言葉を投げてきた。
子供たちの純粋な言葉の数々に、彼は四つん這いになってしまう。「申し訳ありませんでした」と、敗けを認めるかのように、半泣き状態になった。
──くっそう。こんな子供たちにまで、正論を言われてしまうなんて。まあ、俺が悪いことには変わりはないんだよな。
風乱から情けない者を見る眼差しを送られる。
爛 梓豪はうっとたじろいだ。それでも咳払いで誤魔化し、慌てながら見つかったと答える。
「そ、それよりも、次の問題だ!」
──見つかったけど、阿釉にお情けで返してもらったんだよな。そんなこと、子供たちに言えねーし。
こほんっと、額に汗を流しながら視線を泳がせた。子供たちの純粋な眼差しに戦きながら、から笑いをする。
「あ、あの山……崑崙山脈に集まるのは、仙人を目指す者ばかりだ。俺も一応、そのために来てるわけだし」
「せんにん様? すっごい。兄ちゃんも、それになるの?」
「……まあ、な。ただ……途中で脱落するやつも普通に出てくる。運が悪いと死ぬ可能性もあるし」
仙人とは、普通の人間には扱えない力を持っていた。妖怪や死人を浄化、もしくは退治する。その力は個々の潜在能力によって変わってくるものの、彼らは人以上に特殊な存在でもあった。
爛 梓豪もそれに漏れず、仙人としての力を有している。多少なりと能力があれば、誰でも挑戦できる。
それが、仙人昇進試験でもあった。
「さて。次の問題だ。仙人に限らず、不思議な力を持つ者には、少なからず流派ってものに属してる。それは何だと思う?」
──俺は例外だけど。あ、阿釉もそれっぽいな。
まあいいかと、考えるのをやめた。そして子供たちへと向き直り、答えを待つ。
子供たちは互いに顔を見合せ、首を傾げては腕組みをしていた。食べ物かもしれない。もしかしたら、建物の名前なのか。
子供らしい豊かな想像力で、たくさんの答えを出していった。けれど結局正解がわからないよう。風乱たちはさんにんで彼を見上げ、教えてよと目を潤ませる。
「兄ちゃん、むずかしすぎるよ。りゅう、はって、なんかの葉っぱなの?」
「ん? あはは、違う違う。そうだなぁ。例えば……お前たちは犬と猫、どっちが好き?」
この質問に男の子ふたりは犬と答え、残った女の子は猫と口にする。
彼はうんうんと頷いた。そして、犬が好きと答えた風乱と王師を外壁側に。残ったひとり、鈴村をそばに置く。
「君らふたりは犬が好き。だからそっちにいるのは、犬派ってこと。で、俺のそばにいるこの子は、猫派ってやつかな?」
上手く説明できているかは不安ではあった。けれど犬と猫という一般的な動物に例えたそれは、子供たちに伝わったよう。
犬が好きなふたりと、猫が好きなひとり。彼らはさんにんで、派閥というものを知ったと喜んでいた。
「まあこれは、極端な例えだけどさ。簡単に言うと、こんな感じだ」
外壁の向こうがわにある山を指差す。
──派閥とか、そういうのよりも大事なものがある。それこそ、俺が目指すものだ。
「仙人の頂点に立つ! そんでもって、お師匠様を見返してやるんだ! そのためには、まずは依頼をこなさないとな」
確かな目標を確認した。
木箱の山から子供たちと降りる。地へと到着すると、彼は子供たちを見下ろした。
「──さて。お前たちが知りたがってる真相、探しに行こう。絶対に、答えを見つけてみせるからさ」
長く艶やかな黒髪に太陽の光があたる。それを暖かいとかんじながら、彼は子供たちが住んでいる家へと向かった。
──なぜ、この子たちの母親は死ななくちゃならなかったのか。誰が、何のために、そうしたのか。犯人がいるいないにせよ、かなり不可解な事件だって思う。
謎の追究、それは爛 梓豪の心を踊らせていく。まだ見ぬ思惑に、少しばかり口角が緩んでいった。